第七章 まだ、惑星開発五日目・瑕疵露見(一)

 こうした様々な紆余曲折を経て、またしても七穂がやってくる惑星開発の五日目が来た。

 ロボットが右往左往チョコマカ動き回る惑星の上に、全身の毛をボサボサにして立っていた。


 このころになると、慣れない電子情報生命体の打ち合わせ、惑星推進装置の管理と残業で、ボロボロだった。もちろん、並行しての惑星開発の仕事もした。  

 過度の労働と仕事のストレスで疲れていた。勤務時間はとっくに過労死の危険レベルに達しているのは知っている。


 だが、矢部医師も人事の春日も、誰も止めてはくれなかった。

 正宗の目元には疲労が溜まり窪んだクマができ、自慢の耳は少しクタッと垂れていた。それでも、正宗は空中に浮く立体ディスプレイを見ながら、キーボードを操作し作業をしていた。作業を始めて、そろそろ二時間が経過する。


 正宗が空中に浮く手元のキーボードのエンターキーを押して、空中を見上げると、小さな点にしか見えない惑星推進装置が、流れ星のよう尾を引き、空から見えなくなった。


 正宗は隣に誰かいるように話す。

「移動完了、間隔補正正常作動と。あーあー、やっと推進装置も、ここまで来たよ。正常に移動させるのに二時間か。これは蘭弧丸の尻を叩いて、改善させなきゃダメだな」


 正宗が腹巻の裾を引っ張り指を鳴らすと、空中に浮く立体ディスプレイとキーボードが腹巻に吸い込まれるように消えた。

 正宗は大きく背伸びをした。

「はーあ。今が、ピークだな。これさえ乗り切れば、大丈夫だ」

 正宗は何度も自分に言い聞かせて、灰色の荒野に立っていた。


「眠っちまいなよ」

 見えない誘惑の妖精が、そう甘く囁いた気がする。いやあ、ほんと、目を閉じて横になれば、こんな固い大地の上でも寝られそうだよ。


「お花、お花だよ」

 妖精が再びささやく。

「へへへ、そうさ、花さえあれば、まだ売れるさ。花なんて、出来栄えさえ気にしなければ、一日でOKさ。いっそ、地表の全てを花で覆っちまうか? あとは、売り逃げさ。誰も地面の下は気にしないのさ」


 小さく不気味な女の呻き声がした。

「呪ってーやるー。呪ってーやるー」

「そうさ、俺は呪われて――。違うー」


 正宗はハッとした。今の不気味な声は、本当に聞こえたのだ。ぎょぎょっと辺りを見回したが、誰もいない。ただ、雲ひとつない青空の下、灰色の荒野が広がっている。

 けれども、確かに聞こえたのだ。正宗が耳を澄ませば、ロボットの足が地面を引っかく音しかしない。だが、呻き声は本当だ。いったい誰が?


 声の正体が全然わからぬまま時間が過ぎて、七穂がやってくる時間になった。忌まわしい灰色のエレベーターが地面から、ゆっくりと突き出すように現れた。

 声の正体を気にするのを止めた。エレベーターの扉が開き、運動靴に赤いジャージ姿の七穂が元気良く現れた。


「こんにちは、クロさん。あれ、大丈夫? 毛並みが良くないよ」

「お前の言った無茶のせいだよ」

 心で思っても、口では言えない。どうせ俺は小心者さ。


「ああ、大丈夫ですよ。それと、社内パスの有効期限が切れたので、くれぐれも忘れずに受付に戻してください」

 正宗は特に『くれぐれも』に力を込めた。

「ええー、便利だったんだけどなー。継続できないのぉ?」

「それは難しいかと思います」


 なぜ、七穂のパスの継続が難しいのか。正宗が観介の代わりに動いて手を回したからなのだが、真相は言えない。

 七穂がポケットから銀色のカードを取り出して、名残惜しそうにカードを見ながら、


「そうか、残念だな。まだ色々あちこち行きたかったのにぃ……」

「それが困るんだよ」

 今度は思わず正宗の口の端から小さなボヤキが出た。以前ならそんなことは心の中で済ませたのだが、今の正宗には少し精神的に制御が利かない所があるらしい。そう正宗も自覚するほどに疲労が溜まっていた。


 七穂にも正宗の声が微かな雑音として耳に入ったのか、パスから顔上げ、怪訝そうに正宗を見た。

「何か言った、クロさん?」

「最近どうも独り言が多くて。仲間からも注意されるんですよ」


 七穂は少し心配そうに口にする。

「それは無理のしすぎだよー。体調管理も仕事だよぉ」

「無理の元凶は、お前だっ!」

 その言葉は、どうにか呑み込んで、口から出なかった。まだ、無理は利くらしい。頑張りすぎだぜ、俺の体。


 正宗は自制の利く内に話を進めようとした。

「いえ、大丈夫です。さあ、仕事を続けましょう」

「それならいいんだけど。それにしてもロボット、いっぱい増えたねー」


 七穂の言うことは、もっともだった。ロボットは惑星開発日の四日目からフル稼働で生産中だ。

 ロボットは地下を掘るドリル・シャフトや、空を飛ぶプロペラつきの亜種も含めれば、二十種類にのぼる。惑星全体でのロボットの総数は単純計算で九万台~十万台程度に発達していた。


 もっとも今は、七穂の作った惑星の厄介な構造上、地表に出て働くのが九割程度で、残りが地表の下で地下都市とサーバールームの建設に当たっていた。

「今ロボットたちは、地表の細かな整地と、上空にある惑星推進用装置のメンテナンスのために、大半を地表に出しています。もうすぐ地下都市の都市計画が完成するので、それを待って、一気に地下の本格的造成に備えます」


 地下都市のプランも残業の原因なのだ。都市計画を作る。それは、ロボットにはできない。

 本来なら都市計画は地上に誕生した知性を持った生物がやるのだ。が、それがいない今の状況では、正宗がやるしかなかった。


 七穂は空を見上げた。

「そういえば、推進装置が見えないわね」

 正宗は本心を隠し、どうにかこうにか営業スマイルを浮かべて、努めて饒舌に答えた。


「推進装置は四機で、星の周りに等間隔で設置されています。自転の関係で今は見えませんが、チャンと動きますよ」

 休日を更に二日も犠牲にしたので、今は正常に動く。

「そうか、それじゃ、仕方ないわね。またの機会にしましょうか」


 そうでなくては困る。実は正宗は、ワザと七穂が来る時間を見計らい、先ほど見つかりづらい位置に推進装置を移動させたのだ。

「動かしてみて」

 言うのは簡単だが、やるのは一苦労だった。推進装置の移動は七穂の言動を先読みし、封じ込めるための布石だった。今回の作業時間二時間にしても、前日の下準備があってこそだ。まともに、動かすのには自信がない。


 七穂が急に驚いたように、後方を振り向いた。

「どうかしましたか、七穂さん?」

 七穂は後ろを見回しながら答える。

「いや、何か、話しかけられた気がしたの」


 だが、正宗の目には何も見えなかった。灰色の大地の上には正宗と七穂しかいない。後は自我を持たないロボットのみ。

「気のせいじゃないですか?」

「いや、そんなことないよー」


 七穂はしゃがんで視線を自分の足元を歩くメタリックカラーのロボットに目をやり、

「ねえ、このロボット、しゃべったりしない?」

「それはないですよ。ロボットは与えられた仕事をするだけ。自分で考えたり、話したりしません。音声出力も可能なスピーカーを積んでいますが、現在は超音波を出して障害物をよける程度にしか使っていません」


「でも、音は出せるんだよね?」

「音を出すことはできても、会話は無理です。それだけの知能はないですし、そういうソフトも積んでいません」


 だが、七穂は納得しないで、しゃがんだままロボットを見つめている。

 七穂は納得しないのか、ロボットをジーッと見つめ、首を傾げた。

「話した気がするんだけどなー」


 正宗は不毛な話を、それくらいで切り上げにかかった。

 正宗は腹巻から黄色いヘルメットを取り出し、自分で被ると、七穂にも渡した。

「さあ、もうそのくらいにして、地下都市の開発プランの確認をお願いします」

 痛い。正宗は脛に軽い痛みを感じた。足元を見ると、足にロボットがぶつかっていた。


「おかしいな?」

 ロボットには人工知能はないものの、センサーがついている。人に故意にぶつかるわけはない。

「センサーが汚れているのかな?」


 正宗はロボットを拾い上げると、ロボットのモノアイに息を吹きかけ、ハンカチで拭いた。

 そのままロボットを地面に置くと、何事もなかったかのようにロボットは四本の足に付いたタイヤを動かし、銀色の体を揺らして走っていった。


「汚れのせいか」

 気を取り直し、地下に降りるために設置した、骨格が剥き出しの仮設エレベーターに七穂と共に乗り込んだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る