死んでたまるかちゃん。10


 今度こそ完全に沈黙した偽警官。苦し紛れだったのか、意識が飛ぶ直前に全力で引き金を引いたらしい。それが、見事に俺の頭に当たる…はずだった。この女が飛び出して来て、俺を、庇った。だから、撃たれたのは、俺じゃない。撃たれたのは。


「の、ぞみ?」


 目の前に倒れこんだ馬鹿女。俺は手を伸ばしたけど、そっと肩に触れたけど、動かない。動かしちゃいけないかもしれない。でも、でも、俺は怪我した方の足を引きずって馬鹿女を抱き起こす。息、脈。まだ、ある。弱いけど、弱いけど、ある。


「…く…」

「のぞ、み?希!?」

「い、く…?けが、して…ない…?」

「してねぇよ!お前が助けただろ、今!」

「あ、たし…?よかっ、た…」

「良くねぇよ、何がいいんだよ!俺、お前のこと、守りたいって、好きだって言ったばっかだろうがよ!なんでお前が、俺を守ってんだ!!」


 声が震える。なんで震えんだよ。


 なんで罵声しか出ないんだよ。目が、すごい虚ろだぞ。馬鹿女、馬鹿女。俺が怒ってんのに、馬鹿女はふっ、て笑って、いつの間にか握ってた掌にきゅっと力を込めた。


「だいじょう、ぶ…あんたより早く…死んで、たまるか…」

「ッ!!」

「い、く、だいじょ…ぶ…すき、だよ…」


 そう呟いて、失神した。


 Nさんといつの間にか駆け付けてた救急車の隊員たちが、俺の腕から希を取り上げる。自然に追いかける腕をNさんが制して、俺は腕が痛くて重いことを思い出す。



 なにがなんだかわからなくて、俺はその場で絶叫して、そのまま、意識を失った。


※ ※ ※ ※ ※


 目が覚めたのは、手術室前の廊下に並んでる椅子の上だった。Nさんが気を利かせてくれたんだろう。腕と足は縫ったらしいけど、包帯が覆ってて見えなかった。ジーパン、切られたのか。腰から下だけ病院着で、腕にはなんか点滴が繋がれていた。起き上がろうとしたら、Tさんが助けてくれた。来てたのか。TさんとNさん揃って見たのは久しぶりだな。


「あの偽警官から話は聞き出したよ。君が届けようとしていた封筒、あれを取り返して、中身を見たかも知れない君を消すつもりだったそうだ」

「中身は、見ましたか?よく偽警官だと解りましたね」

「…見てないです、封もしてあったんで。警官は…あいつが、違うって」

「成程。この市で彼女を知らない警官はいないからな。彼女にも交番と警官の顔は通達してあったはずだ。…封筒は、俺達の上官が直接市警へ持って行った。中身は…」

「どうでもいい。要は、俺があれを拾ったせいで、あいつが」

「君のせいじゃない。私がもっと的確にへし折るつもりで絞めるべきでした」

「中千丈…Nが非番であの地区の通りにある映画館に行くって聞いてたんだ。だから緊急で呼び出したんだが」

「先に銃を取り上げなかった私がいけません。素人と舐めてかかったのが裏目に出ました」


 そうか、だからあんなに早く駆け付けてくれたのか。Nさんは無表情だけど、すごく悔いてるのが声で解った。でもな、どう考えても悪いのはNさんじゃあないだろ?あの時、あれを持ち帰った、俺が悪い。…手術室、あいつが入ってんのか。あいつ麻酔効いたっけ?意識、無いってことか。でも、手術してるなら、生きてるってことだよ、な?


「可哀想に」

「…?」


 知らない声。誰だ。Tさんが避けると幾つか離れた椅子に、スーツの男が見えた。


「彼女の回復力は…皆さんご存知の通りです」

「一晩眠れば、すべて元通り、でしたね」

「はい。以前かかっていた大学病院によると、世界的に彼女にしかない症例だそうです。当然、痛みは通常通りある。彼女は、おくびにも出しませんが。そして彼女は恐らく全身くまなく負傷歴がある。だが、奇跡的に子供の頃から一度も負傷したことの無い箇所がある」


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