23 夜のはじまり
食事はあっという間に終わった。
それはそうだ。めいめい、なにかを一口入れて、不味い水を飲んだらそれで終わりなのだから。
それからまた、みんなぐったりとして、死んだような時間が流れた。体力を無駄に使わないほうがいいということぐらいはみんな気付いているのだ。
陽はほとんど沈みつつあり、部屋は急速に暗くなっていく。
念のために、賢司も由里もこの家に電気が通っていないかどうか確認してみたが、無駄骨だった。
かつて電気が使われていた痕跡はあった。コンセントがあった。天井には電灯のソケットもあった。
だが、電線がなかった。外に配電盤とおぼしきものもなかった。電気をこの島に供給する手段が消えていた。
賢司は、暗闇というものを実感し始めた。
暗闇は染みこむように辺りから身体に迫ってきて、ふと気が付くと周囲を支配している。
みるみる仲間達の顔が見分けにくくなってくる。
なんの明かりもないとこんなにも暗いものなのか。
都会育ちの賢司は、こんな本当の暗さ、重ささえ感じそうなほどの暗黒は味わったことがない。
他の仲間達も似たようなものらしく、いつの間にかめいめいの居場所が変わっていて、賢司を中心にしてかなり近い場所に集まっていた。
この暗さにはなんともいえないものを感じる。陽が暮れきらないうちに、賢司は明かりを作ることにした。少しでも明かりが欲しい。
さっき、貝を煮るのに使ったコップで、簡易ランプを作ることにした。
石でコップの横っ腹を割って欠けさせて、床に、バランスをとって横向きに置く。
紀雄のジッポに火を点け、その底にブラックブラックの噛み屑を接着剤代わりにして貼りつけ、コップのガラス面に固定した。
明かりを中心にして、全員がさらに寄り添った。
ジッポの炎がゆらゆらとした影を生み、見慣れているはずの顔を、まるで別人のように見せた。
賢司は、ほとんど漆黒になってしまった部屋で、頼りない炎を囲んで座っている自分達のいまの状況が、これまで思っていたよりも、ずっと切羽つまった状況かもしれないと、認識を改めつつあった。
昼間、砂浜に辰也達と出向いた頃は、まだ気楽だった。
明日になればどうにかなるだろうと呑気に考えていた。
妙子か育枝あたりがヒステリーでも起こしたら大変だと思っていたが、いままではそんなことが起きそうな気配もなかった。
だが。
暗闇の到来とともに、昼間の空気にあった距離感が消えていた。
物音が信じられないほど近くから聞こえる。
辰也が鼻をぐしゅぐしゅとする。
紀雄がふんと鼻息を鳴らす。
由里が静かに呼吸をしている。
育枝が苛立ちを隠さない様子で指で床をカツカツと弾いている。
妙子はときどきため息をついている。
玄関のガラスを割っているので、風が吹くと、家の中に緩やかな風が生まれる。
その風が、まるで誰かが動いたことで起きたような具合になっていて、どきりとする。
外で草木がざわざわとざわめく。
海の音、波の音もする。
しかし、賢司達の他の人間がいるという音がしない。
世界中の他の人間達が死に絶えて、それとも、この島以外の陸地が全部水没してしまって、いま世界に残っている人間は自分達だけなのだと言われれば、信じてしまうかもしれない。
時計を見たが、まだ夜更けどころか子どもの寝る時間にだってなっていない。
もう食事が終わってから二時間か三時間は経ったんじゃないかと思ったのに、三十分だって過ぎていない。
闇は時間を引き延ばすのだろうか。飴のようにねっとりと。
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