第六章 惑星開発日まだ五日目・誰か俺に援軍を(四)
正宗はフラフラと廊下を歩き自分の部屋に戻ろうとして、惑星開発課支援室の前に通って、思い出した。
「ああ、そうだ。社内通行用パスを回収しなきゃ、これ以上七穂に動かれたら、もう、どうにもならなくなる」
惑星開発支援室は惑星開発を実行する係をサポートする係が一纏まりに配置されている大きな部屋で、大きさは正宗の部屋の十倍はあった。人数も惑星開発課全体に関わる仕事なので、四十人ほど配備されており、七つの係が配置されている。
正宗が部屋を覗くと、殆どの職員は残って仕事をしていた。が、総務二係は電気が消えていた。
無理もない。総務二係は病気がちの武田係長と、あの役立たずの観介しかいない。定時を過ぎると誰もいなくなって当然だ。
今さらながら思うが、総務二係は機能しているのだろうか? というより、していたら、組織の七不思議の一つじゃないのか?
でも、さほど課内で騒がれないところをみると、問題ないのかもしれない。
「謎だ」
というより、今の体勢を放置する組織は大丈夫なのか?
「まあ、いちチーフがどう思おうと、組織は変らないけどね」
正宗は総務二係の隣の総務一係を見るが、知り合いはいない。かろうじて、大して話はしたことのない、同期の羊の如月がいた。となると、正宗は他の総務一係の人間は話したこともないので、如月に話しかけるしかない。
総務一係と総務二係りは元々一つの係だったので、総務一係の如月なら、パスの回収のやり方を知っているかもしれない。
「あ、如月さん、ちょっと、いい?」
如月は丸い柔和な顔を向けてきた。
「正宗さん、なんすか」
「社内パスの回収なんだけど――」
柔和な如月の顔が、一瞬で露骨に嫌そうに変わった。
「それは、隣の係りの観介の仕事ですけど」
確かに他の係の仕事、とくに観介絡みなら、嫌な顔もしたくなるだろう。だが、今の僕には、君しかいないんだよ。ねえ、如月くん。
正宗は他の係のことなので、悪いと思い、幾分か控え目な口調で話しかけた。
「いや、そうなんだけどね。奴はどうにもならなくて、ほとほと困ってね。そこで、相談なんだけど、パスの回収を――」
如月が席からガタッと立ち上がった。気を悪くしたか。だが、どうしようもないんだよ。俺だって、本来なら言いたくないよ。でも、頼むよ。
正宗がどう取り合ってもらおうかと、疲れた頭で考ていると、如月が声を出す。
「睦月係長、Kのパス回収用紙を一枚お願いします」
ん、なんだ、Kって?
正宗が不審に思ったが、牛の睦月総務一係長はパソコンのディスプレイを眺めながら、袖机から一枚の紙を出して、宙に投げた。
すると紙は、意思があるかの如く、如月の手の中に滑り込んだ。如月は睦月係長からの紙を横に置くと、自分の机から別の紙を一枚、取り出して、二枚を重ねて正宗に渡した。
如月は淡々と言って、席に着いた。
「係長の判が捺してある、用紙に必要事項を記載して、僕の作ったフローチャート通りに係を廻れば、いいですから」
「どういう意味?」
如月は自分のディスプレイを見ながら答える。
「観介がらみのトラブルが多くて、こっちの係の仕事に支障を来たすんで、セルフサービスを始めたんです」
仕事のセルフサービスとは、初めて聞いた。
「セルフサービスって。他の係の俺が総務係の仕事していいわけ?」
他の係の仕事を勝手にやって、いいわけがない。そんなことをすれば、担当係は面白くないし、組織的に機能が崩れる。
如月は正宗を見ずに、自分の仕事をしながら述べる。
「普通は、ダメでしょうね。最初はウチも厳正に対処していたのですが――」
如月はそこで溜息をついた。
「でも、そうしないとこちらの仕事が遅延するわ、ウチの係が恨まれるわで、K絡みの仕事は、問題を持って来た人のセルサービスにしたんです。ウチだけ苦労するのも、憎まれるのも馬鹿らしくなったんでね」
いいのか、それで? というより、同じ部屋でKという隠語で呼ばれる観介は、ある意味ひじょーに大したものだ。
それにしても、なぜ、奴が首にならん? 人事は俺には手ひどい仕打ちをするのに、観介には甘すぎるぞ。
もっとも、そんなこと人事に言って「だったら教育してくれ」と押しつられたら、堪ったもんではないので、言わないが。
正宗が仕事の流れを確認するためフローチャートを目にしたまま動かないと、如月は背を向けたまま声を掛けて来る。
「大丈夫ですよ。係単位で根回しをしてありますから、チャートに沿って仕事をすれば、嫌な顔はされますが、教えてくれますよ」
睦月係長もディスプレイを見ながら、コクリと頷いた。
「あ、ありがとう」
正宗はフローチャートを見ながら、観介が本来やらねばならない仕事を自分でした。フローチャートはわかりやすく、初めてする仕事でも、何をすればいいのか明確にわかった。
確かに、用件を言って他の係を廻ると、如月の言うとおり、嫌な顔されたり、舌打ちされたり、溜息つかれたりした。それでも最終的に、関係部署は協力してくれた。
「なるほど、これが七不思議化しないカラクリか」
五日も掛けて、手続きは終わった。もちろん、頼みに廻る正宗は悪くないのだが、どうにも自分がミスしているようで気分が悪い。
しかし、七穂にウロウロされるよりは、まだマシだ。
手続きが完了した知らせを自分のオフィスで受けた正宗は、電話を切って、呟いた
「でも、やっぱり、この仕事の仕方、おかしくねえ? というより、俺のいる組織って相当おかしくねえか」
けれども、誰に愚痴る気にもなれない。
「どうせ、村上課長に言っても正論が返ってくるだけだし、人事に言えば藪を突いて大蛇を出しかねない。結局、言わないほうがいい」
それでは何も変わらないのだが、正宗は誰かがやってくれるのを待つことにした。きっと、観介に関わった人間は同じ感想を持ったかもしれない。
とてもではないが、組織のためより、俺のために働かんと、俺がババを引かされるのは、ほぼ確実だ。ここに来てのババ引きは本当に命に関わる。こうして、来るのか来ないのかの救世主を待つのが一番楽だ。
正宗は誰もいない自分のオフィスで投げやりに呟いた。
「もう、それでいいや」
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