12 二階

行ってみると、正面突き当たり、折れてすぐのところに階段があった。

また、折れた廊下のさらに突き当たりにも、ドアがある。


「上に行ってみましょ、橋本君」

由里はさっさと階段を上がろうとした。


「なんで?」

「バルコニーがあったでしょう? 上に上がってバルコニーに出れば、この島の景色がだいぶ見えると思うから」

「なるほど」

うなずいた賢司は、振り向いて言った。

「育枝と妙子は休んでな。そこにリビングがあっただろ?」


「うん、わかった。…タエ、行こ?」

育枝は、妙子を引っ張って廊下を戻っていった。


「…じゃあ、ぼくもリビングにいる」

辰也が涙目で言った。

「歩くとくしゃみが出る」


辰也が行ってしまうと、賢司と紀雄は、由里に続いて階段を上がった。

階段は、踊り場までまっすぐ、踊り場で折り返して上がる、ごく当たり前の階段だ。

上がりきったところはちょうど一階の同じ場所の真上になる。


「いやだよなー、ドリフみたいに階段が抜けたりしたら」

紀雄はそんな独り言を言いながら、どしどしと足を踏み鳴らして階段を上がる。そんなことを言うならもっと静かに上がればいいと思うのだが、そうしないところが紀雄らしい。


賢司は、この階段にもやはり埃が積もっていることが気になっていた。

埃だけではない。段差のいたるところに蜘蛛の巣がめぐっている。

これでは、ダニだのノミだのナントカカントカムシだのがわんさかと足元に住んでいるのではないだろうか? そう考えると、なんとなく足裏から股ぐらまでむずがゆくなってくる。


ここに長いこと人が来ていないことはもう疑う余地もない。

これが、流星群ツアーで招待された別荘だというのだろうか?

これではまるで、その、十一年前の流星群のときから、ずっと放置されてきたみたいだ。


いや。


まさか、本当にそうなのか?

だとしたら、恐ろしいまでのボッタクリツアーだ。まるで洒落になっていない。


階段を上がると、一階の廊下の真上にあたる場所に廊下があった。

左右と正面にドアがある。廊下には窓はなく、ここは少し空気がよどんだ感じがする。

足元には相変わらず埃がこんもりと溜っていて、歩くたびに足の裏にざらついた感じがする。


「橋本。二階は手分けしようぜ。ドア一個に一人」

紀雄がそう言った。

特に反対する理由もないので、賢司と由里はそれぞれ紀雄と別のドアに向いた。


賢司は、正面のドアに入った。

がらんとした部屋だった。

なにもない。椅子や棚の一つぐらいあってもよさそうなものだが。


正面にガラス窓があった。そのため、暗さは感じなかったが、代わりに、差しこむ日光に、空気中の埃がはっきりと照らし出されていた。

旅行先でベッドを見かけたら、思わず飛び乗ってぼんぼんと跳ねてみたくなるのが賢司の常だが、さすがにこの部屋のベッドで跳ねてみたいとは思わなかった。


ガラス窓から外を見ると、真下に、入ってきた玄関が見えた。

きしんでいて異様に堅い錠をまわし、窓を開く。さあっと外の空気が流れこんできた。

部屋の、こもった感じのする空気と比べると段違いで、賢司は空気の美味さというものを生まれて初めて知ったと思った。


窓の向こうには林が続いている。

林の向こうに海が見える。

島は南北一キロもないようだ。


「橋本ぉ! 橋本! こっち来いよ!」

紀雄が呼んでいる。


賢司は、換気になるので窓は開けたままにして、紀雄の呼ぶ隣の部屋に向かった。

部屋を出て廊下に戻ると、由里も彼女の入った部屋から出てきたところだった。小さく咳こんでいる。

「この部屋は物置みたいだったわ。窓から外が見えたけど、さっきの砂浜が見えた。こっち側は林が薄くて、草と岩ばっかりね」


「おぉい、早く来いって!」

紀雄がまた呼んだ。


「なにか見つけたのかしら?」

由里と賢司は顔を見合わせ、そして紀雄のいる部屋に入った。


ここは、賢司の入った部屋に似ていた。

ただ、空っぽでなにもなかった。ベッドかなにかを置いていたような跡はあるのだが、いまはなにもない。

正面には、バルコニーに出る大きな窓があり、部屋の中は明るい。

いままでの廊下や部屋からすると、ずっと開放的な感じだ。


窓は大きく開け放たれていて、紀雄は、窓から出たバルコニーにこちら向きに立っていた。


「見ろよ、外。いい景色だ」

紀雄は無表情に言った。


「あ?」

賢司は間抜けな声を上げた。


由里はもっとはっきりしていて、すぐにとげとげしく言った。

「若林君、そんなこと言うのにわざわざ呼んだの?」


「まあ、まあ。そんな怖い顔すんなって。いいから外見ろって」

賢司と由里はちらりとお互い顔を見合わせ、部屋を横切って紀雄のところに行った。

バルコニーに踏み出して、その向こうの景色に視線を流した。


賢司が最初に入った部屋から見た景色と同じように、ここも眼下に茂った林が見えた。だがここの林はすぐに途切れていて、さっきの北側の岩壁とつながって海に落ちこんでいた。


「海だ…」

賢司はつぶやいた。


太陽の場所からすると、いま向いているのは、ほぼ東のはずだ。

そこがすぐ海になっている。

この家に来る前は西海岸にいた。そこからここまでもすぐだった。

つまりこの島は、東西も南北も数百メートルしかないような島なのだ。もちろん、その大きさでワッカ島であるはずがない。


「どうする、橋本?」

「どうするって? なにをだ?」


紀雄は繰り返した。

「どうするはどうするだろ。これからどうすりゃいい?」

「ん…でもなあ、どうするって俺に訊かれても…」


「ここはワッカ島じゃないのよ。つまり私達が寝ている間に、誰かがワッカ島からこの島まで運んできた。じゃあこの島はいったいどこにある島? なんていう島? どうして私達をここに運んだの? わからないことがたくさんある。だから、いま私達がおかれてる状況と、それから、これからどうするのか、それを整理して考える必要がある」


賢司は肩をすくめた。

由里の言うとおり、ごもっとも。

由里という女はいつも嫌味なほど落ちついている。


こういうおかしな状況とあらば、その冷静さが助けになるのも事実だが、しかし、もうちょっとなんというか、女の子らしい弱さというかそういうものでも見せてくれないものだろうか。


「それで?」

賢司は、少しだけ腹立たしくなって、ややぶっきらぼうに訊ねた。

「具体的には、なにをすればいいとおっしゃるので?」


「それはみんなで考えるべきだから、いまするべきことは、リビングに戻ること。戻って、みんなに話すこと。ここがワッカ島じゃないってことを」

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