第3話 トリガー オブ ヘブン

「きゃあ、もうやめてよ~、ムリ、ムリ~」

 逃げ回るあたしの頭めがけて、小銃の台尻の部分が振り下ろされる。それを自分の小銃の銃身の部分ではっしと受け止めて、そこから小石だらけの地面をコロコロと転がった。

「いたーい。もう降参よ。参りました!」

 初老の鬼教官はまた怒鳴り散らす。

「戦場で降参とかあるか! 死んでるぞお前は!」

「だって~」

 いくら何でもやせた小柄なおじいちゃんを、叩きのめすなんてできないわ。

 ここはジャングルの奥の革命軍の訓練キャンプ。今日は鬼教官じきじきに、あたしに小銃を使った戦闘の仕方を伝授してくださっているわけ。他の訓練兵の子達が15~6人とりまいて見学してる。あたしが逃げ回ってばかりいるから、みんなバカにして笑ってる。

「もういい! ジュリー、お前は畑の草むしりでもしてろ! 他の子は2人一組になって対人訓練だ! はじめ!」

 あーあ、また草むしりかあ。

 あたしは小銃をほったて小屋(あたし達が寝泊りしてる建物ね)の壁に立てかけて、裏の畑にまわった。

 それにしても暑い。それにムシが多い。太陽がギラギラと照りつける下で、あたしはしぶしぶと草むしりを始めた。

 小さな畑に、名前も知らない野菜が植えられてる。

 まったく、除草剤でもまいとけばいいのに……

 陽に灼けて荒れた両手をじっと見る。

 こんなはずじゃなかったのにな……


 この辺で自己紹介するね。

 あたしの名前はジュリエット・シエナ・スカイフォーク。ジュリーって呼んでね。髪の色はストロベリーブロンド、瞳の色はダークブルー。身長は175cm、体重は……ヒ・ミ・ツ。

 年は17才と4ヶ月、自分でいうのも何だけど、かなりの美少女。

 セント・マリエル・女学園(カトリック系よ)の7年生だったんだけど、どうしたわけか南アフリカにあるサルビア共和国ってところまでやってきて、革命に身を投じることになった。あたしをだまして(本当は帰れって言われたんだけどついてきちゃったんだ)ここにつれてきたゲイリーはあれから1ヶ月、姿も見せない。

 12才から15才くらいまでの初年兵、15~6人が訓練を受けているこの施設(っていうか、ほったて小屋が2~3個たってるだけ)で、お嬢様育ちのあたしは完全に浮いてる。まあ、あたしだけ白人で、他はみんな黒人だから、それだけでも浮いてるわね。

 予定では、あたしはゲイリーの隣でサルビア革命軍の女兵士として大活躍するはずだったのに……

 ゲイリー……あたしの愛しいブラックパンサー。年は18才(あたしと1才しか違わない)。身長は185cmくらい。やせてるというか筋肉質のしなやかな身体つき。黒いちぢれた髪と黒より少し薄いチョコレート色の肌。大統領の親書をめぐっていろいろあって、あたしとゲイリーは知り合った。ちょっとかっこいい外見をしてて、光が当たると金色に見えるコハク色の瞳をしている。多分、白人とのハーフだろう。女なのに、白人の女性を何人も夢中にさせて、お金や情報を引き出してるらしい。あたしもそのバカな白人女の一人。

 ああ、腹が立ってきた……

 ゲイリーは、ここではクーガってコードネームで呼ばれてる。革命軍のリーダーの一人で、戦闘では負け知らずで、どんな危険な任務でも、軽々とやりこなす。訓練兵の中ではあこがれの無敵のヒーロー(ん? ヒロイン?)だ。

 でもあたしは知ってる。ゲイリーの身体は傷だらけ。弾がよけて通るなんてことはない。敵を沢山殺してる。でもその相手にも家族や友人がいて、夢も希望もあって、でも殺さなきゃいけないなら、殺す。革命のために……サルビアの貧しい人達が餓えて苦しんでいるのを救うために、この国の大統領を頂点とする政府軍を倒さなきゃならない。

 あたしはゲイリーの身体だけでなく、心もズタズタに傷ついて苦しんでるって感じた。その感じは間違ってないと思う。あたしはゲイリーの手助けをしたい。側にいて守ってあげたい……


「そんなんじゃ夜までかかったって終わらないぜ。手伝ってやるよ」

「え?」

 見ると、あたしとちょっと離れた所にしゃがみ込んで、草をむしりはじめた。

 名前はジム。15才で、少年兵の中では一番年上だ。前歯が2本欠けていて、笑うとちょっと間抜けに見える。

「訓練はいいの?」

「うん。かったるいよなあ。いつになったら本物の小銃を撃たせてくれるんだろう」

「そうだね」

「実弾は貴重品だからって、体力作りと格闘訓練ばっかじゃ、いざという時、役に立つのか心配だよ」

「そうだね」

 草むしりのスピードが速い。あたしの10倍はある。

「草むしるの速いね」とあたしが感心すると、

「家でさんざんやってたからな」と前歯の欠けた笑顔を見せる。

「ふーん。家族はあんたが革命軍なんかに入って、心配してるんじゃない?」

 とたんにジムの笑顔が消える。

「……みんな死んだよ。俺の住んでた村は革命軍のアジトだって疑われて、攻撃を受けた……父ちゃんも、母ちゃんも、じいちゃんもばあちゃんも、弟も妹もみんな……」

 ぐっと言葉につまる。

 なぐさめようにも声が出ない。

「そんなの、ここにいる連中はほとんどそうさ。両親を目の前で殺されたり、女の子はレイプされたり……だから、みんな一生懸命訓練してるんじゃないか。あいつらに復讐するために」

「そうなんだ……」

 知らなかった。ここにいる子達にそんな重い過去があったなんて。

「それ、食える方の草だぜ」

「え?」

 あちゃー、間違えて野菜の方をむしってた。

「あーあ。ジュリーはほんとに何も知らねえんだな。畑はちゃんと世話すれば、おいしい野菜が食べられるんだぜ」

「ヤギじゃないんだし、いくらおいしくても野菜だけじゃねえ」

 ちなみに、ここではヤギも数頭飼育されている。

「草むしり終わったら、川から水くんできて、水まきもした方がいいよね?」

「今日は夕方スコールになるよ。空気がしけってるから」

 カンカン照りの空を見上げて、

「ウソー」と言うと、

「ウソじゃねえよ」とジム。

 そのくらいもわからないのかと、またバカにする風だ。

「あんた、クーガの彼女なんだろ?」

「え? まあ……今となっちゃ、それもあやしいけど……」

「捨てられちゃったのか?」

「いやなこというわね」とにらみつけると、ジムは肩をすくめる。

「クーガってかっこいいよな。強くて、革命軍のリーダーで。女だって信じられないよ……俺も強くなって、もっともっと強くなって、敵を一杯やっつけて……偉くなるよ、クーガみたいに」

「うん、頑張ってね」

 あたしの見る所じゃ、この子はキャンプの中では一番強そうだ。笑うと間抜け顔になるけど。

「そうしたら、お前……」

「え?」

 その時、少年兵の一人が走ってこっちにやって来た。

「クーガが来た!」ってうれしそうに知らせると、すぐもどって行く。

 あたし達も飛び上がって、そっちへ走って行った。

 

 一番近い村からジープで半日、そこからジャングルの中を徒歩で半日、物資を届けるのもひと苦労なジャングルの中の秘密のかくれ家だ。久し振りの客人達は大量の荷物と新しい子供を3人連れてきていた。その中にゲイリーもいる。人気者でみんなにもみくちゃにされている。ゲイリーもにこにこしながら、子供達の頭をポンポンしたりしてる。

「ゲイリー! 会いたかったよ!」

 子供達をはねのけて抱きつこうとしたら、

「ジュリー、顔が泥だらけだ」

 といわれて、はたと気づいた。

 顔も手も足も汗まみれだし、さっきまで草むしりしてたから泥だらけだ。

 顔を洗ってこなきゃ。せっかくの美人が台なしだわ。

 あたしはくるりと後ろをむくと井戸の方へ走って行った。

 水は貴重品で一日に一人一杯って規則だけど、あたしは3杯も使って顔と手足の泥を落とし、ほこりっぽい髪も洗い、ついでに服も替えて身体を拭いた。

 よし。これできれいになった。

 すっかりここの生活に慣れて泥だらけでも平気になってたけど、いけないいけない。恋人の前じゃ、きれいにしてなきゃね。

 訓練場に行くと、もうみんな食事をする建物に移動していたのでそっちへ行く。

 いたいた。

 ゲイリーが鬼教官と話してる。あたしは反対側の席にすわっていた兵士さんにどいてもらって、ゲイリーの隣にちょこんと腰かけた。

 ちょうどお昼の休けいタイムだったので、みんなの前にコップ一杯の飲み物(ヤギの乳を水でうすめたやつね。匂いが独特だけどもう慣れたわ)とゲイリー達が持ってきたらしいビスケットが3枚ずつ配られた。

 ああ、久し振りの文明的食べ物だわ。

 ビスケットをかじりながら、鬼教官の話しに耳をかたむける。

「……こいつらは使い捨ての消耗品じゃないんだぜ……」

「それくらいわかってるさ。でも兵士が足りないんだ。使えそうな奴を3人選んでくれ。明朝早くに出発するから」

 あたしはビスケットが喉に詰まりそうになった。

 そうか、そうだよね。みんな兵士になるために訓練してるんだ。年長の子だってまだ15〜6才なのに、もう戦争に行くんだね。

 慣れたらここの生活もけっこう楽しくて、毎日3回は帰りたいよーって心の中で叫んで(たまには声にも出てた)いたけど、ずっとこの生活が続くと思っていた。

 ジャングルの中の、つかの間の楽園みたいに思ってたんだ。

「それで、ジュリーの様子はどうだった?」

 あたしの方をチラリと見て、ゲイリーが鬼教官にきく。

 鬼教官もあたしの方をチラリと見て、

「こいつはダメだな。ヒルに吸いつかれたって、悲鳴を上げ、ハチに刺されたって半泣き。やる気もないし、サボることばっかり考えてる。毎日3回は帰りたいってグチってるぜ」

 ううう……いや本当のことだけど……もっと頑張っとけば良かった。

 いたたまれないよー。

「で、兵士としては?」

「……怪物だな……お前がここにいた頃を思いだしたぜ。スタミナは底が知れない。石の詰まったリュックを背負ったまま川へ飛び込んだ」

「リュックは捨てて川に飛び込むはずだろ?」

「こいつは説明を半分も聞いてないからな……」

「溺れたのか?」

「いいや。溺れそうな子を片手にひとりずつつかんで川岸にはい上がったよ。おかげでボートでさすまたを持って待機してた俺の仕事はなくなった……格闘のセンスも、あれは生まれもったもんだな。最初の頃、こいつを襲おうとして年上の連中が3〜4人で夜這いをかけたんだ。リーダー格の奴が前歯をへし折られて、それっきり誰もそんなことは考えなくなった。射撃の腕がまたすごい。最初は50mから始めて、100m、200mと離していって、最後は500m、森の中から撃たせた。全部まとの真ん中を撃ち抜いた。銃を持ったのも初めてだったんだぜ」

「なるほど、怪物だな」

 2人にみつめられて、あたしはこんなに暑いにもかかわらず、背筋にタラッと冷や汗をかいた。

「スコープなしで500mなら、スコープつけたら2キロはいけるな」

「クーガ!」と教官はドンとテーブルを叩いた。「こいつはダメだ。家に帰してやれ。取り返しのつかんことになる」

「……それくらいわかってるさ……」

 教官は立ち上がり、「休けい終わり!」と叫んで建物の外へ出て行った。

 教官はあたしのできがいいってほめたんだろうか?

 何だかそれだけじゃなかったような気がする。スコープって何だろう。取り返しがつかなくなるって何だろう? 謎だらけだ。

 ただひとつはっきりしたこと、それはゲイリーがまだあたしを家に帰すか、兵士として連れて行くか、迷ってるってこと。

 だったら、あたしが本気だしたらすごいってこと、見せてあげなきゃね。

 

 教官があたしにさっきの小銃を投げてよこした。

「ジュリー、さっきは逃げ回ってばかりだったが、今度はちゃんとやれよ」

 もう一本をゲイリーに放り投げる。

「クーガ、たまにはみんなにお手本を見せてやってくれ」

 ゲイリーは小銃を受け取ると、慣れた手つきでボルトアクション。弾が入ってるか確認する手つき。それからガチャンと元にもどし、かまえた。

「人使いが荒いな、こっちは重い荷物を夜明け前からかついできたってのに」

「ははは、それくらいハンデにもならんだろ」と教官。

 子供達や、ゲイリーといっしょにきた兵士達があたし達をとりまいて円になり、興味津々といった様子で見つめてる。

「よーし、いっちょやりますか。ゲイリー、あたしの格闘術の腕前を見せてあげるわよ!」

 小銃をつきつけて宣言すると、

「わきがガラガラなんだよ」

 3歩でつめよられて、脇腹を銃身でガツンと殴られる。

 くうっ、痛い……

 本気で殴ったわね! ちょっとは手心を加えなさいよ!

「やったわね! お返しよ!」

 あたしも小銃をふり回してゲイリーに殴りかかった。

 いい加減あたしもイライラしてたんだろうね。

 こんなところに1ヶ月も放ったらかされて、やっと会えたと思ったら格闘術の相手だってさ。

 やってらんないわよ。

 本気で殴りかかったけど軽くいなされて、今度はこっちが防戦一方に。

 上から横から振り下ろされる銃身を受け止めて、スキを見てのど元を狙って突いた。ゲイリーは一歩後ろに下がってよけた。

 なんか、よまれてる気がする。

 あたしがどう向かっていくか、それをどういなすかを。

 頭がカーッとなって、目の前にかすみがかかる。

 負けるもんですか。あたしが本気だせば、すごいってこと、あんたに教えてあげる。実力を認めさせて、絶対連れてってもらうんだ。

 あたし達はすごい勢いで打ち合い、組み合い、けり合った。スピードがぐんぐん上がり、打撃の重さも上がっていく。

 本気で実戦で殺し合ってるような気がした。力で相手をねじ伏せる。足元にはいつくばらせて、それから……

 ゲイリーの左腕がみしりと鳴った。

 おっ、やっと当たった。

 でも、お腹をけられて、うっとなって、仰向けに倒れた所をさらにお腹を踏みつけられる。

 さっき食べた貴重なおやつを吐きそうになった。

 ゲイリーの小銃の先があたしの左胸に突きつけられて、引き金がカチッと鳴った。

 うそーっ。

 ゲイリーがあたしを撃った……

「実戦だったら、死んでるな」とゲイリーが言う。

 あたしは力が抜けて、石ころだらけの地面の上で大の字に転がったまま動けなかった。涙がポロッとこぼれる。

「……ゲイリーが……あたしを撃った……」

 えぐえぐと涙が止まらない。

「ああ、あんたこれが模擬戦だって忘れてたろ? まったく腕が折れるかと思った」

「あたしを……あたしに引き金を引いた……」

「弾が入ってないのを確認しただろ? そうでもしなきゃあんたが止まりそうになかったから……くそっ、こんなこと言わせるなよ」

 ゲイリーの手がさし出され、あたしはそれを握って立ち上がる。ショックがまだ尾を引いている。

「瞳の色はダークブルーだな……さっきは色が薄くなってライトブルーに見えた。冷酷な殺人鬼の目だったよ」

「うん」あたしは両目をこすって涙をぬぐった。「たまに言われる。あたしはケンカになると目の色が変わるって……」

「それと実戦だったら実弾が入ってる。暴発しないように引き金に指は入れるな。使うのは台尻の部分と、銃身の先だけだ。むやみに振り回せばいいってもんじゃない」

「うん、わかった……」

 ちょっと落ち着いてきた。

 負けちゃったけど、しようがないよね。

 ゲイリーはプロなんだから……

 ああ、でも勝ちたかったなあ。

 ゲイリーは腰のホルスターからピストルを引き抜いてあたしに手渡した。

「何?」

 それから上を指さして、

「鳥が飛んでるだろ? 晩めしにしたいから撃ち落としてくれ」といった。

 空を見上げると、鳥が群れをなして飛んでいるのが見えた。

「いいよ」

 あたしは空に向けてピストルをかまえた。すうーっと深呼吸する。

 どうしたわけか知らないけど、あたしが銃を持つと、銃はあたしの手の延長になる。どこを狙えばいいか、なぜかわかるんだ。

 ズダーンと銃声が響いた。

 少し離れた所にバサッバサッと鳥が2羽落ちてきた。

「一発で2羽? まぐれか?」とゲイリーが聞く。

「まさか、ちゃんと狙ったんだよ」

 あたしはピストルをゲイリーに返して、いそいそと落ちた鳥に近づいた。

「一羽目は首の所、二羽目は目の所を狙ったよ。重なってたからね。弾丸は貴重なんでしょ?」

 ゲイリーは無表情にピストルをホルスターに戻す。

 周囲がざわついている。

 風向き、とか、仰角が、とか、銃のズレの微調整がどうとか、専門的なことはわかんない。

 とにかく、当たればいいんでしょ?

「今夜は鳥鍋にしようね〜」


 せっかくの鳥鍋も肉は一切れだけでほとんど野菜だった。まあ、20人もいて、鳥2羽じゃねえ。もう5〜6羽撃ち落とせば良かった。

 夕食後、ゲイリーに手まねきされて、あたしはいそいそとゲイリーについて、倉庫になってるほったて小屋に入った。

 木の箱が一杯あって、その中に缶詰なんかの食料、小銃や弾丸なんかの武器類、服や工具や生活用品の類が、雑多におかれてる。月明かりが、それらを照らし出している。

 木箱のふたの上に毛布を広げて、あたし達は裸になって抱き合った。

 月明かりの中で見るゲイリーの裸体はチョコレート色でスラリとしていて、しなやかで、そして傷だらけだった。

 あたしを見つめる金色の瞳は謎めいていて、何を考えているかわからない。

 キスをされる。今だに息つぎの仕方がわからなくて、夢中になってしまうキス。

 それから首筋を伝って、胸に向かってキスが続く。

「……あ……あたし、汗臭いかも……」

「汗の匂いは好きだよ」

 あー、やっぱり汗臭いんだ。でも、もうどうでもいいや。

 指先があたしの乳首をつまむ。もう片方の手が乳房をやさしくもみほぐす。それだけであたしの口からはあえぎ声がもれる。

 もっと、もっと気持ち良くして……

 身体がトロトロになりそう。

 舌があたしの一番恥ずかしいところを、ぺちゃぺちゃと舐める。

 ああ、もう、恥ずかしいよ〜

 でも、やめないで……

 乳首とそこを指先で同時に触れられると電気がつながってるみたいに、全身がけいれんする。

 こんなに気持ち良くて、あたしはどうなっちゃうんだろう?

 背中もわき腹も、ふくらはぎも、触れられた所はどこも火がついたみたいになる。

 あえぎ声は叫び声に変わっていき、あたしは何度も絶頂を迎える。

 気がつけばいつの間にか顔が涙でぬれていて、ゲイリーがあたしの顔をぺろりとなめた。

「……あんた、本当感じやすいな……」

「な……何を……そういえば……」

 されるばっかりで、あたしは何もしてないじゃない。せいぜい背中に爪を立てたくらいで。

 ハアハアと息も絶え絶えになりながら、

「あたしも……あんたに色々するから……」って言うと、

「いいよ、あたしは不感症だから」って断られた。

「はあ?」

 何それ、そんなのあり?

 ゲイリーはすました顔で、

「あんたのあえぎ声は気持ち良さそうで、いい気分転換になったよ。今夜はギャラリーも多かったから、いつもよりサービスしといた」

 って? えーっ!

 ギャラリーって何?

 あたしは飛び起きて、扉まで走り、勢い良くバンと開けた。

 月明かりの下で、子供達がくもの子を散らすように逃げていく。大人の姿も混じってるようなのは、気のせいだよね?

 はあ……

 あたしはへなへなとその場にくず折れた。

「み……見られた……みんなに……」

「まあまあ、これも授業の一環ってことで」

「バカ〜ッ!」

 このほったて小屋は壁なんかすき間だらけだし、中は月明かりでけっこう明るい。丸見えだったんじゃ……

「あ……明日から、どうやってみんなと顔を合わせればいいの?」

「合わせなくていいよ。明日つれていくから」

「え?」

 ゲイリーがポンポンとここへすわれというので、あたしは隣にすわってけだるい身体をもたせかけた。

「つれてってくれるの?」

「うん。それと、これはみんな知ってる事だから話しておくね。あんまり思いだしたくない事なんだけど」

「……どんな話?」

「あたしの乳首は両方共ない。見ればわかると思うけど、クリトリスもない。ナイフで切り取られたんだ。ついでにいうと子宮もない。もう女じゃないんだ。男に生まれてれば良かったって何度も思ったよ」

 あたしは驚がくした。ゲイリーの小ぶりだけど形のいいおっぱいは両方共乳首がなくて平らだったけど、怪我したんだと思ってた。

「そんな……兵士ってそんなことまでしないといけないの?」

「違うよ。そんなはずないだろ」

 ゲイリーはくすりと笑った。

「……あたしの母親は白人の男にレイプされて、あたしを生んだ。ここじゃあ黒人の若い娘が白人にレイプされるのは珍しい話じゃない。男の子が欲しかったんで女の子の名前は考えてなかったんだって。女だと色々つらい事が多いからね。この目の色と、肌の色や顔立ちで、小さい頃からいじめられてた。ハーフの子は黒人の仲間にも入れてもらえないんだ」

「それはつらかったろうねえ」

 ゲイリーの小さい頃を想像して、あたしは涙ぐんだ。

「……14の時、あたしも同じ目に合った。さらわれて、どこかに閉じ込められて、あいつらはこの目や、肌の色なんかが珍しかったんだろう。逃げようとしてはつかまって、そりゃあもうひどい目に合ったよ」

「あいつらって……何人いたの?」

「最初は4人。途中から友達も呼んで、入れかわり立ちかわりさ。そして遊び半分であたしの乳首とクリトリスを切り取った。壊れかけたおもちゃみたいになって、あたしは道端に捨てられた。その時死んでれば良かったって思ったよ」

 ひどい、ひどすぎる……

「犯人はつかまらなかったの?」ふるえる声であたしは聞いた。

「届けも出さなかったよ。白人だから、大した罪にはならないし。母親はなかったことにしたかったらしい。でも、もっと悪いことに、その後妊娠してる事に気づいたんだ」

 耳をふさいで、それ以上聞きたくなかった。

 でも、ゲイリーがつらい話をわざわざ話してくれるのは、あたしに聞いてほしいからなんだ……

「生まれてくる子はあたしよりもっと白いだろうし、そんなの見たくなかった。だから子供を堕ろしたんだ。そしたら出血が止まらなくなって、結局子宮を取るしかなかった。赤ん坊を殺した罰が当たったと思ったよ」

 あたしはポロポロと涙を流した。

「死にたかった。生きていたくなかった……そんな時に内乱が始まった。これ以上黒人がしいたげられて、白人ばかりが勝手気ままにする、それじゃダメだって、あちこちで暴動が起きた。あたしはこれだ、と思ったね。どうせいらない生命なら、少しでも役に立てて死のうと思った……で、例の4人を皆殺しにして……顔も名前も覚えてたからね……革命軍に入ったんだ」

「み……皆殺し!?」

「どうせ生きてても同じ事をやる連中さ。ナイフでのどをかっ切ってやった。泣いて命ごいしても許さなかった……」

 ゲイリーはあたしをじっと見た。

「これはあたし達の戦いで、あんたは何の関係もない。明日、ここを出たら、あんたには2つ道がある。ひとつはそのまま革命軍に入る。もうひとつは、あんたの国の大使館の前までつれていって、そこに置いて行く。家に帰れるよ」

「え?」

「これで最後だ。今、決めてくれ」

 家に帰りたいって一日に何度も思った。でもゲイリーの側にいたいって気持ちはもっと強い。

「それから、仲間になったら、もう今みたいな事はしない。あたしは仲間とは寝ない主義なんだ」

「え〜っ、そんなあ〜」

 またクスリと笑う。

「あんたはここの生活が最低だと思ってるだろうが、あたしにいわせりゃここは天国さ。あっちはもっとひどいよ。車の中やガレキの中で眠らなきゃならないし、2〜3日、水も食べ物も口に入らないってことも多い。それでもいいなら、ついてきてほしい。あたしに力を貸してほしい」

「そんなの、答えは決まってるでしょ」

「ん?」

「地獄の底まで、あんたに付き合うわ」

「そうか……ありがとう」

「お礼なんかいいよ……そういえば仲間になったらもうキスもできないの?」

「もちろん」

「じゃあ、今のうちにまたキスしてよ」

 あたしはキスをねだって、口唇を重ねているうちに、また変な気分になってきて……

「タフだな」って笑って、ゲイリーはあたしの身体に指をはわせた。

 とても残酷で悲惨な過去。どんなつもりでうちあけてくれたんだろう? それで嫌いになるはずなんかないのに。覚悟を決めろってこと?

 あたしに何ができるかわからないけど。あたしはどこまでもついていこう。そして、助けてあげたい、守ってあげたい。傷だらけの身体も心も、いやしてあげたい……

 

 翌朝早く、あたし達は出発した。

 鬼教官は新しく選ばれた3人と一人ずつ握手をして、「死ぬなよ」と声をかけた。

 あたしには「これでやっとまともな訓練ができる」って憎まれ口をきいて、「死ぬなよ」って同じように言ってくれた。

 ジャングルの中の道なき道を踏みこえて進む。昨日の夕方、スコールが降ったから、下草がまだぬれてて、服やブーツがすぐに重くなる。歩きにくいったらない。

 ジムに(彼も新兵の一人に選ばれた)「あんたが言ったとおり、スコールになったね」って言ったら、そっぽを向かれた。

 新兵に選ばれて緊張してるんだね。しかもあこがれのクーガと同じ班だしね。

 歩きながら、さっそく兵士の人が、色んな事を教えてくれた。

 話し声がしてると、危険な獣が近づいて来にくくなること。

 革命軍には何人かのリーダーがいて、それぞれが自分の部下を持っていること。クーガの班はとりわけ一番前線にいて、危険な戦闘が多いこと。

 ひとつのアジトには長くいないで、常に移動していること。アジトは国中に散らばってること。その正確な場所は、リーダーですら全部は知らないこと。

 リーダーの中でも一番上に立つ、革命軍の総司令官みたいな人がいること。彼こそがドクター・オルソン。3年前に起きた暴動の最初のリーダーで、次々に飛び火した暴動をまとめ上げて、内乱を革命へと導いた人。革命軍の最重要人物で、政府軍は彼を暗殺しようと血眼になっていること。国外に逃亡中なのか、国内に潜伏しているのか、ごく一部の人間しか、知らされていないこと。

 ドクター・オルソン……聞いたことがある。

 上海 (シャンハイ)にいた頃、レイ(中国からの留学生であたしの友達)が生命を助けたことがあるって言ってた。

 やっぱレイはすごいね。そんな最重要人物と知り合いなんて。

 半日歩き続けてジャングルの端まで着いた。もう足がパンパンだ。

 木の枝でカムフラージュされていたジープは3台あって、それに分乗して、一番近い村へ向かった。舗装されてないガタガタ道は車で長く揺られてると腰が痛くなってくる。

 車内で配られた少量の乾パンと水筒の水、お昼はこれだけ。

 兵士の人が言ってた。一番大事なのは食べれる時に食べて、眠れる時に眠って、いつ戦闘になってもいいように心の準備をしておくこと。

 たとえばジープで移動中にも、敵に襲われるかもしれない。

 想像していた以上に過酷な日々が待っていそうだ。

 あたしは黙々と乾パンをかじって、水をひと口のんだ。

 

 夕方、村についた。

 かくれ家に入って、ふうっとため息をつく。荷物をおろして簡易ベッドに横になったら、すうっと眠ってしまった。

 目が覚めると夜になってて、ジムに揺り起こされてた。

「晩めしの時間だってさ」とジムが言う。

「あー、よく寝た」あたしは背のびをする。

 ジムがまだ何か言いたそうにしているので、

「なあに?」って聞くと、

「これ、やる」と木彫りの髪留めを渡された。

「買い出しに行って見つけたから。ほら髪の毛をまとめてた方が動きやすいだろ?」

 確かに。あたしの髪はくせ毛がひどくて、少し伸びてきたからまとまりがつかなくなって、爆発したみたいになってる。

「ありがとう」

「つけてやるよ」と言って、両サイドの髪をねじって真ん中によせて、髪留めで留める。

 首を振ってみると、髪が顔にかからなくて動きやすい。

「うん、いいね。ありがとう」っていうと、

「似合ってるよ」って言って、すぐ部屋から出て行った。

 プレゼント……なのかな?

 いやいや、あたしの髪がライオンみたいだから、邪魔になるだろうって心配してくれたんだ。

 そうだ。晩ごはんだ。

 部屋を出て、下へおりて食堂に行く。

 黒くて固いけどパンだあ。それにお肉がたっぷり入ったスープ。リンゴが一人一個。

 これってごちそうじゃん。

 クーガ班は全部で新兵も入れて15人。

 食後、ゲイリーが地図を広げて説明する。

「夜中に移動して夜明け頃に、ここの町につく」と地図の一点を指さす。地図は赤や青で色わけされてる。赤が政府軍で青が革命軍の陣地みたいだ。

 なるほど陣取り合戦をして、どっちも自分の陣地を増やしたいって感じか。白い部分も沢山あるけど中立ってこと?

「駐留してるのは正規軍が約100人。一人あたり約7人だな」

「楽勝だな」はははと古参の兵士の一人が笑う。

 いやいや、こっちは新兵があたしも入れて4人もいるじゃん。

「じゃあ、準備をしたらすぐ出発する」

「了解!」っていってみんなきびきびと動き出した。

 えーっ、それだけ?

 もっと打ち合わせとかないの?

 あっ、あたしも準備しなきゃ。

 

 古いトラックに全員ぎゅうぎゅう詰めで乗り込んだ。

 ピストルと小銃を一丁ずつ、ナイフを一本と鉄カブトと防弾チョッキを渡されたので、それを身につけている。

 トラックが走り出した。

 みんな小銃を抱いて、トラックの横壁に背中をつけてじっとしている。戦闘にそなえて身体を休めてるんだろう。こんなガタガタ揺れてるのに、よく眠れるね?

 ゲイリーがあたしににじり寄ってきた。

「ピストルと小銃の扱い方はわかってるな?」

「一応ね。訓練場でならったから」

「分解して掃除して、弾は込めた?」

「全部やった……バカにしないでよね。遊んでたわけじゃないんだから」

 たった1ヶ月だったけど、必要なことは一通りやったはずだ。教官に怒鳴られながら、手とり足とりだったけど……

「じゃあ、これをつけとこう。スコープだ」

 金属と丸いガラスでできた部品が、あたしの小銃に取りつけられる。

「折りたためるから、使う時だけ上げて、こっちのネジで照準を調節する……のぞいてみて」

 あたしは言われたとおり小銃をかまえて、スコープをのぞきこんだ。トラックの小窓から、外の草原をスコープごしに眺める。

「……これすごいね。遠くの物がすごく近くに見える」

「どんな感じ?」

「うーんとね、手がすごく伸びた感じ」

「なるほど」って納得した様子で、「人間を撃ったことはないんだろ?」って聞く。

「当たり前でしょ」とあたし。

「どこを狙えばいいかわかる?」

「えーと、額とか、心臓とか……?」

「違う。あんたが狙うのはここだ」

 ゲイリーの人差し指の先があたしのうなじをつんと突く。鉄カブトと髪留めの間のわずかな隙間だ。

「額とか心臓はプロテクターで守られてる。当たった衝撃でちょっとはふらつくかもしれないが、致命傷は与えられない。前からなら鼻の下、横からなら耳の後ろ、後ろからならうなじだ。延髄を破壊されると人間は一瞬で死ぬ。一番楽な死に方だ。あんたならできる。いや、あんたにしか狙えない」

「恐ろしいこというのね……」

 ゲイリーの目が恐かった。本気で言ってるのがわかったから。

「延髄……ね……」

 胸がドキドキする。正直、恐い。あたしに敵とはいえ、人を殺すことができるんだろうか?

「わかった。やってみる」

 あたしがうなずくと、ゲイリーは、

「もうひとつ頼みがあるんだ」

 えー、まだこれ以上、あたしに何をやれと?

「ジムのことだ」ってちょっと離れた所でウトウトしている少年兵を指さす。「新兵が初陣で死ぬ確率は高い」

「ジムなら大丈夫よ。けっこうやるから」

「そういう奴が一番危ないんだ。ムチャをするから……気をつけてやってくれ」

「うん、わかった」

「じゃあ、あたしは寝るから、あんたも寝な。夜明けまであと4時間くらいだ」

 ゲイリーは元の場所にもどっていった。

 あたしは新しくつけてもらったスコープをぱちんぱちんと上げたり下げたりして、ネジをちょっとひねったりしてもて遊んだ。

 これってプレゼント……だよね?

 狙撃の腕を上げるために、あたしに確実に延髄とやらを狙わせるために。

 恋人にやるプレゼントじゃないよね?

 あたしの目からなぜかポロッと涙がこぼれた。

 

 目的地の町についた。東の空が少し明るくなってきた。

 トラックは止まらずに走り続け、街の中央部まで突進する。

 大きな建物のかげでトラックが止まり、後ろの扉を開けて、みんなが続々と飛び降りる。あたしとジムもそれに続いた。

「ジュリー、あの塔の上の人影が見えるか?」とゲイリーが言う。

「うん」あたしがうなずく。

「あれを撃て」

「3人見えるけど?」

「全員だ」

 あたし達がトラックで乗りつけたのに気づいたのか、歩哨らしき人影が塔の上でこっちを指さしながら何か言っている。

 あたしは小銃をかまえ、スコープを立てて、すうーっと深呼吸した。

 ズダーンと銃声が響く。

 この小銃は単発式だ。ボルトアクションで次弾を装填、発射。

 同じようにして三発目。

 3人殺すのに5秒もかからなかった。

 2人は向こうに倒れ姿が見えなくなった。一人は塔からこっちへ落ちてきて、ズシンという鈍い音を立てて、あたし達の目の前に転がった。

 みんなはもう動き出していて、手榴弾で建物の扉を壊すと次々と中へ入っていった。

 ゲイリーも「よくやった」ってあたしの肩を叩いて、中へ飛び込んでいく。

 あたしは動けなかった。

 目の前に転がる死体を見てしまったから。

 四肢が妙な風に折れ曲がっている。鼻の下に空いた丸い穴から、血がたらりと流れ出す。見開いた両目はもう何も見ていない。死んだ魚のようなにごった両目。

 うっとあたしはその場にうずくまり、胃の中にある物を全部吐きだした。

 死んでる……あたしが殺した……

 吐く物が何もなくなってもあたしはえづき続けた。

 涙がとめどなく流れた。

 少しして、ようやくあたしは、誰かにやさしく背中をさすられてるのに気がついた。

「……大丈夫か? ……ジュリー……」と心配そうな声。

「ジム……」

 うずくまるあたしの背中をさすっていたのはジムだった。

「無理もないよ。初めてなんだろ? 死体を見るのも、人を殺したのも……」

「うん」うなずきながらも頭がぼうっとする。

「トラックに乗って待ってようか? みんなが戻るまで」

「そんなことできないよ!」あたしは必死で叫んだ。

 建物の中では銃声や叫び声がくり返し聞こえる。敵のものとも味方のものとも判別つかない。

「行こう、ジム」あたしはよろよろと立ち上がった。

「無理するなよ」

「無理でも行かなきゃ。敵は100人もいるんだよ……あたしはあと3人、あんたはまだあと7人殺さなきゃいけないんだから……」

「……そうだな。行くか……」

 ジムとあたしはみんなから大分遅れて建物の中に入っていった。

 

 

 奇襲は成功して、夜明け頃の一番気のゆるんだ所を狙ったから、敵はまだ右往左往していた。

 ゲイリーはまさに鬼神みたいに、向かってくる敵を次々に撃ち殺す。

 中には両手を上げて降参する敵もいて、古参の兵士が慣れた手つきで武装解除し、軍服まで脱がせて、パンツ一枚にして建物の外にけり出す。

 部屋を順ぐりに回って、文字通り、死体が山のように転がった。

 あたしは一応小銃をかまえていたけど、頭がぼうっとして、みんなのあとをついていくので精一杯だった。

 ジムは発砲を繰り返してたけど、敵に当たったのかどうかはよくわからなかった。

 何となく、もう少しで終わりそうだと思った。終わってほしいと思っただけかもしれない。

 死体の山のかげで何かが動き、あたしは突然、つき飛ばされて床を転がった。

 気がつくと、ジムがあたしをかばうように倒れていて、ゲイリーは「くそっ」ってうなって、死んだふりをしていた敵を2発撃った。

 ジムの身体はぐったりして、あたしはその半身を抱き起こした。

「……え? ……ジム? ……」

 何が起きたのかわからなかった。

 ジムは首を撃たれていて、真っ赤な血がドクドクと流れ出していた。両手で押さえたけど止まらない。あたしの両手から真っ赤な血があふれ、何かとても貴重なものが、なすすべもなく失われていく……

 あたしは身体がガクガクとふるえ、「……いやだ……いやだよう……」と泣きながらつぶやいた。

 ジムの口元が何か言おうとしている。あたしは必死で耳を近づけた。

「……ジュリーは……何にも……知らないから……俺が……ついててやらないと……」

 ジムは口からゴボッと血を吐き出し、身体がけいれんして動かなくなった。

 えっウソ? そんなのってあり?

 のどから絶叫がほとばしり、あたしは目の前が真っ暗になった。

 

 目をさますと枕元にゲイリーがいた。

「大丈夫か?」心配そうな声。

「大丈夫じゃないけど、大丈夫だよ」

「友達が死んで残念だったな」

「うん……知ってる? あいつ笑うと前歯が2本なくて、間抜け顔になるんだよ」

「あんたが前歯をへし折った奴って、あいつか?」

「うん、最初の夜に襲われそうになったから……そのあとも、ずっとバカにしてたのに、何であたしをかばってくれたのかな?」

「好きだったんだろ、ジュリーのこと」

「そうなのかな? 何であたしなんかを……」あたしはうつむいて、また少し泣いた。

「墓を作ったから、墓参りに行くか? まあ、土を掘って埋めて石を置いただけの簡単な奴だけど……仲間が死んで、時間があったら、皆そうしてるんだ」

「時間がなかったら?」一応きいたけど、答えはわかっていた。

「置き去りさ」ゲイリーは肩をすくめて、あたしの思ったとおりの答えを言った。

 

 あたしはよろよろとベッドから起き上がり、ゲイリーにつれられて建物の外へ出た。日はすでに高く昇り、革命軍の兵士が(あたし達の班とは別の班の人達が)、死体を運んだり、町を哨戒したりしていた。

「後続の班が来て、さっき引き継ぎも終わった。町の人達にはここはこれから革命軍の拠点になるからって宣言して、出て行きたい人は荷物をまとめるように告げた。まあ、ほとんど残ってくれると思うよ。政府軍の駐留が革命軍に変わっただけで、生活が変わるわけじゃないから。ただ、次に政府軍がここを攻めてきたら、市街戦になるかもしれないが」

「陣取り合戦は続くんだ?」

「陣取り合戦?」ゲイリーは眉をひそめて「まあ、そういうことだな」といった。

 町はずれの小高い丘の上に、ジムのお墓があった。

 みんながそこに集まって、花をたむけて、お祈りしていた。

「やっとお姫様のお出ましか」誰かがあたしの悪口を言って、誰かが「しいっ」と止める。

 かなりぐらぐらになっていたけど、まだ頭についていた髪留めをはずして、お墓のすぐ横に埋めた。

「埋めていいのか?」ってゲイリーが聞く。

「うん、いいんだ。ジムは天国でジムにお似合いの可愛い女の子に、これを上げるといいよ」あたしに似合ってるのは、あんたがプレゼントしてくれたスコープの方だよって言葉は心の中でつぶやいた。

「あーあ、いい動きをする奴だったのに」

「鍛えたら、いい兵士になったろうにな」

「死体を見て吐き散らして、仲間が死んだら気絶する。そんな奴の方が生き残っちまうんだからな」

 これ見よがしの悪口に、あたしはすうーっと深呼吸をした。

 一番手近にいた奴を殴りとばし、次にいた奴をけり倒す。

「ぐじぐじ言ってないで、文句のある奴はかかってきな!」

「何だと、このアマ!」

 殺気立つみんなの前に、ゲイリーが「まあまあ」と割って入る。

「仲間同士のケンカは禁止だ」

「こいつはまだ仲間じゃない。なんで白人がこんな所にいる?」

「クーガ、女づれなんて、お前らしくないぜ」

「ジュリーは使える。もしかしたら、ここにいる誰よりも、あたしよりも。それだけだ」きっぱりと言った。

 そうだったんだ。やっとわかった。あたしはずっとゲイリーは迷ってるんだと思ってた。でも本当は迷っていたのはあたしの方。家に帰るか、ここに残るか。

 それに気がついた時、あたしは世界が180度ひっくり返るのを感じた。

 これはあたしの戦い。これはあたしの革命なんだ。

 どんなに苦しくても、つらくても、最後までやりとげなきゃならないあたしの戦いなんだ……

 

 まって、まだ続きがあるの。

 1ヶ月もたつ頃には、あたしはブランカってコードネームで呼ばれるようになってた。黒人の中に白人が一人混じってるのって、やっぱ目立つんだよね。

 でもブランカってシートン動物記に出てくる狼王ロボの愛した白いメス狼の名前だよね? クーガは狼じゃないし、おまけにロボはブランカのせいで殺されちゃうんじゃなかったっけ? 縁起が悪いったらないじゃん。

 ゲイリーの班はいつでも最前線にいて、一番危険な任務をまかされる。あたしはいつもゲイリーの隣にいて、光と陰のようによりそって、一番沢山敵を倒す。あたしにはそれができる。

 当初に予定していた通りになったわけね。

 もう何人殺したかわからない。

 クーガとブランカ。あたし達の名前はセットで敵をふるえ上がらせる。あいつらが通ったあとは、生きてる奴が誰もいないって伝説が出来上がりつつある。

 教官が「取り返しのつかないことになる」って言ってたのは、こういうことだったのかな?

 ブランカは白い肌を保つために、敵の血をバスタブに集めて浸ってるって、ウワサまでたって……あたしは中世の魔女か?!

 人殺しが楽しいはずない。苦しいだけだ。それでも続けるのは……ゲイリーが言うように、それしか方法がないからだ……

 

 じゃあ、このへんで。

 機会があったら、また会おうね。

 バーイ。

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