28 育枝ⅠⅠ

育枝は、少し大きめの樹の根元にぽつんと座っていた。

育枝が寄りかかってもまだ余裕がある、結構太い樹だ。


佐々木を心配させてからかうつもりで、少し林の中で座って時間を潰していた。

案の定、しばらくすると、自分を呼ぶ声が聞こえた。


橋本の声だった。

どうして佐々木の声じゃないんだろう。

育枝は、むっとした。

それで、まだ帰るものかと決めた。


それから、またぼんやりとしていた。


陽が完全に沈みきらないうちに家に戻るつもりだったのに、いつの間にか、すっかり暗くなっていた。

真っ暗になると、いままで歩いてきた道がわからなくなる。


育枝は、慌てて道を戻ろうとしたが、徒労に終わった。

しばらく歩いたが、いっこうに家の前にも砂浜にも出ない。


さっぱりわからない。

まっすぐ歩けば砂浜に出て、またまっすぐ戻れば家に着くはずなのに。


そんなに大きい島ではないのだから、ずっとまっすぐ歩けば必ず海に出るはずなのに、どれだけ歩いても海の音はちっとも大きくならない。


どこかで、ほんの少し道を外れたのだろうか。

たったそれだけのことで、こんなに道に迷うなんて、おかしい。


まるで居場所の見当のつかない林の奥まで来てしまっていた。

そうして迷って歩いているうちに、ふくらはぎが痛くなって、それで、また座りこんだのだ。


早く、家に帰りたい。お腹が空いた。


もう怒ってない。

佐々木のいつものいたずらだもの。

だから、早く帰りたい。


育枝は、不安な面持ちで林の暗がりを見つめた。


ヘンだ。


さっきから、気配を感じる。

なにかが、育枝の近くにいるのだ。

佐々木だろうか。


ぱきっ。


枝の折れる音がした。

音は信じられないぐらい大きく聞こえた。


間違いない。

なにかがいる。

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