12 辰也ⅠⅠ

辰也は、ふと眼をこすった。

なにかが林の中に見えたような気がした。


辰也はバルコニーに立ち、島の隅々まで見渡して、育枝を待っていた。

育枝はもうすぐ帰ってくるに決まっているのだ。


だいぶ前に、賢司が、足元の林の中に消えたのが見えた。

いまのも、賢司が歩いていたのだろうか。


だが、賢司の服の色とは違うような気がする。

ただの見間違いだろうか。

なにか、枝でも揺れたのだろうか。


また、なにかが視界の隅、林の陰で動いたような気がした。


辰也がそっちに視線を移して眼を凝らすと、もうなにも見えない。

樹があるだけだ。


あざ笑われているようだ。


突然、辰也は悟った。


ああ、そうか。

こんなことをするのは。


こんな風にぼくをからかうのは、一人しかいない。

やっぱり、帰ってきたのだ。

ただ、素直に帰ってくるのが恥ずかしいから、こんなことをしているんだ。


声も聞こえたような気がした。

辰也を呼んでいる。


今度ははっきり見えた。

木陰に育枝がいた。


瞬きをした。

すると、育枝は消えてしまった。


辰也は口を開けたままぼんやり突っ立っていた。


まぼろしだ。わかってるか?

幻覚を見たんだ。


違う。幻覚なんかじゃない。

育枝だ。


自分でわかってるだろ?

育枝はもういないんだ。

海神に殺されたに決まってる。


は、バカげてる!

海神なんて本当にいると思ってるのか?

そんなのはB級ホラー映画にしかいない生き物だよ。


いや、わかっているはずだ、ぼくは。ワッカ島の伝説だって知っていたんだ。

でも、そんなのウソに決まってると思ってた。

だって、だって、そんなこと、有り得ない。


ところが、海神は本当にいた。

海神は、ぼく達みんなを殺そうとしている。


「責任とれよ、辰也! お前がおかしな旅行なんか企画するからだ!」

すぐそばで厳しい声が聞こえて、辰也はぎょっとした。

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