24 就寝時間

夜。

夜は賢司達の活動時間だ。

夜こそ高校生の本舞台だ。


テレビを見る、マックに行く、カラオケに行く、ゲームやる、ラジオ聴く、その他もろもろ。

電灯の明るい自分の部屋の中にいれば、何時になろうが、夜中の十二時だろうが一時だろうが、草木も眠る丑三つ時の二時だろうが、なんともない。


夜が怖いなんてアホじゃないかと思う。

どこが怖いんだろう、だってちょっと家を出て歩けばセブンもローソンもやってて、誰かしら人がいるし、街灯、車のライト、ネオン、電飾看板、明るい輝きが何時でも溢れている。


しかし、この島には、なんの明かりもない。

人もいない。

暗闇が、四方八方から圧力をもって襲いかかってくる。


怖い。


賢司は、自分が怖がりだとは思っていないのだが、それでもだいぶ脅えている自分に気付いていた。

昔の人が妖怪なんて考えたのもわかる。


昼間なら聞き慣れているはずの音が、世にも怪奇な音に聞こえる。

草がガサガサと動くと、いったいなにが動いたのかと無性に気になる。


自分でさえこんな感じでは、妙子や育枝はもっと精神的に参っているのではないだろうかと賢司は思うのだ。

気を紛らわそうとなにかをすることさえ、この闇のなかでは出来ない。ジッポの光だけでなにが出来るというのか。


朝になるまで寝るしかない。

それがいちばん賢い選択肢だと賢司は考えていた。

寝ないで起きていたら、とてもこの暗さに耐えられそうもない。

周囲からぐいぐいと押しつけられるようなこの暗黒。一晩でも気が狂うかもしれない。


「大事なことを言い忘れていたけど」

由里が言った。

その言葉に、全員、うつむき気味だった顔を上げて彼女を見た。


「こう真っ暗じゃ、なにか出来ることがあるわけでもないんだから、さっさと寝て明日の朝を待つべきだと思うの。寝る場所を決めましょ」


由里は、またしても賢司の考えていることを先取りした。

やはり、この状況下で賢司が最もあてにすべきなのは由里のようだ。


「ここでいいじゃん」

紀雄が即答した。


「男達は、どうぞここでご自由に。でも私達は同じ所はイヤ。特に佐々木と一緒なんてイヤ」

これはもちろん育枝。


「男と別の部屋に行きたいのはわかるけど、明かりはどうするんだ? ジッポの他になんかあるのか?」

「…なんとかするもん」


「じゃあ、二階に二部屋あるから、男と女でひと部屋ずつにしよう。部屋のドアは開けといてさ、廊下にジッポ置いとけば、いちおうどっちの部屋も照らせるだろ?」

「おおっ! 橋本、頭いいな、お前!」


「なんだ、いまさら気付いたのか」

賢司が紀雄に笑い返すと、みんなも笑った。

はははと笑い声が暗闇に吸いこまれていって、そして、また静かになった。

笑ったあとのせいで、その静寂がとても痛く感じられて、静かすぎて耳がおかしくなりそうだ。


沈黙していると色々なことを考えてしまう。

猛スピードで頭の中を考えが駆け巡る。自分達のこと。明日のこと。これからのこと。この島のこと。仲間のこと。


本当に、さっさと寝たほうがよさそうだ。

このまま暗黒と静寂の中にいると、無意味に叫んで走り回りでもしたくなってくる。とても耐えられない。


「ねえ…ぼく達どうなるのかな?」

出し抜けに辰也がつぶやいた。沈黙に耐えられなかったのか。


「どうなるって、なによ?」

そう訊ねる育枝の声が、はっきりと震えている。


炎が揺らいで、気味の悪い影を壁に映した。

ゆらゆら、ゆらゆら。

仲間達の影が、ぐにゃり歪んで妖怪みたいに見えると賢司は思った。仲間達の姿そのものだって、炎が生む明暗のせいで、随分気味が悪く見えた。


「ぼく達、この島で一生を終えるのかも…」

「おいよ、縁起でもないこと言うな。俺が明日泳いでいく。それでぜんぶ解決だ」

紀雄は、やや怒気を含んだ声で辰也に言い返した。

「こんなところに一生なんて死んでもゴメンだね。俺はまだ、やりたいことがたくさんあんだよ」


「でもね、ひょっとして、このままずっとこの島で生きてくことになったり…でもね、ぼくは思うんだ、この仲間達と、このまま別れないで一緒にいられるんなら、それはそれでいいのかもなって、ちょっと…」


育枝が大袈裟に騒ぎ出した。

「バカ言わないでよ! こんなの絶対イヤ!」


「ちょっと言ってみただけじゃないか。そんなに怒らなくてもいいじゃない」

「イヤ、絶対イヤ! そんなこと言い出すなんてどうかしてる! 頭おかしいんじゃないのッ?」

育枝の剣幕は激しい。


「落ち着けっての。気が立ってんのはわかるけどさ、喧嘩してもしょうがないぞ、今日は」

「私は喧嘩なんてつもりじゃないもん。佐々木がヘンなこと言うからよ」


「ぼくは変なことなんて言ってないよ…。ただね…」

「ただ、なんだ?」


「ぼく、まだみんなに話してないことがあるんだ。それを聞いたら、みんな、考えを変えると思うよ。とっても怖い話なんだ」

辰也の顔は虚ろだ。ジッポの炎が影を多く見せるためだろうか。


「この島には、化け物がいるんだ」

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