地球じゃ私を支えきれない
杜侍音
地球じゃ私を支えきれない
一般的な街にある、特に特徴もない高校。
そこに僕はこの春入学した。
退屈極まりない入学式の挨拶の時に気づいたんだ。
一般生徒がパイプ椅子に座っている中、一人だけ車椅子に座っている女性。
目が奪われそうになるほどの美しい顔立ち、黒く長い髪は絹のように滑らかなのだろう。モデル顔負けのスタイル。全てにおいて完璧と言わざるを得なかった。
そして彼女は今、僕の席の隣に座っている。窓側一番後ろの席だ。
少し開いた窓から入る風でなびく姿に、僕は高校初日の全て、彼女に目を奪われていた。
ほのかな香りが僕の身体をすり抜ける。
まるで、現世に取り残されてしまった天使がここで暇を潰しているかのように、僕は見えた。
ふいに、彼女はこちらに振り向いた。
僕と目が合うと、優しい笑顔を見せてくれた。その笑顔にノックアウト。
これから毎日、彼女の隣で授業を受けられることを考えると、高校生活はバラ色に間違いない。
だが、彼女が次の日からやって来ることはなかった。
「すごく重い病気らしいよ」
クラスではその話題で持ちきりだった。僕も高校で出来た新しい友達と一緒になって噂していた。
一ヶ月経っても彼女が現れることはなく、とうとう話題に上がることもなくなった。
それでも未だに、彼女が僕の頭から消えることはなかった。
「──
「おい、呼ばれてんぞ」
「え、あ、はい⁉︎」
「この再生利用可能エネルギーの例を言って欲しいんだが……」
「え、えーと……分かりません」
「せんせーい。こいつ自分の問題でいっぱいいっぱいらしいっす」
クラス中に笑いが巻き起こる。
僕の名前──“
◇ ◇ ◇
「とめる、お前いっつも一色さんのこと考えてるよな」
「な、何故それを……⁉︎」
「見てたら分かるわ!」
関西弁でツッコんだ友人に注意されて、僕はまた顔を赤くした。
“
容姿端麗なのは初めて見た時から知っていたが、品行方正──これも雰囲気から分かる。
ただ知らなかった情報として、彼女は頭脳明晰らしい。地元ではそこそこ偏差値が高いとして少し有名なのだが、彼女はここの入試を全て満点で通ったのだ。
ただ学校偏差値がそこそこなので、めちゃくちゃ凄いとは言い切りにくいが、僕はギリギリで通ったので、やはり凄いと感じる。
「だってさ……一色さん、可愛いかったんだもの! 分かる⁉︎」
「お、おぉ。それは分かるけどよ。いや、圧が凄いな」
「──なぁ、加納。お前はいつになったら、一色さんに告るんだ?」
「えぇ⁉︎ ぼ、僕には無理だよ……」
「いやー、そうでもねぇんじゃね? お姉様方に気に入られそうな可愛い顔してんじゃねぇか。いやー、お前が女なら俺放っておけねぇわ」
「からかうなよ……」
別の友達がそうやって馬鹿にしてきた。
「チャンスがあるならば、ガツガツ行くしかねぇぞ」
「チャンスなんてそうそう……あ、そうだ。僕ちょっと先生に呼ばれてるんだった」
「あぁ、そういやそうだったな。じゃ、俺ら先行っとくわ」
「うん、いつものとこで」
安い値段で大量のポテトを食べられる店。下校中に寄るのがいつもの日課だ。
僕はお腹が空いているから、急いで用事を終わらせよう。
職員室に行くと、何人かの生徒が様々な先生と会話をしているため、室内は少しばかりうるさかった。
僕に用事のある先生は一人で小テストの採点をしていた。
「おぉ、悪いな加納」
僕は先生と話を始めた。次の文化祭や中間テスト。何気に引き受けてしまった学級委員の仕事をこなしていた。
「悪いな。お前一人で」
「いえ、風邪はしょうがないですよ。そのプリントは渡部さんのですか?」
もう一人の学級委員である渡部さんは休んでいる。
僕は机の上に山積みされたプリントを指差した。
「いや、これは一色のだ」
「一色さんのですか? なら、僕が届けます!」
「いや、え? いらねぇよ別に」
「学級委員ですから僕は! それに、ずっと休んでる一色さんに少しでも学校の話が出来たらなと思います!」
ということで、僕のワガママによって依頼を引き受けた。
『いや、それはキモいな』
「やっぱ、そうだよね……。今になって思えば、中々重いことをしていると思う」
『だいぶな』
僕は聞いた一色さんの住所へと向かう間、ドタキャンしてしまった友達へ電話をしていた。
はやる気持ちが足の運びも早くしていたが、頭の中では反省するなど、妙に冷静な気持ちもあった。
『まぁ、お前ちょっと──いや、だいぶ重いとこあるけどよ。まぁ、上手いことやれよ。最初は優しく触ってあげてだなー」
「い、いきなり最初からはないに決まってるだろ⁉︎ 家族もいるだろうし! 多分……」
『冗談だよ。じゃあな』
と、電話を切った所で丁度家に着いたみたいだった。
目の前には大きな──それは高校とは比にならないくらい大きな家が建っていた。
「で、でかぁぁぁ……」
感想はそれしか出なかった。
とりあえずチャイムを鳴らそうにも、どこにも見当たらない。
すると、漫画で見るような執事が出てきた。
「どういった御用件でありますか」
「あ、ぼ、僕は加納とめるです! えっと、クラスメイトです……。重美さんにプリントを届けに参りました!」
「わざわざ届けていただきありがとうございます。では私がお嬢様に代わり、そのプリント受け取りましょう」
「あ、重美さんは何されているのですか……? どうして学校に来られないのでしょう……」
不躾な質問だったかもしれない。しかし、僕が一番気になっていたことだから、どうしても考えるより先に口が質問してしまった。
「お嬢様は──」
「爺や。誰かいらしたのですか?」
「お嬢様」
門越しに現れたのは、入学式で見た彼女、一色重美さんだ。
車椅子を自分で動かしながら、ここにやってきた。声をしっかり聞いたのは初めてかもしれない。
「あら、あなたは──」
「ぼ、僕は加納──」
「とめるさん。ですよね?」
「あ、はい……」
声が裏返ってしまった。
恥ずかしい。
「プリント届けに来て下さったのですね」
「は、はい。それとすごくワガママになるんですが、少しでも学校のことを一色さんに伝えるためにお話できたらなと思いまして……」
「まぁ、嬉しい……! でしたら、ぜひ我が家の自慢の庭でティーパーティーいたしましょう!」
まさかのトントン拍子で二人きりでティーパーティーを開催することになった。
建物の裏手には満面の花畑。色はブロック毎に統一されている。
庭の中央のあづま屋で、僕たちは対面して座っていた。
僕は思いつく限り色々話をした。
そして楽しい時間はあっという間。気付くと日は沈みかけていた。
「あら、もうこんな時間なのね……。とても楽しいお話を聞かせていただきありがとうございました」
「一色さん!」
「はい?」
「あ、えっと……」
呼び止めてみたものの、すぐに次の言葉が出てこない。恥ずかしくなって、30mくらい逃げてしまった。
「どうされたのですか?」
彼女の不思議そうに心配する声。こうなったら覚悟を決めるしかない。
「ぼ、僕は一色さんが好きです! 一目惚れでした! こんな僕でよろしければ、お付き合いいただけないでしょうか!」
勢いで告白してしまった。
「私でよろしいのですか?」
「も、もちろん!」
「私……とても重いんです……。それでもですか……?」
「大丈夫です! 僕も重い重いと友達に言われてますから! 一色さんなら僕は全てを受け止めてみせます!」
「──嬉しい!」
すると、彼女はその場に立った。
あ、立てるんだ。告白が成功したかもしれないことよりも即座にそのことを思った。
彼女は車椅子から離れると、僕の元に一歩、また一歩と走り向かって来る。
その度に僕の心は揺れ動く。
──いや、身体が揺れる。地が揺れる。空気が揺れ動く。
彼女が一歩踏むたびに震度が大きくなっていく。
彼女が半分ほど走ったところで、僕はその場に立てなくなった。
そして、とどめを刺すように僕の上で跳び──僕はそれを受け止め……
衝撃波が世界中を駆け巡った。政治経済の機能は全て止まった。自然災害を各地で誘発し、何もかもがこの世から吹き飛んだ。
この日、世界は滅んだ。
地球じゃ私を支えきれない 杜侍音 @nekousagi
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