11 由里ⅠⅠⅠ
由里は、家の中を歩き回った。
一階の部屋を一つ一つ隅々まで調べた。
ろくな家具もないこの家では、難しいことではなかった。
由里は二階に上がった。
バルコニーの部屋は、朝から見ているが、家具や物がないことはわかっていた。
紀雄達のいる部屋は、いまは避けた。
物置のようになっている、もうひと部屋が残っていた。
由里は部屋に入った。
海神の縫いぐるみのようなものでも隠してあるとすれば、ここしか考えられないのではないだろうか。
ガラクタとしか言いようのないものや、人形のような小間物、小さな棚。
この物置の様子をみていると、この別荘が、いかにもぞんざいに片付けてから、そのまま急遽ほったらかしにされたのかがよくわかる。
住人達がすべて失われてから、おそらく、訪れた者もほとんどいないのだろう。
ワッカ島の住人のほとんどが海神の伝説を信じているのだとすれば、必要最低限のことを済ませてしまって、あとは近寄ろうともしないというのもうなずける。
昨日は、そんな雑多な荷物の山をざっと眺めておしまいだった。
今日は、荷物の山を崩してみることにした。
外側に積まれた荷物は一メートル近い高さになっている。
ギターがあったぐらいなのだから、もっと、由里達の役に立つ物が内側にあるかもしれない。
由里は、外側に集められている荷物を、一つずつどけていってみた。
埃が舞ったが、ハンカチを口に当てれば片手が塞がってしまうので、カビ臭い埃を吸いこんで咳きこみながら物を運んだ。
喉が痛んだ。
重い荷物もあり、それなりの重労働だった。
空腹もあって少し立ちくらみをおぼえたが、黙々と作業した。
異様に重い段ボール箱があり、こじ開けて中を覗いてみると、音楽雑誌のバックナンバーが入っていた。
十年以上昔の日付だ。ギターがあったことから考えても、ここの住人の誰かが音楽好きだったのだろう。
古いSF映画に出てきてロボットを遠隔操作しそうなアンテナも放置されている。もっとも、ベキベキに折れていてとても使い物になりそうにない。
釣竿とリールも見つけた。生活雑貨。洗濯バサミ、箒、布、時を刻まなくなって久しいと思われる壁掛け時計。
もっと違う場所でなら、便利な物だが、いまの由里達にとっては、たいした役には立ちそうもない。
自分が、洗濯バサミで海神と戦おうとしている姿を想像すると、無性におかしくて笑いそうになった。
唯一収穫と言えそうなのは、工具箱ぐらいだ。ドライバーやペンチが入っていた。これは武器になるだろう。
他にも意外なものが見つかった。
二十型ぐらいのブラウン管テレビだ。
埃まみれなブラウン管をコンコンと軽く小突いて、由里は力なく微笑んだ。
テレビがこれほどどうでもいいものに思えるなんて不思議だ。
かつて住人がいた頃は、この別荘まで電気がひかれていたのかもしれない。だが、いまはテレビなどなんの役にも立たない。せめてラジオでもあればよかったのに。
荷物の山を崩し終えて、あらためて部屋を見た。
だが、どこにも海神の縫いぐるみなど存在しない。
家の中には、そんなものはないのだ。
もしそういうものがあるとすれば、外か。
林の中にでも隠してあれば、なるほどすぐには見つからないかもしれない。
収穫がゼロではなかったことは確かだが、由里は、疲労が肩にのしかかってくるのを感じた。
ここは、賢司を信じて待つべきだと思った。なにかを、外で見つけるかもしれない。
由里は、埃っぽい床に腰を下ろした。
疲れた。
本音は、少しだけ座って休んでいたいが、その時間も無駄にするつもりはない。
海神と戦うという賢司の決意は、真剣なものだと由里は受け止めていた。
海神はモンスターだ。
戦うには、武器がいる。
由里は、この部屋のあらゆるものを見つめた。
そして考えた。
武器として使うにはどうすればよいか。罠のようなものを仕掛けることは出来ないか。
由里は、考え続けた。
考えているうちに、睡魔が襲ってきた。
昨日の晩は、結局、たいして眠れなかった。疲労も溜まっている。
しかし、いま眠ってはいけない。眠ってはいけない。
予感がする。
いま眠っては、いけない。
なにか、たいへんなことが―。
眠ってはいけないと自分に言い聞かせれば言い聞かせるほど、無性に眠くなってくる。
賢司の顔を思い浮かべた。
賢司は頑張っているのに、自分だけ、眠るなんて、そんなことが―。
しかし、限界だった。
いつしか由里は眠りに落ちていった。
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