第1話 その男魔術師につき

第1話 粘着系魔術師の願い 一頁


 魔術書とは。

 まぁ、大体の物は偽物だ。それか、私が手にしたいわゆる『写本』。

 原典の内容を事細かに複写した、偽物より効力のある魔術書の一端だ。

 魔術書とは、その本自体が力を持っている本のこと。私がやってみた様に、精霊を呼び出したり、悪魔や天使を呼び出したり。主には儀式用に使われる。だけど。そうでないものもある。例えば、ヤバい魔術書。死者を蘇らせるような、人間の皮で装丁された魔術書とか。ルルイエ異本とかネクロノミコンとか。有名どころは小説に登場する付属物だったりするけどね。

 この世界には数えきれないくらいの魔術書がある。魔導書とも呼ばれるけれども、ここは魔術書で突き抜けて行こうと思う。

 私はその魔術書を、この街の古本屋を回って収集している。理由は簡単、魔術師に高く売りつけられるから。

 私はそのお金で生計を立てているのだ。だから『魔術書セドリ』は立派な仕事。私はセドリ界隈ではそう呼ばれている特殊なセドリなのだ。お得意様は魔術師当人か仲介してくれるこの街唯一の怪しい魔術専門店。

 魔術書セドリは私のライフワーク。そう、そして私は魔術書を読むこともできる。それはまぁ、同じ魔術書セドリを生業にしていたじいちゃんに伝授されたものだけど。

 そこで『セドリ』ってなんだよ!魔術書以上に気になるわ!って心の中で思って居るそこの貴方のために今から説明します。


「美月ー、相変わらずセドリってる?」

「セドリってるってなによ。セドリってるけど」


 朝十時半。私は次の講義に間に合うよう、大学の中をとろとろと歩いていた。

 声を掛けて来たのは友人の一人。私がセドリだと言う事を知っている数少ない友達だ。


「昨日も本屋行ったんでしょ?何か高く売れそうな本、あった?」


 友人は私がセドリと言う事は知っているが、魔術書専門とは知らない。

 セドリとは。いわゆる一目でレア本を見つけて、高く転売する職業の事だ。語源はさまざまあるけれども、「背表紙を見て取る」、つまり背取りから来ていると言う説が濃厚。実際私も本の背表紙で確認している。

 テンバイヤーかよ、とよく言われるが、その本の希少価値を知らない人間からしたらそうなのかも知れない。だけど少なくとも希少価値のある本が見知らぬ誰かに渡り、捨てられてしまうよりましだと思う。その希少本を欲しがってる人間の元に届けていると思えば、上乗せされた料金なんて手間賃のようなものだ。

 以上、セドリってそういう職業。希少本の中には、初版しか無い装丁のものとか、有名な誤字があったりするものとか様々なのよ。そういう本って、マニアには垂涎の品よね。

 魔術書も同じこと。

 何故かこの街には、魔術書が多い。凄く多い。めちゃくちゃ多い。

 一度だけじいちゃんに連れられて他の街の本屋を巡った事があったけど、魔術書なんて一冊見つかったかどうかだ。なのにこの街では、そんな特殊なセドリが生計を立てられる程、魔術書があふれかえっている。

 どれくらい見つかるって、そうね。毎日どんな古書店に入っても、チェーンの古本屋に入っても、必ず五冊は見つかる頻度。どんだけあんのよ、魔術書って。

 そんなセドリ歴八年にもなる私にも、ミスはある。

 昨日の魔術書は出来が良すぎて、原本と写本を間違えてしまった。

 いつもなら家に帰って売り飛ばす前に確認するからそんなミスは無いし、もちろん写本の方が高く売れる場合もある。原本が何十世紀も見つからない魔術書とかね。もう、写本が原本の役割を果たしてる本、それから原本が焚書で無くなった本とか。そんな大事な本燃やすなよ!家賃とガス代と上下水道代と電気代全部一年分、払えるわ!

 いや、冗談は置いといて。


「高く売れそうな本は無かった。て言うか帰って悔し涙に暮れた」

「何があったの!?」

「怪しい男に襲われたの」

「え!?この『あんしんあんぜん、みんなの商店街!』をスローガンに掲げている街で!?」

「毎度思うけど、安心でも安全でも無いわよ、この街」


 ニュアンスは違う上に別に襲われてもいないけど、全部あの男のせいにしとこう。

 それに、安心でも安全でも無いのは確かだ。昨日の男が魔術師なのは間違いないし、それでなくとも魔術書の数と同じくらい魔術師が訪れる街だ。何が安心安全なものか。よく魔術師同士のデュエルとか起こって商店街炎上しているだろうが。スローガンと言うか切実な願いだろうが。

 それにしても昨日の魔術師。あの後、私の素性でも調べて来るかと思ったけれど、それも無かった。

 私にだって一応自前の魔術書がある。それで住んでいるアパートの周辺には結界を張ってある。気休めの様なものだけど、誰かがその場所を特定した形跡も無い。

 うん、無事に逃げられたなら問題ない。私にはまだこの輝くようなキャンパスライフが待っているんだから、邪魔なんてさせない。誘拐なんてさせない。魔術書でバーニングになんてさせない。

 私は大学に行きたくて、セドリをして、お金を貯めて一人で暮らしているんだから。

 私のキャンパスライフを奪う者は馬に蹴られて死んでしまえ。


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