第七章 まだ、惑星開発五日目・瑕疵露見(二)

 エレベーターが灰色の地表を突き抜けると、真下には惑星移民用の宇宙船が数個も入るような巨大な地下空洞と、そびえる巨大な柱が立っていた。

 空洞の天井には仮設のランプが張り巡らされ、赤い光を放っていた。エレベーターからは地下空洞の外れに地底湖ならぬ地底海が見え、海面を下から黄色い光がキラキラと照らしていた。


 地底海の近くには大きなドーム型の赤い発電施設があり、隣に青いドーム型のロボット工場があった。

 七穂はゆっくりと降下するエレベーターの上から下を見下ろしながら、感心する。

「へえー、思った以上に広いんだね」


「最初はこれほど広くなかったのです。でも、ロボットを生産する都合上、地中から鉱石を掘り出して加工しているので、空洞が拡張されたんです。何はともあれ、ご安心を。強度計算はしていますから。崩れる心配は、まずありません」


「でも、発電所もロボット工場も一つしかないと、故障したときは心配だねー」

「それについては、別の地下区画にロボットを使って予備の発電所を建設させています。発電量はエリオン型の二十分の一ですが、それでも設置予定のサーバーとロボット五百台を稼動させることは充分できます。予備の工場も生産能力が百分の一程度ですが、随時、建設中です」


 七穂は興味深げに訊いた。

「別の区画っていうと、ここ以外にも空洞があるの?」

 正宗は腹巻から星球儀を出して、二つに割り、断面を見せた。正宗は地中の一点を指し示し、位置を説明しながら、七穂に答えた。

「ここ以外に、あと三区画ほどあります。基本的に、ここを中央にして、他は何かあった時の予備にするつもりです」


 七穂は機嫌よく、頷きながら話す。

「そう、準備万端ね」

 エレベーターは最下層に到着した。七穂はエレベーターを降りると、長い距離を低重力下にいるように、ピョンピョンと跳ねて行った。

「面白ーい。こんなにジャンプできるなんて、この星、重力が少ないのねー」


 正宗は飛び跳ねる七穂を、灰色の翼を生やして追っていった。

「それは少し違いますよ。私と違って、七穂さんは精神だけの存在。この高さまで跳べると思えば、その高さまで跳び上がれます。空を飛べると思えば、空を飛べます」


 七穂はフフッと楽しそうに笑う。

「そうか、ここは夢の国だったよねー、クロさん」

(どっこい、俺にとっては現実なんだよ。借り入れも、営業成績もな)


 そんなことを考えて正宗が空を飛んでいると、側を飛んでいる、四本足にプロペラを生やしたロボットに気がついた。

(おかしいな。この距離だと、ぶつからないように、ロボットは距離をとるはずなのだが?)


 正宗は近くに来た一台を繁々と見つめていると、ロボットのモノアイと目が合った。

 すると、ロボットからキーキーと音がして、スピーカーからテレビ放送していない時間帯に出る、ザーッという雑音が流れた。

「あーん、故障か?」


 だが、雑音に混じって女の声がした。

「た、祟ってやる~。た、祟ってやる~」


 正宗はゾッとして、ロボットから離れた。脳裏に恐ろしい考えが浮かぶ。

「もしかして、これはウィルス? それともバグ? どちらにしろ、ロボットの音認識プログラムに異常がある!」


 ロボット工場の管理は忙しすぎたので、手抜きした。いや、するしかなかった。だから、実は製造ラインに欠陥が存在する可能性は否定できないのだ。

 最悪の考えが頭に浮かんだ。

(もしかして、異常の内容は致命的な欠陥である可能性が高いのでは?)


 スピーカーから異音がする程度ならいい。だが、もしロボットがプログラムどおりに動いておらず、予備発電所や予備工場に影響していたら? 異常が原因で爆発事故でも起こされたら?

 いや、それならまだいい。予備の一区画が吹き飛ぶだけだ。


 空に浮かぶ惑星推進装置の補助やメンテナンスなんかも、ロボットにやらせているんだぞ。それに、音認識プログラム全台が標準装備だ。ロボットの関わった箇所の全てに問題が潜むとなると、影響範囲がデカすぎる。

「どうする? 俺」


 案その一。全てのロボットを停止回収させ、原因を究明。その後、総点検を実施。それは予想以上に時間を食う作業だし、自分はロボットではないので、二十四時間は働けない。


 案その二。専門の業者に頼む。時間的には間に合うだろう。だが、そうなると今度は予算的にきつくなる。既に借り入れは実行しており、それは七穂のプランを達成のための怪しげなソフトに、ほとんど注ぎ込んでいる。


「どうする?」

 心の悪魔が囁く。

「第三の手というのもあるぞ」

 第三の手――安全性を犠牲にする。ロボットを一度スクラップにして、ロボットを全て新しくする。その上で、ロボットのやってきた作業を全く再点検しないで、開発を続ける。


 だが、安全性を犠牲する道を進んだ時、最悪の場合には星は消滅し、惑星の住人は宇宙の塵となる。それが惑星売却後だと、買い手側は訴訟に多大な時間を費やし、惑星開発公社は莫大な慰謝料を払う羽目になるかもしれない。


 しかし、もし、買い手に資力がなければ、訴訟を起こせずに倒産する。そこから倒産の連鎖が始まるとしたら? 支社長は記者会見で糾弾されるだろう。そして、自分は収監される。

 だが、問題にならない可能性もある。いや、起きない可能性が高いかも? そうすれば、何の苦労もしなくていいのでは?


「どうする? どうする? そうするか?」

 第三の考えが、正宗のストレスと残業で疲れた頭をよぎった。

 正宗が後から従いてこないのを不審に思ったのか、先に行っていた七穂がジャージ姿でフワフワと飛んで引き返してきた。


 七穂は正宗の顔を覗き込み、

「クロさん。どうかしたの? 今日は毛ヅヤも悪いし、本当に体調も良くなさそうだよ」

 七穂のホワンとした丸顔に真顔で聞かれても、すぐには何も言えない。

(どうする。真実を打ち明けるか?)


 話せば七穂の性格からして、第三の道は消えてなくなるだろう。それに、七穂が総点検を決めたら、無理でも無茶でも、命の灯が消えるまでやらざるを得なくなる。

 正宗は悩んだ。正宗は第三の道を即断するできるほど悪人ではない。だが、捨てきれるほどの人格者でもなかった。


 正宗は曖昧に笑って誤魔化した。

「大丈夫ですよ、七穂さん。最近ちょっと残業が続いていまして。疲れが溜まっているだけです。明日は休みですから。明日ゆっくり休みますよ」

 とりあえず、先送り。それが正宗の答だった。

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