4 恋バナ

辰也が何気なく言った一言にはっとして、賢司は彼を見つめた。


人間、目覚めたときに、眠った場所とまったく違う場所でまったく違う床にいれば、それだけで生活のすべての前提が失われてしまうのではないかと賢司は思う。

思考は停止してしまう。

なにが起きたと言われても、信じたくなる。

寝ている間に第三次世界大戦があったと言われても信じる気になるかもしれない。


実際、賢司も紀雄も辰也も、それぐらい思考が混乱していた。

誰一人として、起きたことを正確には理解していなかった。


「ひょっとしたら、ここ、別荘のあるっていう島かも…」

「へえ!」

紀雄が、わざとらしいぐらい大きな声を上げた。

「じゃあなにか? あの宿の奴らは、流星が見える別荘に案内するのに、わざわざ人を眠らせてから運ぶのか?」


「でも…説明で聞いた島の様子とは、なんとなく似てるんだよ」

「それじゃあ、俺達はこれからこの島の別荘で流星を待てってか? 荷物もなくなったのに? 橋本は殴られたのに?」


「荷物は…別荘に行ったらあるのかも…。ほんとに、ちょっとドッキリみたいなあれで、目覚めたら違う島に移ってたっていう演出かも…」

「は、バカバカしいぜ! んなことあるわけねえっての、なあ、橋本?」


紀雄の問いに、賢司は答えなかった。答えられなかった。賢司に、そんなことがわかるはずがない。

代わりに、「俺達、仲間だよな?」と、二人に問いかけた。


二人は眼を丸くして賢司を見た。いきなりなにを言い出すんだという眼だ。


「仲間だよな? いろんなこと、一緒にやってきた仲間だよな? だから、俺はお前らのこと、あてにしてるし、あてに出来ると思ってる。…なんでそんなこと言うかっつうと…」


賢司は、寝ている女達を顎でしゃくった。

「…これからあいつらを起こすだろ? 由里は平気だと思う。あいつはなにがあっても冷静だと思うから。育枝も平気だろ。あいつも、いつでも元気だから。問題は、妙子だよな。妙子は、なんつうか、ちょっと気弱なところあるから、ヒステリー起こしたり、わめいたりするかもしれない」


「わかった! こういうときは仲間割れがイチバンよくないから、ぼくらで協力して助け合わないといけないってことでしょ?」

「ああ、そういうこと」


「そうだな。ぎすぎすするのがいちばんよくねえ」

紀雄が辰也の肩を叩き、辰也も笑った。


賢司はほっと息をついた。

「ってことでさ、辰也、まず育枝の世話はお前に任せる」


「え、えぇっ! どうしてぼくっ? …あ、痛っ!」

仰天した辰也に、紀雄が貝殻を投げつけた。

「当ったり前だろが! 育ちゃんに、てめぇ以外の誰がいるんだ? あいつにまともに言うこと聞かせられるのなんか、てめぇぐらいだ」


「そ、そんなこと言われても…」

「いいチャンスだ、言っちまえよ、佐々木。俺達だけに本音教えろ。ほんとのとこ、育ちゃんのこと好きなんだろ?」


「そ、そんなこと…」

辰也は赤くなった。わかりやすい奴だ。


賢司も辰也をからかいたい気はやまやまだったが、なにしろ頭を殴られるという実害を受けているだけに、それよりもなにをすべきか考えることを優先した。


「まあ、待てって、スナフキン。いまはそんなこと聞いてる場合じゃないぜ。いいな、辰也。とにかく育枝の世話は任せた。んで、あと妙子…」


意外なことに、紀雄があっさりうなずいた。

「俺やるよ。要は怖がったりしねえように近くにいりゃいいんだろ?」


「…へぇ。なんだ、紀雄。お前もしかして、苦難を乗り越えた男女が結ばれてゴールイン、なんてのあてにしてんじゃないだろな?」


「そうかもな」

紀雄は悪びれない。

「タエちゃん、前からマジで気になってたんだ。文句あるか?」


「いや、別に文句はないけどさ」

とは言ったものの、賢司はなんとなく気分が悪かった。


妙子と付き合ってるわけでもないし、妙子のことが特別好きというわけでもないのに、なんとなく苛立った。

どだい男なんてのはそんなものかもしれない。

自分の身の回りにいるいい女に、他の男が手を出すのをはたから見ているのに苛立つ。根拠のないジェラシーだ。

こういう身勝手なことを言ったりすると、由里はものすごく怒る。

由里に怒られる筋合いはないと思うのだが、なぜかいつも怒られるのだ。


「…ま、いいや。とにかくあいつら起こそう。んで、それからのことはそれから考えよう」

「おう橋本、なんにしても、ここ、ワッカ島じゃないと思っといたほうがいいのか?」


「そんな気はする」

賢司はうなずいた。


「まあ、それもあとですぐにわかるよ。調べれば」

賢司は、その辰也の言葉にもう一度うなずいた。


そう。ここがどこかなんてことは、すぐにわかるだろう。

問題は、それからどうするかだ。

なぜ賢司達はここに連れてこられたのか。


賢司は、湧き上がってくる疑問を、必死に喉の奥のほうに押し戻した。

「じゃ、あいつら起こすか?」

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