第4話 トリガー オブ ヘブン 2

 その大邸宅は窓中にこうこうと明かりがともり、にぎやかな音楽が庭の外にまで聞こえてきていた。

 あたしは黒いミニドレスを身につけていて、胸ぐりが大きくあいていて,スソはおしりがやっと隠れるくらい短い。しかもサイズはぴったりで、どうやって調べたのか謎。

 ゲイリーと副長のジャックは黒のタキシードを着て、ゲイリーはすらりとして見とれるくらい男前だし、ジャックはひと回り大柄なのに、こっちもサイズはぴったりだ。

「ねえ、どうして、あたしも行かなきゃいけないの?」

「しようがないだろ? あんたをつれてきたら10%引きにしてくれるっていうんだから」とゲイリー。

 もう何度かくり返したやり取り。

 ここはレオン公爵(あたし達の間じゃビーストって呼ばれてる)の館で、あたし達はそのパーティに招待された。招待状と一緒に服やら靴まで一緒に送られてきた。

「ねえ、ワナじゃないの? あたし達をつかまえるための」

「違うだろ。奴はウワサのブランカに一目会いたいだけさ」

「もう、ブランカとか呼ばないでよ。あたしにはジュリーっていう立派な名前があるんだから」

「そろそろ行くか」とジャック。

「ああ」とゲイリーが答える。

 あたしはミニドレスのスソを気にしながら、ゲイリーの肘に手をそえて、館の中に入って行った。

 レオン公爵(イギリスの爵位を持ってるらしい。本当かウソかわかんないけど)はダイアモンド鉱山をいくつも持つこの国有数の大金持ち。でも裏の顔は武器の密輸でもうけてる悪党だ。政府軍にも、革命軍にも武器を卸していて、戦争が長びけば長びくほどもうかる。で、通称ビースト《悪魔》ってわけ。

 大広間に案内される。着飾った男女が大勢いた。グラスを片手に歓談したり、中央では音楽に合わせてワルツを踊っている男女も数組いる。見事に白人ばかりだ。

「ここはサルビアじゃねえみてえだ」ってジャックがいう。

「ねえ、前から疑問に思ってたんだけど、こいつらを皆殺しにしたら革命が終わるんじゃないの?」

「はあ? お前、物騒な事いうようになったな」

「この人達は一般人だ。あたし達はテロリストじゃない。一般人には手を出さない。それに、そんな事をしたら、こいつらのバックにいる今は未介入のイギリスとかドイツとかフランスとかイタリアとか、あんたの国とかが、首を突っ込んでくるだろう。それはさけたい」

「そうか……そういう事情か」

 グラスを一杯乗せたトレイを持って客の間を給仕しているボーイさんも白人だ。あたし達はシャンパングラスを取り上げてくいっと飲んだ。

「それにしても腹が立つわ。このシャンパン1本、あそこのシャンデリア一個で、飢えて死にそうな人達が何人助かるか……」

「まったくだぜ」

「ところでビーストはどこかな?」

「ここにはいないようね。呼びつけといて、どういうつもりよ?」

 黒人の客は他にいないから、そろそろ目立ち始めたみたい。

「あそこの3人組はどなた?」

「それが……らしいですわよ」

「まあ、あの有名な?」

「とてもハンサムね。素敵だわ」

「それが……ですって」

「まあ、ますます素敵。一度お相手願いたいわ」

「お気をつけ遊ばせ」

「そうね、火遊びはほどほどにね」

 全部聞こえてるんですけど!

 ますますムカムカしてきた。

 ここの人達はあたし達が革命軍の兵士だって知っても顔色も変えない。革命なんて、よその国で起きているような顔をして、毎晩パーティにあけくれて、火遊びの相手を物色しているっていうの?

 それ以上待たされたら、怒りが爆発する所だった。

 やっと執事みたいな人が現れて、あたし達をエレベーターで上階へと案内した。

 この先でビーストに会えるのね。


 あっ自己紹介を忘れてた。

 あたしの名前はジュリエット・シエナ・スカイフォーク。ジュリーって呼んでね。髪は少し赤っぽいブロンド。ストロベリーブロンドってやつね。瞳の色はダークブルー。身長は175cm。体重は……ヒ・ミ・ツ。スタイルはいいのよ。出る所は出て、引っ込んでる所は引っ込んでる、ボン、キュッ、ボンのナイスバディのはず……

 年は17才と7ヶ月、ここから遠く離れた地球の裏側のセント・マリエル女学園(カトリック系よ)の7年生だったんだけど、色々あって今はサルビア共和国の革命軍の女兵士ってわけ。

 あたしの隣の一見美青年風の黒人は実は女性で、本名はゲイリー・サラザン、コードネームはクーガ、革命軍のリーダーの一人。(本当はクーガよりブラックパンサーのがいいと思うんだけど、誰も賛成してくれないのよ) 身長は185cm、すらりとしてしなやかな身体つき。歩く時も足音を立てない。ちぢれた黒い髪とチョコレート色の肌、光が当たると金色に見えるコハク色の瞳がとっても魅力的。やっぱりブラックパンサーのが合ってるよね?

 クーガとブランカ(あたしのコードネームなんだけど、こっちももっといい名前がなかったのかしら? 白いってだけでブランカとか安直よね?)といえば革命軍の中では最も過激で、2人が通ったあとはだれも生きてないってウワサされるほど有名になっちゃった。

 おまけのジャックはゲイリーの副長で、革命の始まった頃からいる古参兵。ゲイリーが最も信頼している部下で、いつもなら武器の買いつけは、ゲイリーとジャックが2人で秘密の場所で真夜中に行われるはずなのに、今回はとっても異例。身長は195cm、体重は推定100キロ。ゴリラみたいなコワモテだけど、実は優しくてヒョウキンな所もある。戦闘の前に、「今回は楽勝だな」とか「ちょろいぜ」とか言われると、本当にそんな気になるありがたい存在だ。年齢は25才。あたしから見たらおっさんなんだけど、自分は若いって言い張ってる。そして、今はあたしの恋人。


 バズーカ砲でも壊せないような超合金でできた豪華な扉が開くと、そこはビーストの私室だった。

「ようこそ。パーティは楽しんでもらえたかな?」って、招き入れられた後ろで扉がバタンと閉まる。

 これって閉じ込められたってこと?

 っていうか、裸にガウンだけって、なんか見たくないものが、チラチラ見えるんですけど?

 ビーストの部屋にある豪華な調度品も気になるけど、キングサイズのベッドの両側に寝そべる黒人と白人の美女2人もすごく気になる。くやしいけどあたしより美人だ。

「取り込み中なら、日を改めるけど?」とゲイリー。

「いやいや、全然大丈夫だよ。それよりワインでもいかがかな?」

「ワインを飲みにきたんじゃない。さっさと商談を始めてくれ」

 静かな口調なんだけど、何か恐い。やっぱりゲイリーもムカついているのかな?

 ビーストは年は40才前後? 身長はゲイリーと同じ位。割れた腹筋が鍛えてますアピールなんだけど、何か人工っぽい。金髪で青い目、アングロサクソン系だ。

 ハンサムなんだけど、何だかいやーな感じ。

 ゲイリーはポケットからメモを取り出してビーストに渡した。

 リストを受け取って目を通したビーストが目を見開く。

「……20トンの大型爆弾とそれを乗せる輸送機? どこかの町を丸々吹き飛ばすつもりかね?」

「どう使うかは、あんたには関係ないだろ?」

「ふむ」

「用意できるか?」

「用意できないこともないが……高くなるぞ」

「3000でどうだ?」

「いやいや5000はもらわないと」

「3500」

「4500なら、何とか」

「間をとって4000だな。その10%引きだ」

 なるほど、そういうわけね。

「……そういえば、ブランカ、初めまして。会えてうれしいよ。そのドレスもとてもお似合いだ」

 ビーストが握手を求めて右手をさし出してきた。あたしがいやそうに右手を出したら、膝を折って手の甲にキスされた。

 あたしは全身に悪寒が走ってさっと飛び下がり、ゲイリーの後ろにかくれた。口唇の感触が手に残ってて、早く帰って手を洗いたいよー。

「ウワサとは違って、ういういしいお嬢さんだ」

 こいつ撃ち殺していい? って目でたずねたけど、ゲイリーは首を横に振る。

「じゃあ、帰るよ。品物がそろったら、受け渡し場所を連絡する」

「ちょっと待ちたまえ。いいプランがわいた。君とそのお嬢さんに、わが家に宿泊していただきたい。ああもちろんそっちのゴリラ君には用はない。帰ってもらっていいよ」

 はあ!?

 つまり、あたしとゲイリーにあそこの美女2人の代わりになれと?

 何てこというのよ、このオヤジは!

「そうしてくれれば、今回の支払いは無料にしてもいい」

 ゲイリーの気持ちがぐらっと揺れたのがわかった。

 そうよ、こいつはそういう奴よ。必要なら誰とでも寝るのよ。

 でもあたしは違うわ。指一本だって触らせてやるもんですか!

 あたしがかみつきそうな顔をしてるのを見て、ゲイリーもあきらめたのか、

「あたし一人で半額にならないかな?」って聞く。

 ダメ! 絶対ダメ! もう、なんて奴……

 ビーストはちょっと考えて、

「お嬢さんがキスしてくれたら、もう10%引きで」

 えーっ、あたし?

 ゲイリーはジャックに「ジュリーを押さえてろ」って命令する。

 ジャックは「オーケー、ボス」っていって、後からあたしの両腕を羽交い絞めにして、両足も足をからませて動けなくする。

 しまった、油断してた。まさかジャックにこんな仕打ちを受けるなんて……

 ジャックに四肢をがっちり押さえられ、あたしの力じゃびくともしない。

 ビーストの両手があたしの頬をはさみ、顔が近づいてくる。

 気持ち悪い。吐きそう。

 口唇に口唇が押しつけられる。舌を入れられそうになったんでガリッと噛んでやった。

「痛っ!」

 ビーストが飛びのく。

「もう、バカバカーっ」

 あたしはジャックの胸に飛び込んで分厚い胸板をポカポカと叩いた。

 口唇から血を滴らせて、ビーストがあたしを見てる。すごい目。

 ゲイリーがすっと割って入って、「しつけがなってなくて、すまない。これはお詫び」

 ゲイリーがビーストにキスする。

 はたから見てたら裸ガウンの男とタキシード姿の男同士のキスで、笑っちゃうシチュエーションなんだけど……

 ちょっと待って! 長すぎない?

 ゲイリーのキスがものすごく上手なのは、あたしが良く知ってる。身も心もトロけそうな位。

 何だかガウンの前でチラチラしてたものがムクムクと……

 わーっ! 半額はダメ!

 あたしはゲイリーの腕をひっぱって、

「もう帰ろう」って涙目で訴えた。

「そうだね。失礼しよう」

「ああ……引き止めて悪かったね。では、また……」

 ビーストがテーブルのパネルを捜査すると扉がゆっくりと開いた。あたし達は無事に(?)彼の私室を後にした。


 車の中で、「やったぜ20%引きだ!」ってゲイリーとジャックがハイタッチしてるけど、あたしは素直に喜べない。

「その20%って、結局あたしを売った値段よね?」

「まあまあ、落ち着いて。4000の20%だったら800万ドルだ。例のネックレスの8個分だ」

「そういえばあたしのネックレス、それにF40、あっちも200万ドルはしたはずよ」

「武器弾薬は高いんだ。みんなも食わせなきゃならないし、お金はいくらあっても足りないんだよ」

「そうそう、一晩で4000万ドルなら、俺だったら行くけどな」

「ゴリラは帰れって言ってたじゃん」

 ジャックはウッホウッホとドラミングのまねをした。

 あたしはぷっと吹き出した。

「……とにかく、もう2度と行かないからね。あいつ絶対あたしを恨んでるよ。ものすごい目で睨まれた」

「だな。ビーストにかみついて生きてられたのは幸運だったぜ」

 車を2回かえて、あとをつけられてないか十分確認してから、あたし達はアジトへもどった。

 あたしはすぐに兵士の服に着替え、ゲイリーとジャックも着がえて、脱ぎ捨てた服を全部かかえてゲイリーは部屋を出る。

「きっとあの服も売る気だぜ。ブランカが着たドレスなら裏のオークションで高値で売れそうだ」とジャックがいう。

「もう、やめてよ……それより、消毒して」

 あたしはジャックの膝に乗って、首に腕を回して、キスをした。

 舌をからめる濃厚なキス。

 あーっ、消毒されるー。

 ジャックはあたしの服のボタンをはずして、大きな手の平であたしの胸をもむ。それから乳首を口に含んで、コリコリってする。

「う、うーん」

 あたしは自分でもびっくりするような甘い声を出す。

「っていうか、さっきはひどいよ。ビーストがあたしにキスするのを手伝って」

「いやあ、クーガがジュリーをおさえろっていうからつい。条件反射だな」

「何よ、犬じゃないんだから」

 今度はワオーンって犬の遠吠えのマネをする。

 あたしはジャックの腹をグーで殴った。ジャックはウッってうめく。

「……今のは本気で殴ったろ? きいたぜ」

「うそばっかり、そんな腹筋してて、よくいうよ」

「いやいや、お前、もうちょっと手かげんてもんを……」

「許して上げない。今夜は朝まで寝かせないんだから」

「オーケー、お姫様」

 ジャックがあたしの服を脱がす。

 あたしもジャックの服を脱がす。

 ジャックの逞しい身体は、ゲイリーみたいに傷だらけだ。

 その大きな腕の中にすっぽりと包まれる。

 ジャックの優しさが好きだ。お姫様って呼ばれるのも好き。抱かれていると安心できる。明日からまた辛い戦闘が待っていても生きていける。

 でもやっぱり思い出すのは、あのしなやかな身体。ゲイリーの口唇や指先が作る甘いうずき。一番好きなのはあの人。ジャックは2番目。

 それはジャックも同じでやっぱり一番大事なのはゲイリー。あたしは2番目。2番目同士で慰め合ってるだけ。

 ゲイリーに、「ジャックに付き合ってほしいって言われたんだけど……」って相談した時、「恋愛は自由だし、あいつはいい奴だよ」って言われた。少しはやきもちをやいてくれるかもと期待したんだけどね。ゲイリーがほしいのはあたしの戦闘能力だけで、愛されてるわけじゃない。それはわかってたんだけどね。やっぱり少し悲しかった。

 あたしはジャックをゲイリーの身代わりにした。全然似てないんだけどね。ごめん。

 だからゲイリーがもってないものを優しくなめてあげる。たっぷりとしゃぶってあげる。

 それからジャックはあたしの中心を貫く。激しく腰を動かす。あたしはジャックの背中に爪を立てて、あえぎ声をあげる。

「もっと……もっと……」って。

「愛してるよジュリー。すごくきれいだ」

 そういえばゲイリーはあたしに一言も愛してるとは言わなかったっけ。

 ジャックが果てて、身体を離す。あたしは快感の余韻にひたる。

 ジャックがあたしの髪をなでる。「きれいだな。太陽の色だ」って言う。

 この国の太陽はあたしの国の太陽より大きくて赤い。

「それにしても、お前はイク時はいつもクーガの名前を呼んでるんだよな」ちょっとすねたように言う。

「ごめんね。でも最初に言ったよね。ゲイリーがあたしを抱いてくれないから身代わりにするって」

「そこなんだよな。女同士だろ? 何でそこまで好きになれるんだ? 最初はそうでも、俺の男としての魅力で、お前を落とすって決めてたのに、自信なくすぜ……」

「うん、でもゲイリーは特別だから」

「まあな、相手がクーガじゃなあ……」とため息。

「ねえ、ジャックはあの事件のあと、ゲイリーの副長になったんだよね?」

「まあな。あの時、クーガの部下はほとんど死ぬか捕まるかで壊滅状態だったから、横すべりで俺が副長に入った。前から顔は知ってたし、ウワサは聞いてたけど、実際に部下になったら、ちょっと違って見えたな」

「うんうん、もっと聞かせて、あたしの知らないゲイリーのこと」

「なんで、ピロートークであいつの話をしなきゃいけないんだ?」不平を言いながらも、腕まくらして、話してくれる。


「3年前、初めて会った頃のあいつは、やせっぽちの小娘だった。まだクーガって呼ばれる前の話だ。俺もほとんど同じ頃革命軍に入った。こんな小娘じゃ、すぐ死ぬだろうって俺は思ってた。ギラギラした目をした小娘はいつも一番危険な任務を志願して、真っ先に突っ込んで行った。そして情け容赦なく敵を殺しまくった。自分が怪我をしようがおかまいなしって感じで。それでもあいつは生き残って、背も伸びて、肉もついて、いつの間にかリーダーの一人になって、クーガってコードネームで呼ばれるようになった」

「うんうん、それで?」

「どこかの金持ちの白人の女が、クーガに目を止めた。大きな町に買出しに行ったか情報集めかに行った時だ。退屈を持て余した女が、毛色の変わったオモチャを拾ったんだ。クーガはその女にレズビアンの手ほどきを受けた。あいつが16くらいの頃だ」

「へえ~よく知ってるね」

「だから半分はウワサで、半分は俺が見たまんまだよ」

「それでどうなったの?」

「クーガはあの通り、ちょっと見男前で、クールでミステリアスだろう? 目の色も変わってるし。その女はのめり込みすぎたんだな。お金を貢いで、すっからかんになって、自殺未すいを起こした。とんだスキャンダルさ。なのにクーガは白人の女達にますますモテた。わけがわからん」

「あたしはわかるよ。コハク色の瞳が、光にあたると金色に光るの。あの目で見つめられるとポウッとなって、あたしだけを見て、あたしだけのものになってって思っちゃうの」

 ジャックはふうっとため息をついて、

「それであいつはやり方を変えた。破滅させない程度に金や情報を引っ張ってくれるようになった。片方では革命軍のリーダーとして相変わらず一番危険な任務を志願していた。あいつは部下を使い捨てにするって言われて、クーガの部隊はいつも人手不足で、でも少ない部下はクーガの信者みたいにあいつに必死でついていってた」

「そうなんだ……」

「あんたをスカウトしてきた時は、リーダー連中はびっくり仰天さ。聞けばスカイフォーク・グループの会長の一人娘だっていうじゃないか。敵に回したらリスクが大きすぎる。で、一ヶ月位様子を見た。会長は動かなかった。特殊部隊を派遣するでもなく、身代金の話を始める風でもない。で、会長はわがままな一人娘を見捨てたんだろうってことになった。あんたを殺さないで家に送り返すのが一番だっていうリーダー達を説き伏せて、クーガはあんたを自分の部下にした。ジュリーは使えるからって、それだけの理由で」

「そうか、あたしはパパに見捨てられてたのか……」ちょっとショックだ。

「愛人をそばに置きたいだけなんじゃないかってみんなウワサした。まあ、そうじゃなかったのは、あんたが自分で証明したがね。タフで非情でスゴ腕のスナイパーだった。クーガの隣に立っても遜色ないブランカの誕生さ」

「それで、あんたから見たゲイリーはどんな人間なの?」

「最初は冷酷で情け容赦のない奴だと思った。命ごいする敵も撃ち殺すんだぜ? 元は同じ同胞なんだ。武装解除して放り出せばいいって言ったら、意外にも受け入れてくれた。あいつは本当は恐かったんだ。見逃した敵が戻ってきて仲間を殺されるのが。自分は死ぬのをちっとも恐がってないのに、仲間が死ぬのは恐いんだ。危ない奴だと思った。放っといたら一人でどんどん先へ行っちまう。もしかしたら死にたがってるんじゃないかとすら思った」

「あー、それわかる。ゲイリーってそういうとこあるよね」

「うちの部隊は、本当はみんなそう思ってるんだよ。クーガは危なっかしいから、俺達で守ってやらなきゃならないって。あいつには部下をそうさせる何かがある。悲しみというか、ひたむきさというか……本当はいい奴だとか、そういう話じゃない。あいつはとんでもないひどい奴で、部下になったのが運のツキだ。でもあいつならこの長くて悲惨な戦争を終わらせてくれそうな気がする。特にあんたが入ってからは……そう、なんか希望みたいなものが見えてきた。やってる事は相変わらず、というか、ますます悲惨になってるがな」

「ありがとう、さすがは副長だね。隊長愛がひしひしと感じられたよ」

「は? 誰もそんなこと言ってないだろ?」

「とにかく、朝までまだ時間あるから、もう一回しよう」

「もう寝ようぜ。おじさんは若い子にはついて行けません」

「そんなこと言って。ほら、ここは正直だよ」

 あたしがジャックのそれをさすると、またムクムクと元気になってきた。

「ねえ、お願い」可愛らしく頼むと、

「オーケー、お姫様」って言って、また抱きしめてくれた。

 ジャック大好き。

 ゲイリーの次にね。


 それからしばらくたって、ゲイリーはリーダー会にあたしを連れていった。いつもはゲイリーと副長のジャックしか行かないのに、今回は重要な案件があるからって。

 あたしは白人で目立つから、戦闘がない時はアジトでじっと息をひそめてる。いつアジトが襲われても対処できるようにように銃の手入れをしたり、身体作りで腕立て伏せや腹筋をしたりして。

 今回はヒシャブと呼ばれる黒い布で顔を隠し、手袋もつけて肌の色を隠した。

 車に乗って、一日半かけて小さな村に到着した。

 リーダー会が行われる古い倉庫みたいな建物に入る。

 農民みたいな人達が草刈りや牛の世話をしてたけど、あれは全部兵士の変装だね。

 室内に入ると、「クーガ、遅かったな」って言われた。

「ああ、すまない」って言ってゲイリーはひとつだけ空いていた席に座った。

 ジャックとあたしはゲイリーの後ろの壁際に立つ。一言も喋るなって、あらかじめゲイリーに注意されている。

 ヒシャブをぬいで、ふうっとため息をついたら、全員がこっちを見た。立ってるのは副長として、リーダーはゲイリーも含めて全部で13人。それぞれが鋭い目つきで、さすが革命軍のリーダーって感じ。

「君がブランカか?」一番年上で、ここを仕切っているらしい人物があたしに聞く。

 そうよ、って言いかけて、一言もしゃべるなって注意を思い出して、コクンとうなずいた。

「想像していたより若いな」

「まだ小娘じゃないか」

 えー、ゲイリーだって、あたしと1才しか違わないのに、小娘はひどいよね?

 あたしは気おされしないように、連中の一人一人をじっと見返した。

「今日はブランカのために英語で話してくれ」ってゲイリーがいう。

 よかった。現地語で話されたら、ついていけないとこだった。

「その前に、危険を冒してブランカをここへ連れてきた理由を聞きたい」

「それは定期の情報交換が終わってから話すよ」

 そのあとは地図を何枚も広げて、ああだこうだと言い合ってた。補給線がどうとか、駐留地をどうするとか、次の攻撃目標はどこにするとか。正直、あたしには関係ない話が延々と続いた。

 ゲイリーはなんであたしをここへ連れてきたのか、全くわからなかった。あくびをかみ殺して、あたしはじっと立っていた。

 あっ、やっと終わりそうだ。地図をくるくる丸めはじめてる。

 その時、ゲイリーが発言した。

「大統領を暗殺しようと思う」

 みんながしーんとした。

 次の瞬間には、誰もが反対しだした。

 それは無理だ。大統領の住居は国中に何十もあってどこにいるのかわからない。影武者が何人もいる。大統領の周囲には一個師団の護衛がついている。我々の理念に反する。一国の大統領を暗殺という手段で排除したら世界中から非難される。ドクター・オルソンは選挙で大統領を選ぶべきだと主張している……etc。

 大体そんなことをみんなが口々にわめいていた。

 クーガはドンとテーブルを叩いた。

「じゃあ、いつまでこの無意味な陣取り合戦を続けるんだ? 選挙をやったって、黒人の半分は字も書けないんだぜ。ドクター・オルソンは確かに革命を始める手際は良かったが、その後は国外で逃亡生活に入って、今の現状が見えてないんじゃないか? 孤児は増え続け、戦争で農地は荒れ、税金は上がる一方。払えなければ鉱山か戦地へ送られる。みんなもう嫌気がさしているんだよ」

「そのくらいは言われなくても皆理解している」

「いいや、理解してないね。内乱が3年も続くなんて異常だ。半年で終わらせるべきだった。あの白人にへつらう無能な大統領を始末してね」

 みんながしーんとする。

 ゲイリーがあたしに言った。

「ブランカ、あんたの腕前を見せてやってくれ」

 えっ? ここであたしの出番?

「あそこの電灯の周りを蛾が飛び回ってるだろ? さっきから目ざわりで仕方ない。撃ち落としてくれ」

 えーと……蛾って1匹じゃないよ。3匹もいるし、電球に当てるなってことでしょ? 難しすぎるよー。

 あたしはホルスターからピストルを引き抜き、目の高さに構えて、すうーっと深呼吸した。

 ズダーンと銃声が響く。

 蛾は3匹ともバラバラになってテーブルの上に散らばり、電球は割れずに、銃弾は壁にめり込んで止まった。

 よかったー。まったく冷や汗もんだよ。

 でも、さも当然って感じでピストルをホルスターにもどす。

 ゲイリーが続ける。

「あんたらはかん違いしてる。これは提案じゃない。報告だ。今からやるっていう、ね」

「……20トンの大型爆弾とその輸送機を買ったらしいな? それを使うのか?」

「ビーストの奴、口が軽いな……もちろん、使うために買ったのさ」

「白人の居住区を吹っ飛ばすつもりか?」

「それもいいかもな……じゃあ、これで解散しよう。次のリーダー会は開く必要ないよ。戦争は終結するから」

 ゲイリーは立ち上がり、ジャックとあたしも後に続く。

 あたしは急いでヒシャブを頭に巻きつけた。

 誰も後を追ってこなかった。


 帰りの車の中でジャックが言った。

「今のは、やり過ぎだったんじゃないか?」

「今までのやり方じゃ、もう限界だ」

「それにしても、いきなり大統領の暗殺か?」

「前からそれは考えてた」

「不可能だろう?」

「ジュリーがいれば可能になる」

「……ばかやろう……」

 それってつまり、あたしが大統領を殺すってこと?

「……いいよ。やるよ」うなずく。「スコープがあれば、2キロ先までなら、やれるよ」

「ああ、頼りにしてるよ」

 その後は2人共黙り込み。帰りの道はとても遠かった。


 ゲイリーは国中に何十もある大統領の邸宅のうち、一件の家の見取り図を手に入れてきた。

 広大な敷地に高い塀が張り巡らされ、一個師団が守っているという。人数は歩兵、砲兵、重機兵、戦車部隊、合わせて約3000人。その他にも使用人がざっと200人。

「この家ごと爆弾で吹っ飛ばすのか?」とジャック。

「それじゃいくら何でも殺し過ぎだろ? 万が一、奴を仕留めそこねたら、次はますます用心するようになるし。確実に大統領をやるには、狙撃が一番だ」

「そこであたしの出番ってわけね」

 あたしには新しい狙撃用ライフルが渡された。今まで使っていた小銃にスコープをつけた物より重く、銃身が長い。一番違うのはオートマチックで連射が可能な点だ。ただ精密な部品を多用しているので砂や水に弱く、格闘には使えない。

 そのライフルを渡された後、あたしは使い方に慣れるために何度か練習に行った。ケースに入れて丘の中腹まで行き、ブランケットを広げてその上にライフルを持って寝そべる。丘の上に立つ木を大統領に見たてて狙撃を行う。距離は約2キロ。

 スコープは今までのものより10倍も良く見え、これなら4キロ先までいけそうだ。上向きだけでなく、水平でも、下向きでも狙撃できるように、くり返し練習する。その日の風向き、風の強さ、呼吸のちょっとした動きも遠距離狙撃には影響する。オートマチックだけど、あたしは次弾を使うつもりはない。確実に一発で仕留める。

 ブランケットを広げ、ライフルをケースから出し、かまえるまでの一連の動作も、何度もくり返し練習した。最初は1分位かかったが、最終的には10秒位でできるようになった。

 窓ガラス越しでも威力が落ちないように、弾は大きくて重い。この弾で、白人にへつらう無能な独裁者の延髄を破壊してやる。あたしは完璧に仕上がっている。

「大統領が影武者の可能性は?」とジャック。

「ない。その日は大統領の実母で前大統領夫人の誕生日だ。親族と親しい友人を招いてパーティーが行われる。ここの大広間だ」

 ゲイリーが建物の一角をさす。

「この邸には地下にシェルターがあって、パーティの途中で何かが起きたら連中は必ずそのシェルターに向かう。例えば大型爆弾を乗せた輸送機が上を飛んできた時なんかは」

 ゲイリーは大広間から地下シェルターまでの道のりを指でたどる。

「これが最短ルートだ。途中のここだ」

 一点を指さす。

「廊下が狭く、窓ガラス越しに狙撃できる。連中は一目散に走ってくるだろうから、チャンスは一瞬だ。ジュリー、やれるな?」

「もちろん。楽勝だよ」

 あたしは大きくうなずく。

 そのあとは、建物への侵入方法、狙撃地点までの移動経路について、綿密に打ち合わせを行った。


 決行前夜、あたしとジャックはベッドで裸で抱き合ってた。

「いよいよ明日だね。わくわくするね」ってあたしが言うと。

「お前は図太くなったなあ。俺なんか、胃が痛くて、飯ものどを通らないってのに」

「そうかな? いつも以上に食べてたよ」

 ジャックがあたしの乳房をやさしくもむ。乳首を口に含んでコリコリってする。

「あ、あーん……」気持ちが良くてあえぎ声が出る。

「……お前、腕が太くなったんじゃないか?」

 ジャックがあたしの腕をさすり、肘の裏側に口唇をはわせる。

「……そんなことないもん……前からこのくらいだもん……」

 実はひそかに気にしてたのに。腕立て伏せ、やりすぎたかな?

 片足を持ち上げられる。膝の裏から足首までなめ上げられて、足の裏をこちょこちょってされる。あたしはくすぐったくて身をよじる。

「……絶対、足も太くなってる」断言するように言う。

「……そんなことないよう……前からこのくらいだよう……」

 やっぱり30キロもあるケースを抱えて、毎日何回も丘をかけ上がったり、かけ下りたりしてたせいかな? 最初はずしっと重かったけど、だんだんなれて、軽くなってきた。

「意地悪言うなら、もうなめて上げないからね」って言うと。

「すいませんでした! ジュリーのスタイルは完璧だ。きれいだ。女神だ」

 あせって言うのが面白い。あたしはくすくす笑う。

「あのね。男の人って、女の人にこうしてもらうと気持ちいいんだって……」

 ジャックのそれを両の乳房ではさんで、先端を舌でなめてあげる。たっぷりと、ぺろぺろって。ねちっこく続けてやる。ジャックはしばらく固まってたけど、うおおおおーって叫んだ。こらえられなかったみたいで、白い液体をほとばしらせる。

 はあはあいいながら「こんなの、どこで習ってきたんだ?」ってきくから、「食堂のおばちゃんだよ」って教えてあげた。 おばちゃんはいつも一番沢山おいしそうに食べてくれるって、ジャックが大のお気に入りだ。

「あんたはもっとジャックを大事にしな」っていって図解入りでレクチャーしてくれた。

「……ありがとう……食堂のおばちゃん……」涙ぐんでる。

 いやだ。食堂のおばちゃんにジャックを取られちゃう。

「お返しに、あたしのもいっぱい気持ち良くしてね」って足を広げて人差し指でカモンってする。

「オーケー、お姫様」って言って、あたしのあそこにチュッてキスした。

 あたしはすぐに快感の渦にとらえられて、流されていく。

「……あん……あん……」

 自分の声じゃないみたい。

「お前のここはバラの花びらみたいだ」ってジャックが言う。

 あたしは全身がしびれてて、

「……はやく……きて……」ってしかいえない。

 ジャックはあたしの中に入ってきて、腰を動かす。

 何回も何回も突き上げられて、あたしはジャックの背中に腕を回して、爪を立てる。

「……ジャック……」


 終わって、あたしはジャックに腕枕してもらって、その分厚い胸に頭を乗せる。ジャックの手があたしの髪をなでる。

「初めてイク時に俺の名前を呼んだな?」

「え? そう?」

 自分ではまったく記憶にない。

「ジュリー、明日の作戦がうまくいって、この戦争が終わったら結婚しようぜ」とジャックがいう。

 とても心がこもった優しい声だ。

「えー、どうしようかなー」

 ジャックは情けなさそうな声で、

「おいおい、ここは、はいって即答するとこだろ?」

 あたしはくすくす笑う。

「いいよ。結婚してあげる」

「やったー!」

 ジャックは両手を突き上げて大喜びし、あたしの頭はベッドの上にどすんと落ちた。

 あたしは知らなかったんだ。この作戦がどんなに厳しいものかを。潜入して、大統領を狙撃する所まではうまくいくだろう。ただ生きて帰ってくるのは不可能に近い。邸を取りまく3000人の軍隊が一斉に襲いかかってくるはずだ。ジャックとゲイリーはそれをよく理解してたんだ……

 

 その日は快晴で、無風で、絶好の狙撃日よりだった。

 澄み渡った青空を見上げて、ついてると思った。

 天気もあたし達の味方をしている。

 人数が多いとかえって目立つから、潜入するのは、ゲイリーとジャックとあたしだけ。他の仲間は後方で待機することになった。

「あとはまかせた。指示通りに待機しててくれ」ってゲイリーが言うと。

「まかせてください」って言って、

「隊長達もご無事で」

 直立不動で見送られた。

 ゲイリーとジャックは兵服じゃなくて民服で変装している。

 ゲイリーは黒のカラーコンタクトレンズを入れてる。そうすると、どこにでもいるような若い黒人の男性にしか見えない。しかもちょっと軽そうな。ジャックの方が余程カンロクがある。

 2人は花屋さんに化けて邸の前の検問を抜けることになってる。中型のトラックの荷台には、きれいな花が一杯に乗せられて、その下にあたしは狙撃用のライフルをケースに入れたまま抱いて隠れ、その他の武器も隠してある。花の匂いがきつくて頭がクラクラしそう。

 トラックが検問についた。

 ここが第一の関門だ。

「ちわー、花屋でーす。ご注文の花を届けに来ましたー」

 ジャックの大声が聞こえる。

 あたしは荷台の底で身を縮めて息を殺した。

「一応、中を確かめさせてもらうぞ」っていって荷台の後ろの扉がバタンと開けられる。

 大量の花にびっくりした気配がする。

「さすが前大統領夫人すよねえ。これ全部今日のためにオランダから空輸した特注のチューリップなんすよ。チューリップなんて、この国じゃ咲かないんすけどね、夫人がお好きだそうでね。ああ、調べるなら、そっとお願いしますよ。チューリップの花のクキは折れやすいんで。花のクキが折れちまったら、ダンナだけじゃなくて、俺らの首も折れちまいやすからね」

 ジャックとゲイリーが上手い冗談でも言ったみたいにあはははと笑っている。

 結局そいつは手前の方をちょっと調べただけで、

「行ってよし」と通してくれた。

 あたしはほっと息を吐いた。

 トラックはゆっくりと走り続け、しばらくして止まった。

「ジュリー、もういいぞ」ってジャックの声。

 あたしは花をかきわけてトラックの荷台から、隠していた荷物を手早くジャック達に手渡した。

「これつけてると目が痛くなるんだよ。もって30分だな」

 ゲイリーが黒いコンタクトレンズをはずしてそのへんにすてる。

 あーん、捨てるんなら、あたしにくれればいいのに。

「ん?」て首をかしげるので、

「何でもないよ」とあたし。

 2人は手早く兵服に着がえて、持ってきた武器を身につける。小銃にピストルが2丁ずつに、ナイフ、手榴弾、弾丸ベルトをクロスして肩からかける。ピストル用の替えのカートリッジも多量にポケットに押し込む。

 あたしの分の小銃と弾丸ベルトはジャックが持つ。

「それも持とうか?」って狙撃用ライフルを指す。

「ううん。これはもうあたしの腕の一部だから」と抱きしめる。

 いらない物を全部荷台に放り込んでドアをしめ、あたし達は出発した。

「行くぞ!」とゲイリー。

 あたし達は走り出した。

 まだ誰にも見つかってない。

 ついてる。今のところは……


 哨戒中の歩兵が2人歩いている。

 ゲイリーは音もなく駆け寄って、首の後ろを叩いて気絶させる。相変わらず見事な腕前だ。

 気絶させた2人を物かげにひきずってきて、ナイフで首を切る。もう1人も同じようにする。ナイフについた血を相手の服でぬぐってサヤへもどす。5秒もかからないで2人殺した。

 仲間を呼ばれたらアウトだから仕方ない。

 ゲイリーが腕時計を見て、

「あと17分だ」って言う。

 あたし達はまた、建物のかげにそって走り、目的地を目指した。

 輸送機がここの上空を飛ぶのは正午丁度の予定。

 タイミングがすべてだ。

 

 狙撃地点の倉庫になってる建物の屋上へついた。

 ここにくるまでに出くわした兵士を何人も殺した。

 返り血をできるだけ浴びないように気をつけたけれど、頸動脈を切り裂いた時にほとばしる血は全部はよけきれない。ゲイリーもジャックもあたしも顔や手や服が血まみれになった。

 屋上には人影がなく、見上げた空は抜けるように青かった。

「……死ぬにはいい日だ……」隣でジャックが言った。

「えんぎでもないこと言わないでよ」とあたし。

「あと3分」とゲイリー。

 あたし達は屋上のはしまで走り、あたしはブランケットを広げ、そのはしで手についた血をできるだけぬぐって、ケースから狙撃用ライフルを出してうつぶせになってかまえた。

 建物と建物の隙間から本邸の廊下がわずかに見える。

 スコープからのぞく。まだ誰も歩いていない。

 あたしは呼吸を整え、じっとその時を待った。

「来た。あれだ」ゲイリーが空を指している気配がする。

「おお、来たか」ジャックも手をかざして空を見ているようだ。

 あたしはスコープから目を離さなかった。

 下では輸送機をめがけて高射砲の迎撃が始まった。

 人々が恐怖にかられてあげる叫び声が遠くに聞こえる。

 あたしは目をこらして待った。

 まばたきするのも惜しい。

 人々が廊下を走ってやってきた。

 あたしはすうーっと深呼吸する。

 いた! あいつだ。

 あたしは引き金をそっと引く。

 ズダーンと銃声が響く。

 写真で何度も確認した顔。でっぷり太って(国民は飢え死に寸前だってのに)目尻が下がって口角を上げた作り笑いの顔。いかめしそうにした顔。横顔。上から撮った顔。

 間違いなく仕留めた。

 大統領はうなじを撃ち抜かれてバタリと倒れた。その上にガラスの破片が散らばる。人々がのけぞり、かけより、こっちを指さす。

 隣で双眼鏡をのぞいていたゲイリーがいう。

「……やったな。あんたやっぱり、すごいな……」

 ジャックがあたしの肩をポンポンと叩く。

「お疲れさん」

 あたしははあーっとため息をついて、ごろりと仰向けになった。

「終わったー」青空が目にしみる。飛び去って行く輸送機が見える。

 ゲイリーとジャックが顔を見合わせて笑う。

「うん、やっと終わる」

「もう、このままここにいようぜ」

「そういうわけにはいかない」

「そうだったな。最後のミッションだ」

「いくぞ!」ってゲイリーがあたしの手をひいて立ち上がらせる。

「ほらよ」とジャックがあたしの分の小銃を放ってくる。

 ライフルはそのまま置いて、あたし達は出口へ向かって走り出した。

 

 階段は敵の兵士で一杯だった。

 ゲイリーはまさに鬼神のように、両手に持ったピストルで殺しまくる。

 ジャックも小銃をかまえて撃ち、ボルトアクションして弾を込め、また撃つ。

 あたし達は死体の山をのりこえて進んだ。

「どうして? 大統領が死んだんだから、もう戦争は終わりでしょ?」

「そう簡単じゃねえのさ」

 ゲイリーが射撃の合間に、途切れ途切れに教えてくれる。

「まだしばらくは……1週間か1ヶ月か……ドクター・オルソンが事態を収束させるまで……」

「そういうこった」

 そんなの聞いてないよおー。

 あたしも小銃を撃ちまくった。

 建物の外に出る。

 敵がもってた機関銃を肩にかついだジャックが、外で待ちかまえてた敵を水平射撃でなぎ倒す。

 建物の角を曲がるとそこにも敵の集団が待ちかまえてる。

 ジャックの機関銃がまた水平射撃で一斉に敵をなぎ倒す。

 ゲイリーは走りながらカートリッジを取りかえる。

 流れ弾があたしの髪をかすめる。

「さすがに敵が多すぎるな」

「銃身が焼きついてきた」

「弾丸がもうないよ」

「敵の武器を拾え」

 あたしは落ちてた小銃を拾い、死体から弾丸ベルトをうばって肩にかけた。

 これほどの激戦ははじめてだった。

 敵は次々にわいてきて、殺しても殺してもきりがない。

 突然ドーンと破裂音がして、あたしの身体は宙を舞った。

 コマクがふるえ、一瞬何も聞こえなくなる。

 少し向こうにジャックが倒れてる。その左腕の肘から先がない。

「ジャック!?」あたしはジャックへかけ寄った。

「くそうっ、もってかれちまったか」

 あたしは止血用のバンドをジャックの左腕に素早くまきつけた。

 手がふるえる。どうしよう……ジャックの左腕が……

 砂煙の向こうから、戦車がキュラキュラとキャタピラの音を響かせて現れた。砲身がこちらを向く。

 ゲイリーが走り寄って、手榴弾のピンを抜いて、その砲身に投げ込むのが見えた。

 戦車のふたが開いて逃げだしてきた敵を撃つ。戦車の中で爆発音が聞こえ、車体がどんと揺れた。

 ゲイリーは戦車によじのぼり、ふたに引っかかっていた上半身だけになった敵を地面に投げ落とした。

「ジャック、あとはまかせた」って言って戦車の中に入っていった。

「オーケー、ボス」ってジャックは叫んで、残った右腕であたしの体を横抱きにして肩に担ぎ上げる。

 戦車が動き出し、キュラキュラと敵の方へ方向転換しながら、砲台が回転する。

 どんと大砲が発射され、敵が何人も吹き飛ばされる。土煙が上がる。

 ジャックはあたしを抱えて走り出す。

「まって、まってよ! ゲイリーの応援に行かなきゃ」

「……すげえよなあ、まったく。戦車の操縦までしやがる」

「下ろしてよ。自分で走る。腕は大丈夫なの?」

「ああ、全然痛くねえ……あいつなら大丈夫さ。全部吹っ飛ばして塀をぶち壊して出てくるよ。楽勝さ」

「そうかなあ?」

 でもジャックが言うと、そんな気がしてくる。

 外塀まできた。

 ジャックはあたしを塀の上に登らせる。

「つかまって!」

 あたしはジャックの方へ右手を差し出す。

 ジャックはあたしに笑いかける。

「お前の力じゃ、俺を引き上げるのは無理だよ。ありがとう、お前といられて、すげえ幸せだったぜ」

「ジャック!」

 ジャックは後ろを向いて元の方へ走って行った。

 え? どういうこと? あたしは呆然とする。

「ははは、本当にいるぜ。あの2人はやっぱすげえな。奇跡だ」

 見ると後続で控えてるはずの仲間が数人、塀の下に立っている。

 邸の方ではものすごい数の機銃や大砲の音が鳴り響いている。

「それで大統領は始末したのか?」

「もちろんよ! そんなことより早く助けに行こう! あんた達も手伝って!」

「あんたもそうとうすげえな」

 何でこんなに落ち着いてるんだろ? 腹が立つ。

「そんな塀の上にいつまでもいられたら、目立つんだよ」

 投げ縄が投げられ、あたしの身体にくるくると巻きついた。

 あたしの身体が塀の下に落ちる寸前、仲間達の手があたしを受け止めた。

「隊長と副長が中で暴れ回ってる間に、ブランカを連れて安全な所まで逃げろって言われてる。悪いな」

 あたしはぐるぐる巻きにされたままナイフとピストルを取り上げられて、麻袋に入れられた。

「何すんのよ!」

 暴れたけど、麻袋の中じゃどうしようもない。回りも見えないし、身動きできないし、息も苦しい。

 くやしい! 涙が出る。

「バカ、バカ、バカーっ!」

「バカはお前だ!」

 怒鳴り返されてビクッとなる。

「あの2人は、はなから生きて帰るつもりはなかったんだよ。でも、お前だけは助けたいって……お前が素直に言うことをきくタマじゃないのはわかってた。まったく虎を生け捕るようなもんだぜ」

「俺なんか、さっき蹴られて……アバラ2〜3本いってるな」

 あたしは麻袋の中でみんなに運ばれながら、泣いた。

 涙があとからあとから、あふれてきた。

 ジャック……ゲイリー……

 なんで? 仲間じゃなかったの?

 なんであたしだけ……

「悲しいのはお前だけじゃねえんだよ!」

「俺達だって、一緒に来いって言われた方がどんだけましか……」

 それで気がついた。

 みんなも声を殺して泣いていた……

 

 大統領暗殺のニュースは国中をかけめぐった。ゲイリーとジャックは一個師団の約半数に壊滅的損害を与えた。ジャックは壮絶な戦死をとげ、ゲイリーは重傷で捕らえられた。ゲイリーは大統領暗殺の主犯格として、たとえ回復しても死刑は間違いないらしい。

 革命軍は活気づき、政府軍は反対にガタガタになった。離脱者もあいつぎ、降伏する部隊も多かった。

 ドクター・オルソンはシンガポールから至急帰国し、事態の収束にあたるらしい……

 アジトへ戻り、泣き疲れて眠り、ぼうっとした頭で起きだしたあたしに、それは希望の光が射した瞬間だった。

 ゲイリーが生きてる?

 まだ死んでない!

 3000対2の絶望的な戦いの中で、それでもゲイリーは生き残った。奇跡だ。

 なら、あたしが次にすることは……

 あたしは立ち上がり、みんなに宣言した。

「この部隊は、これからはあたしが隊長よ! 文句がある奴は前へ出て!」

 みんなは顔を見合わせて、肩をすくめた。

「オーケー、ボス。そう言うと思ってた。今からあんたが隊長だ。何でも命令してくれ」


 まって、まだ続きがあるの。

 あたしが隊長宣言をした直後に、アジトに1人の白人女性が訪ねてきた。ベールで顔を隠し、シャネルのスーツに身を包んだ上品な女性だ。

「……あなたがブランカね。初めまして」

「……初めまして」

 古くて汚れたイスに上品に腰かけて彼女は言った。

「あなたとは、まあライバルみたいなものだけど、今だけは協力しましょう。わたしもクーガを助けたいの」

「名前も名乗らない、顔も隠したままの相手を信用しろっていうの?」

「ごめんなさいね。それは教えられないのよ。わたしにも色々事情があって……でも、クーガを助けたいって気持ちは、あなたと一緒。それだけでは信用できないかしら?」

「……それで、どんな話なの?」

「クーガを今拘束しているのはタイガー大佐といって、クーガには強い恨みを持っているわ。何度も煮え湯をのまされているから。それに陰湿なサディストなの。クーガが今、どんなひどい目に合っているか……想像するだけで辛いわ」

 彼女は口元を白いレースのハンカチで押さえ、あたしは背筋がぞっとなった。

「レオン公爵……ビーストと言った方が早いかしら? 彼ね、あなたの甘くて蜜のような味のキスが忘れられないって、方々で吹聴していたわ」

「はあ?」

 あれのどこが甘くて蜜のような味のキスなんだろう? 痛くて血の味のするキスならわかるけど。

「ビーストは政府にもコネがあって、帰国するドクター・オルソンの警備は彼の私兵が担当するらしいの。ほら、今は国中がこんな有様でしょう?」

「そうね、ビーストは政府軍にも革命軍にもコネがあるしね……」

「人質交換……これだけ言えば、おわかりよね?」

「人質交換……?」

「しいっ」彼女はレースの手袋をした人差し指を真紅に塗られた口唇の前に立てた。

「あなたがお願いすれば、レオンもきいてくれると思うのよ。どうかしら? それじゃあ飛行機の時間があるから、わたしはこれで失礼するわ。今は飛行機のチケットを取るのも大変なの……」

 彼女は上品に一礼して去っていった。

 ビースト……

 会いたくない。正直、会いたくない。

 あの女もあやしすぎる。何かのワナかもしれない。

 でも……

 ゲイリーを助ける可能性が1%でもあるなら、あたしは何だってやってみせるわ。

 

 それじゃ、このへんで。

 またチャンスがあったら、会おうね。

 バーイ。

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