桜が舞い散るこの季節、新たな生活に心を踊らせ皆がどことなく気分が上がってしまうなか、私も例外なくウキウキとしている。

高校の入学式、まさに新しい生活が始まろうとしているのだ。新品の服のどこか落ち着かない香りに身を包み高校に向かう。途中、同じ高校に進んだ中学の友達と合流して到着。滞りなく式は終わりそれぞれの教室に向かった。


最初が肝心。まずは友達作りだ。生憎知り合いはクラスには居かったのでとりあえず席が近い女の子に声をかける。あまり目立つタイプでは無さそうだけれど可愛らしい髪の長い子、きっと密かに人気が出そうだなんて考えながら話しかけた。

「えーと、こんにちは?はじめまして?私は美月。席近いね、よろしく。」

自分から話しかける割に上手く話せない。人見知りなのだ。

「んーおはようかなー、沙月だよ、よろしく。」

そう言ってはにかむ彼女を見て胸をなでおろす。実は意地悪な人だったりしたらどうしようかと考えていたがそれはなさそうで安心した。そのまま少し話してある程度打ち解けた。そのまま担任だという人がきてお互い自分の席につく。自己紹介とありがちなお祝いの言葉を述べた後、クラス全員の自己紹介の時間になった。私も沙月も、というかほとんどは普通の自己紹介。名前、出身校と好きな物、一言。ここで少し変わったことを言った人がきっとこの先クラスを引っ張っていくリーダー兼お調子者になるだろう。このクラスのリーダーになりそうな人は最後から3番目の人だった。案の定、学級委員なるものに任命されていた。愉しそうな人なので1年間で少し仲が良いと呼べるくらいには距離が縮めば良いと思っていた。


そのままその日は解散となり、私は沙月と連絡先を交換して教室を後にする。先程学級委員に選ばれた彼が違うクラスの友達らしき人と廊下で話していた。そして意外にも、すれ違いざまに声をかけられだ。

「あ、えっと、中村さん!だよね?俺同じクラスの山本だけど覚えてくれてる?」

声をかけられたことに驚きつつも話しかけられたので立ち止まった。

「覚えてるよ、当たり前じゃん。学級委員になってたもんね。」

そういってはにかんだ、うまく笑えただろうか。山本くんの友達から山本くんにヤジが飛ぶ。

「急に話しかけんなよー。中村さんがびっくりしてるじゃん、なに?狙ってんの?」

山本くんは焦って否定した。

「違う違う!自己紹介の時めっちゃ甘いもの好きって言ってたから!」

どうやら山本くんも甘いもの好きのようだ。普通、それだけで話しかけるだろうか。内向的な私には出来ない事だ。

「いくら甘いものが好きだからって流石にお前ほどじゃないよ。中村さん?だよね、こいつ俺らが引くぐらい糖分とるから同じだと思っちゃ駄目だよ。」


今でも忘れずに覚えてる。男の人にしては長めの重くないマッシュヘア、左の耳たぶに見える校則違反のピアス。私に向いた笑顔。まさに恋に落ちる音を聞いた気がした。

「中村さん?どしたの?もしかして中村さんもヤバいレベルで糖分摂取する人だった?」

「え、あ、ごめんごめん。違うよー普通に好きなくらいだよ!」

すぐに答えられずに気を使わせてしまったかもしれない。

なにせ初めての経験だった。中学の時一度だけ誰かと付き合った事はあるけれど、その時は一目惚れなんてしていなかったしお互いよく分からないまま自然消滅してしまっていた。教室では沙月といい出会いがあるといいねだなんて話をしていた。まさかこうも早く誰かを好きになるだなんて予想もつかなかった。しかも手の届かないような人に。私とは人種が違うのだ。

「俺はさっき教室でもいったけど山本翔太ね。んでこいつは佐々木冬樹」

山本くんが説明してくれた。

「私中村美月だよ。佐々木くん、よろしく。」

「佐々木でいいよ、よろしくね中村さん。」

「俺も翔太でいーよ!甘いもの好きどうし仲良くしような!中村!」

そのまましばらく三人で話していた。ふと、時計をみるともうすぐ12時半で、先に帰った母が家で昼食を作って待ってくれているだろうと思いそろそろ帰ろうという気になった。

「家にご飯あるから先に帰るね。じゃあまた明日。」

そう声をかけると二人も時計を見て昼食の時間だということに気づく。

「あ、もう昼じゃん。んじゃ俺らも飯食いに行こうぜ。」

「そうだね、マックにでも行くかー。じゃね中村さん。」

そう言って二人と別れた。


翌日から授業が始まった。山本くんはあっという間にクラスに打ち解けてしまった。私は沙月の他にも数人友達が出来た。昼食は沙月と二人で食べる事になった。するとそこに山本くんがやってきた。

「中村と北乃さんだっけ、一緒にご飯食べない?冬樹も一緒だしさ。」

沙月がぽかんとしてしまっているので慌てて説明した。

「山本くんとは昨日放課後に仲良くなったんだ!冬樹くんっていうのは山本くんの友達だよ。」

「なんだ、そうなんだ。びっくりしちゃったー。私も一緒でいいの?」

「当たり前じゃん。飯はみんなで食べた方が美味いだろ。冬樹食堂で待ってるし行こうぜ。あ、あと俺は翔太でいいって昨日言っただろ。」

そう言って三人で食堂に向かう。予想外の嬉しい出来事に私は舞い上がった。冬樹くんと合流して四人で昼食をとった。山本くんが、いや翔太くんが話を盛り上げてくれたおかげで四人は打ち解けてとても仲良くなった。これから昼食を四人で食べようという所に落ち着く程には。


そして高校に入り最初の中間テストを終え、四人でいつもどうり昼食を食べながら結果を言い合った。沙月は優秀で学年でも10番の成績を叩き出していた。私はというと平凡で学年でも真ん中の少し上くらい、予想どうりというかなんというか翔太くんはしたから数えた方がよっぽど早いという順位に終わり、冬樹くんは私より10番ほど上という結果だった。その頃にはだいぶ打ち解けていた四人は期末テストには四人で勉強会をしようという話になった。

「まぁまぁ、とりあえずさ、テスト終わったんだしパーっとカラオケでも行かね?」

翔太くんの提案に冬樹くんと沙月が嬉しそうに乗った。

「いいね!行こうよ!ストレス発散だよ!」

「そう言えば最近行ってなかったな、いいじゃん、中村ちゃんも行くよね?」

勿論冬樹くんが行くなら私が行かない選択肢は無い。冬樹くんの前で歌うのは緊張してしまうけれど参加を了承した。


カラオケに着いて部屋にはいると山本くんは早速最近流行りのJPOPを入れて歌い出した。予想以上に上手く、またハイテンションで歌うので早々にみんなノリノリになる。四人それぞれ曲をいれて勉強のストレスを発散すべく歌い、叫ぶ。30分ほどして冬樹くんに話しかけられた。

「…ちゃん、飲みもの入れに行かない?」

ちょうど私と冬樹くんのコップが空になっているのに気づいてくれたのだろう。それにしても、翔太くんの歌声と沙月のノリノリのタンバリンで聞こえなかったけれどいま中村ちゃんとは呼ばれなかった気がしたのは気のせいだろうか。

二人でドリンクバーに向かい、お互いジュースを入れる。

「皆ノリノリだね、私カラオケ来たの久しぶりだけどやっぱり楽しいなぁ。」

「そうだね、翔太がうるさいのはいつもの事だけど北ちゃんがあんなにテンション高いのは初めてみたかも。」

ジュースがなみなみと注がれたのでこぼさないよう慎重に持って部屋に向かおうとする。

「ねぇ、さっき部屋で俺の声聞こえた?」

急に言われたのでなんの事か分からず戸惑ってしまう。

「え?うん、ジュース取りに行こうって言ったのでしょ?」

「そうだよ、俺あの時美月ちゃんって言ったの気づいた?」

冬樹くんがニヤッと笑う。やはりいつものように中村ちゃんと呼ばれたわけでは無かったようだ。あの時もっと冬樹くんの声に耳を傾けておけば良かったという後悔と名前を呼ばれたという恥ずかしさが同時に込み上げてきたのを必死に誤魔化した。

「え、そうだったの、翔太くんの声で気づかなかったな。」

「ほら翔太は二人の事名前で呼ぶけど俺はずっと北ちゃんと中村ちゃんって呼んでるからさ、ちょっと変えてみようかなって。」

そこで会話が途切れた。ぎこちなくなってしまったとかではなく部屋についたのだ。私は心臓がうるさく話に集中出来いなかったのでむしろほっとした。

その日はそのまま4時間ほどストレスを発散という名目で喉を枯らし、私にとってそれ以上の事件が起きることなく帰った。


また、テストの時期がやってきた。今度は勉強会を行うと約束していたので一週間前の土曜日、四人は翔太くんの家に集まった。翔太くんの家は親が共働きで平日休みという家庭なので土日だろうと子供達だけで居られるのだ。各自用意したお菓子と勉強道具を広げる。

「よっしゃ、まずは何する?ゲームでもしちゃう?」

翔太くんが嬉しそうにテレビゲームに手を伸ばそうとするのを三人で止める。

「翔ちゃん前成績悪かったでしょ。もう一週間前なんだからちゃんと勉強しなきゃ駄目だよ。」

「そうだぞ、お前期末で成績悪かったら三人に飯奢ってもらうからな。」

「せっかく沙月がいるんだから一緒に頑張ろ、ね!」

そう言うとようやくやる気を出してくれたようでその後翔太くんは糖分を、私を含め三人は他にもあるお菓子をつまみながら二時間ほど勉強した。そこで翔太くんではなく冬樹くんが音をあげた。

「俺そろそろギブ、ちょっと休憩しない?お昼にしよう。」

その一言で皆の集中の糸がきれてしまった。近くのマックに行き遅めの昼食をとる。雑談をして30分ほどたったので翔太くんの家に戻った。その後またしばらく勉強して夕方になり帰ることにした。まだ6時で日も高く、明るい中冬樹くんともうすこし一緒に居たかったという後悔も部屋に残して家路についた。


期末テストが終わり結果発表。沙月は前回同様成績優秀、学年8位だった。私と冬樹くんは大きく変化はなかったけれど沙月先生のおかげで前回よりも順位は良かった。翔太くんはというと、これも沙月大先生のおかげでなんと私とそう遠くない順位を叩き出した。そしてお疲れ様会と翔太くんよく頑張りました会を併合した会が四人で開催された。場所はまたしもカラオケ。勉強のストレスを発散するのにはこれ以上ない場所だった。

テストが終わり午前授業の私達は前回よりも長く籠り激しく喉を鳴らした。しかし何故か翔太くんはなんとなくだが楽しみきれていないような心ここに在らずという感じがした。その理由はすぐあとに分かった。

カラオケを出て別れ道に差し掛かったところで、いつもなら誰よりも屈託のない笑顔で私達に手を振る翔太くんが妙に真剣な顔をして立ち止まる。

「なぁ、ちょっといいか。」

「どうしたんだよ翔太。」

何故か少しだけ口角の上がった冬樹くんが尋ねる。

「実は俺、皆に言わなきゃいけない事があるんだ、実は、その、実は」

「なに、翔ちゃんどしたの?」

なかなか言い出さない翔太くんに対して沙月が不安そうに顔を覗く。

「実は俺、沙月が好きだ!!沙月、俺と付き合って欲しい!」

意を決したように翔太くんが叫ぶ。沙月が固まり、冬樹くんは満面の笑みに変わる。どうやら今日告白することは知っていたようだ。

「え、わ、たしでいいの…?」

沙月の声が震えた。翔太くんは黙って頷いた。緊張で声が出せない、そんな感じだった。

「嬉しい、ありがとう。よろしくお願いします。」

沙月が涙を流しながら告白をOKする。まさに大成功だ。

「おめでとう!沙月良かったね!!」

私も嬉しくなりさっきに飛びついた。

そこに冷静な冬樹くんが口を挟む。

「中村ちゃん、まあまあ落ち着いて。せっかく二人が上手くいったんだし今日は二人にしてあげよう、ね?

翔太、北ちゃん家まで送るだろ?」

だんだんと実感が湧いて顔が綻んでいく翔太くんが元気に答えた。

「当たり前だろ!!沙月、送るから、家、どこ!?」

少しテンパっているようだがそれも仕方ないだろう。ここは確かに二人にしてあげるべきだ。そう思い私と冬樹くんはそこで別れる事にした。

「じゃあね沙月、翔太くん、また明日。」

そう言って別れて気づいた。私もまた、今冬樹くんと二人きりなのだ。


極度の緊張に襲われながら平静を保った振りをしつつ歩き始める。

「中村ちゃん電車だよね?駅まで送るよ。」

そう言えばあの一件いらい美月ちゃんと呼ばれた事は無かった。なんて今考えるべきでないことを沢山考えながら必死に答える。

「ありがと、でももう遅いし大丈夫だよ!」

「遅いって、まだ7時にもなってないよ?凄い明るいしさ、中村ちゃんさっきのでテンションおかしくなっちゃった?」

冬樹くんが意地悪そうに笑う。やってしまった、緊張のあまり普段ならしないようなミスを犯してしまう。私は上手く会話が続けられず、ぎこちない雰囲気のなか駅に着いてしまう。いつもより汗をかいてしまうのは最近急に上がった気温のせいだろうか。

「駅ついたねー。じゃあもう行く?」

「そ、そうだね、じゃあまたね冬樹くん。」

ぎこちない雰囲気は無くならないまま挨拶をして行こうとする。

「ねぇ待って、俺もちょっと美月ちゃんに言いたい事あんだけど。」

急に後から呼び止められた事といつぶりかの今度はしっかりと聞き取れてしまった名前で呼ばれたことで心臓が飛び出そうになった。極力いつもどうりにみえるように表情を作って振り向く。

「なに?どうしたの?」

「いやあいつも頑張ったし俺もかなっ思ってさ、あのね、よく聞いて。」

心なしか冬樹くんの声が震えた気がした。

そして、時間が、空気が目に映るすべてのものが止まった気がした。冬樹くんが何を言ったのか気聞こえなかった気がした。世界がスローで動いて、この世から音が消えたように思えた。けれど実際は、しっかりと、冬樹くんの声は私の耳に届いた。


「美月ちゃんが好きです。」


音を取り戻した世界が駅の雑踏の中に急ぎすぎた蝉の声を響かせた。


夏、恋が始まった。

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拝啓、この一年 璃音 @kki_1

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