第七章 まだ、惑星開発五日目・瑕疵露見(三)

 ジジジジ、天井から垂れ下がる電球が奇妙な音を立てて光が弱くなっていく。正宗の全身の毛根が開き、体温が下がっていく気がした。

 拙い、ヤッパリ影響が出始めた。ロボットたちに配線させた電気系統の故障だ。電気系は拙いんだよ! 電気系は!


 七穂は状況がわからず、不安げな表情で正宗の腕にしがみ付いた。

「クロさん、何これ? 気味が悪いよ」

「大丈夫ですよ。ちょっとした電気系のトラブルですよ」


 正宗は心の中で祈る。

(頼む、チョットであってくれっ!)

「キャ!」

 七穂が小さな悲鳴を上げた。七穂は近くを飛ぶロボットを指差した。

「今、変な声がした! ロボットから変な声がした!」


 正宗の顔が精神的苦痛で歪み、引き攣った。

 拙い! ロボのスピーカー障害は多数にわたっている。スピーカーの超音波は物体の小さな罅割れを探るのにも使用しているんだぞ。

 下手をすると、あの手の種類が全部やられているかもしれない。しかも、空を飛ぶ奴は重要箇所に比較的多めに配備しているんだ。


 終わりなのか。終わりなのか。全てを壊すカタストロフィーが、これから襲来するのか。

「見て、見て、ロボットが、ロボットがっ!」


 七穂が大声を上げた。

 空を飛んでいたロボットが、いつのまにか正宗と七穂を取り囲むように集まってきていた。

 ロボットたちに付いているスピーカーから、テレビが放送していない時間帯に出る嫌な雑音が流れ、それに混じって意味不明な女の声がした。

「イヤー」


 七穂は悲鳴を上げた。正宗もロボットに内包された恐るべきリコール問題に、悲鳴を上げたかった。

 スピーカー音が徐々に大きくなると、どこからともなく白い霧が現れた。

 白い霧はジャージ姿の七穂と同じ顔と格好になった。ところが、目と口は不気味に、血のように真っ赤だった。


 七穂は空中にしゃがみ込んで叫んだ。

「お化けーっ!」

 そう、それは、まさに幽霊だった。おそらく、この世界が滅びる前の知的生命体の成れの果て。


 幽霊を見た正宗は安堵し、同時に激しい怒りを覚えた。正宗は指をポキポキ鳴らし、怒りが爆発寸前の低い声で、幽霊に食ってかかった。

「てめーか! てめえの仕業だったのか!」


 正宗の体が突如として光り出し、辺りを激しく照らし出した。幽霊が正宗の発する光にたじろぐと、正宗は幽霊に蹴りをお見舞いした。

 蹴りは見事に幽霊の鳩尾辺りにヒットし、幽霊は、ものすごい勢いで吹っ飛んだ。

 正宗は心の中で叫んだ。

「これは、バグに見せかけて俺の磨り減らされた神経のぶん」


 光り輝く正宗に蹴飛ばされた幽霊は壁に激突した。壁に張り付いた幽霊の前に、正宗は瞬時に移動した。素早く両手を組み上げ、頭上から振り下ろす。

「これは、ここしばらく慣れない残業させられた俺の怒りのぶん」


 幽霊は勢い良く地面に向けて落下した。正宗は幽霊が落下するより早く、地面に再び高速移動した。渾身の力を込めて輝く拳を、幽霊を目がけて突き上げる。

「これはバカ課長共に対する、俺の怒りのぶん」


 幽霊は天井に激突した。正宗は天井にいる幽霊に馬乗りになり、激しくビンタをお見舞いした。湧き上がる怒りと共に、ブツブツと言い続けた。

「これは俺のぶん、これは俺のぶん、これも俺のぶん、これも俺のぶん、俺のぶん、俺のぶん、俺のぶん、バカ野郎、バカ野郎、バカ野郎、バカ野郎、バカ野郎――」

「もう止めて、クロさん」


 七穂に大きな声で名前を叫ばれて腕を掴まれるまで、正宗は幽霊をビンタし続けていた。

 ビンタを止めた時、幽霊は白い頬を肉饅頭のように腫らし、真っ赤な目は涙目になっていた。


 さっきまで幽霊を怖がっていた七穂は、正宗を大声で叱った。

「何もそこまでする必要はないじゃないのー。やりすぎよー」

 正宗は馬乗りになっていた幽霊から降りた。発光していた体から光が弱くなり、いつもの姿に戻った。


 正宗は七穂に大声で怒られた気まずさから、七穂から視線を外し、幾分か頭を下げて釈明した。

「いやあ、七穂さんを泣かせたこいつが許せなくって、つい」

 本音は違う。日ごろ溜まっていた誰かさんに対する鬱憤と仕事のストレスが爆発したのだ。


 おそらく、こいつが七穂と同じ顔をしていなければ、ここまでしなかっただろう、と自分でも思う。

 だが、おかげで正宗は、多少なりとも心に平穏が戻った。

「それで、七穂さん。こいつ、どうします?」


 正宗が幽霊を見ると、幽霊は膝を抱えて空中で体育座りをして、赤い目を腫らして泣いていた。

 七穂は正宗に意見を求められると、判断がつかず、困ったように顔を曇らせ、

「どうするって言われてもー」


 正宗はピシャリと言っておく。

「こいつ、ここにおいて置くと、また悪さをしますよ」

 七穂はまるで、軒先に捨てられていた、家で飼えない猫を見つけたときのような態度を示した。

「うーん、どうすればいいのかなー?」

「それはですね。七穂さんが消えろって念じれば、こいつは消えますよ」


 正宗の言葉に七穂は驚いた。

「え~、そうなの~。そんな簡単でいいのー。でも、消えたらどうなるのー?」

 詳しくは正宗も知らないが、予想はつく。

「さあ、素粒子の粒か、熱エネルギーになって、宇宙に散らばるんじゃないですか」


 正宗の言葉を聞いて七穂は幽霊を見、哀れむ。

「それは、可愛そうだよー」

「あの、ですね、七穂さん。しょせんは、この星を滅ぼした人間の末裔の幽霊です。いわば悪霊です。こいつをここに置けば、絶対ロクな結果になりません」


 正宗は「悪霊」という言葉を強調した。もう、大枚の金を注ぎ込んでいるのだ。幽霊の存在を確認した以上は、駆除しなければ評判が悪い。それこそ、まともに売れたもんじゃない。


 だが、七穂は駆除という言葉に躊躇っていた。

「でも~」

「見かけに騙されてはいけません。こいつ、これからこの星に生まれる住人を呪い殺す、じゃなくて、ファイルをデリートするでいいのかな、とにかく、非常な危険があります。駆除です、駆除。あなたがやりたくないと言うなら、私がやってもいいです」

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