13 リビングで

リビングは賢司達が戻るまで静かだった。


きちんとこの部屋に入るのは初めての賢司は、リビングと呼ぶにはだいぶ殺風景な部屋だと思った。

他に呼びようがないからそう呼ぶというだけだ。

なにしろ、十畳ほどの部屋の中央に、木のテーブルが一つ置かれ、あとはそれを挟んで、ごく普通のソファが二つあるだけ。

そのソファの存在が、リビングという呼び名を直感させたのだが、しかし、時計も書棚もテレビも飾り棚も、なにもない。ソファとテーブルだけがぽつんと部屋の真ん中にあるだけだ。


上の部屋もそうだったが、賢司は疑問を感じずにはいられなかった。

ベッドやソファだけが置かれているだけとはあまりにも奇妙だ。


留守中に泥棒が入って、大急ぎでものをさらっていった、だがソファやベッドは重過ぎるので放置した、そんな考えなら、それなりに筋が通りそうだ。

賢司はそう考えてうんうんと一人うなずいた。


「それはないでしょうね」

由里がきっぱり言った。

「おい、由里。なんで俺の考えてることがわかるんだ? お前、やっぱりエスパーか?」

「違うってば」


「だってよう、おかしいじゃねえか。なんで喋ってもいないのに俺の考えがわかるんだ?」

「橋本君の考えることぐらい、一年も一緒のクラスだったのよ? それに…」


「…それに?」

賢司は思わず由里をまじまじと見た。


由里の表情は変わっていない。

いつもどおり、わずかに微笑みを浮かべているような、なにを考えているのか、よみとりにくい顔で、賢司を見ている。


思わせぶりな沈黙と、意味深なその笑みに、賢司はいきなり動悸が早まったのを感じた。

おいよせ賢司、なにを期待してるんだ?

由里が、お前が期待しているような言葉を言うと思ってるのか? そもそも由里みたいな女はお前のいちばんの苦手だろう?


「…それに、橋本君の頭って、単純だから。想像しやすいの」


かちん。

いらない期待はするものではない。色恋沙汰なんてのは男が下半身で期待したことと反対の結果がでるように仕組まれているに決まっているものだ。


「単純? 俺のどこが単純だ?」

「そういうところ。いま、ひょっとしたら、私が橋本君のことを好きって言うんじゃないかって期待してたでしょ?」


「そんなことあるわけないだろ! 誰がお前みたいなやかまし屋と!」

「あら、そう? …私もお断りだけど」


「ぐ…と、とにかく、そんなのどうでもいいんだ。俺が訊きたいのは、お前いま、『それはない』って言ったの、それどういう意味よ? 泥棒じゃないってか?」


「さっき私が入った二階の部屋、物置だったって、言ったでしょ?」

「ああ。んで、それがどした?」


「…」

由里は、やれやれ、しょうがないとでもいいたげな顔をした。

由里にこういう顔をされると、すごくバカにされているような気がする。


「物置にはいろいろなものがありました。楽器みたいに、小さくて高そうなものもありました。みんなそのまま置かれていました。それでも泥棒さんが入ったのかしら?」

「泥棒は二階には行かなかったのかもしんないぜ?」


「いいえ。橋本君はそうは思ってない」

「…ちぇっ。わかった風に言うなよ。確かにそうなんだけどさ…。俺は俺なりに考えてることはあるんだぜ?」


由里はうなずいた。

「それもわかってる。だからそのことも含めて、これからみんなと話し合いましょうよ?」

「ふん。言われなくてもそうするつもりだよ」


賢司と由里は部屋の真ん中に向かった。


彼らが戻ったことには、育枝がまず気付いた。

育枝は、部屋にあったカーテンを外して、それを雑巾代わりにして床を拭いていた。


妙子は部屋の隅の床―すでに育枝が埃を拭き取っている―に、体育座りをしていた。

小さく丸くなっていて、ぽんと押せばぽんと転がっていきそうだ。


辰也は、出窓を開け放って、そこから外を眺めていた。

開いた出窓からは新鮮な空気が流れこんできていて、部屋の雰囲気そのものも少しは明るくなっている。


紀雄は先に戻っていて、真ん中のテーブルを部屋の端に動かしているところだった。


テーブルがどかされ、ソファに挟まれる位置に六人が車座で座ることになった。

めいめい、思い思いの格好で、埃がひととおり拭き取られた床に腰を下ろした。


窓は開けられたままで、心地よい風が部屋を抜けていく。かびの臭いと埃は、だいぶ消えていた。


誰も口を開かなかった。

仲間達五人の眼が、自分に集中していることに、賢司は気付いた。


賢司はやや考えてから、沈黙を破るために口を開いた。

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