13 辰也ⅠⅠⅠ

「賢司?」

振り向いてみたが、誰もいなかった。


「てめえのせいで育ちゃん死んじまっただろうが! てめえ、俺達も殺す気か?」

紀雄の声だ。


すぐ耳元でした。手を振り回して辺りを探ったか、空気をかき回しただけだった。

紀雄は、隣の部屋にいる。こんな近くで声が聞こえるはずがない。

でも確かに聞こえたのだ。


辰也は震え上がった。

紀雄は恐ろしい。


賢司に糾弾されるのは仕方がないと思う。

辰也は、賢司をリーダーとして認めているから。辰也のことを比較的よく理解してくれている友人だから。


でも紀雄はいやだ。

前から荒っぽいところとかカッコつけっぽいところがあってちょっと嫌だった。

役に立つから学祭のときは一緒だったけど。


彼に糾弾されるのは納得出来ない。

だって、彼はこの旅行に文句を言わずについてきたのだし、賢司が辰也に企画を任せたのだから。


「俺はてめえのせいで殺されるのなんか、まっぴらだからな。そうなる前に責任とれよ。オトシマエだよ!」

辰也は、両手で頭を抱えた。

嘘だ。

こんな言葉が聞こえるはずがない。


隣の部屋の紀雄の声がこんな耳元でするはずがない。

耳を塞いだ。


「わかってんのか、佐々木! あぁ? 聞いてんのかッ?」


ああ、ああ、ああ。

辰也は首を激しく振るった。

聞こえる、聞こえる、聞こえる。


「やめろ! やめろよっ! ぼくはなにも悪くないッ! ぼくは悪くないッ!」

辰也は首を激しく振った。


唐突に悟った。

紀雄達が隣の部屋に行ったのは、辰也に『オトシマエ』をとらせるためだ。『オトシマエ』をつけさせる準備をしているに違いない。

辰也が無防備にバルコニーから外を眺めている隙に、襲ってくるつもりなのかもしれない。


辰也は隣の部屋のドアをじっと見つめた。

まだ閉まっている。

まだあいつらは出てこない。


紀雄は力が強い。

妙子は弱いが、紀雄の手助けをされるとなれば厄介だ。


対するいまの辰也は丸腰だ。

武器が欲しい。


一階の玄関に、割れたガラスがある。あれは、海神には心もとなくても、人間が相手ならいい武器になる。


そう思って、ふと辰也は気付いた。

ここを出て一階に行くには、紀雄達のいる部屋の前を通って階段に出なければならない。


そうか、だから彼らはその部屋に入ったのだ。

辰也が逃げ出せないように。


そうに違いない。

辰也が、のこのこと部屋の前を通ろうとすれば、聞き耳を立てていたあいつらは、ドアを開けていきなり辰也を掴まえるつもりなのだ。


辰也は、自分の迂闊さを呪った。

それにしても憎むべきはあいつらの卑劣な企みだ。

あんな奴らといままで仲間だったなんて、ぞっとする。


このままではまずい。

殺られる前に殺るしかない。


辰也は、慌てて辺りを見回した。

部屋には、なにもない。埃しかない。


バルコニー。

バルコニーには木しかない。


その辺りの細い柱を折れば、武器がないよりはずっとマシな気はする。

でも、もう少し殺傷力の強い武器が欲しい。


あいつは、太腿をえぐられても死なないぐらいピンピンしているんだから。


武器。

武器。

武器。


バルコニーの床に視線を落として、辰也はにやりとした。

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