5 獣性

賢司は、眠っている三人の女達に近づいた。

賢司達もそうだったが、三人も、眠ったときとまったく同じ服装のままだった。


「な、橋本。起こすのちょっと待ち」

紀雄が賢司の肩を叩いた。

「…いたずらしねえ?」

「あ?」


「『あ?』じゃねえよ、とぼけるなって。考えてもみろ、三人とも寝てるんだぜ? ちょっと触るぐらいわかんねえだろ?」


「す、スナフキン、なんてこと言うんだよ…」

辰也がみるみる赤面した。


「あん? なにカマトトぶってんだ佐々木。お前、育ちゃんにお触りしたくねえ?」

「…ば、バカなこと言わないでよ」

「お触りだけじゃないぜ。まわり見ろよ、誰もいないぜ? なんなら、俺達で協力すりゃあ、こいつら三人とも犯す…」


「やめろスナフキン」

賢司は紀雄の言葉を遮った。

「お前なあ、そんなスケベなスナフキンなんて聞いたことないぞ?」


紀雄は不機嫌に賢司を睨んだ。

「んだよ、お前までいい子ぶっちゃって。考えろよ、これってチャンスだぜ? こんなチャンスめったにあると思うか? 三人だぜ、三人? 寝てるんだぜ? 他に誰もいないんだぜ? しかもみんな可愛いぜ?」


「やめろっての。お前どうかしてるよ。落ち着けって」

「俺はどうもしてねえっての。こんなチャンスほっとくのアホだぜ? な、橋本、ほら、見ろよ。由里ちゃんって性格あれだけどよ、身体はけっこういいぜ? ムネけっこうあるし、見ろよフトモモ…」


「やめろっての、紀雄!」

賢司は、紀雄を名前で呼んだ。

そして由里に駆け寄って、服の乱れをすぐに直して彼女の肌を隠した。


「ガマンすんなって、橋本。お前さ、何気に由里ちゃんのことけっこう好きだろ? ジェラシーか? だったら由里ちゃんはお前だけで犯りゃいいじゃん。つーかお前、男だろ? 男ならこんなおいしいときにすること決まってんだろ? 怖いのか? お前インポか? 童貞か?」


「いいかげんにしろって、紀雄! お前も頭が混乱してんだよ、だからそんなわけわかんないこと言うんだ!」

賢司は声を荒らげて言い返した。半分は紀雄に対するまっとうな注意で、半分は、自分に対する怒りだった。


紀雄に言われるまでもない。賢司にも、昨晩浮かんだようなどろどろとした黒い欲望はいまだに存在していて、由里の服に触れたときにも電撃のようにそんな衝動が一瞬駆け巡って、自分の脳内にヒューズが一つあるのがはっきり自覚出来たぐらいだった。


そのとき、紀雄と向かい合っている賢司の後ろから、声がした。

「若林君。聞かなかったことにしてあげるから、すぐに黙って。せっかくの友達が信用出来ないなんて寂しいもの」


振り向くと、由里が上半身を起こしていた。

「ゆ、由里」


「おはよう…橋本君」

賢司は、なんとなく戸惑って、どういう反応をすればいいのかわからなくなったので、とりあえずうんうんうなずきながら挨拶してみたりした。

「お、おはよう…」


由里は賢司から紀雄にまた視線を移した。


睨まれた紀雄は、外国人みたいなオーバージェスチャーで肩をすくめた。

「はいはい、軽いジョークってことにしとくよ…あ~あ、もったいねえことした!」

紀雄は砂を蹴り上げた。


賢司はふうとため息をついた。ひと安心というところだろうか。


かと思うと紀雄が振り向いて由里に言った。

「由里ちゃんよ、お前、男をなんだと思ってんだ? 俺らなんかみんなセックスのことしか考えてねえぞ? 橋本だってたまたまガマンしたけどよ、ほんとは…なあ、どうなんだ、橋本?」


「う、うるさいなあ、黙れよスナフキン。お前、異常興奮してるっての」

「あ~あ~、はいそうですか。佐々木は? お前は?」


「ぼくは…」

辰也はうつむいて言葉を濁した。

「お腹減ったな…」


辰也が、まるで関係ないことを言ったので、由里がくすっと笑った。

つられて賢司が笑うと、紀雄まで笑った。

張りつめていた緊張の糸が切れて、みんな一斉に笑い出した。集団感染したヒステリックな笑いが砂浜に響いた。


その笑い声に起こされたか、妙子と育枝が動き始めた。

「みんな起きたな…」


「橋本君?」

と由里が賢司に尋ねた。

「なに?」

「ここ、どこかしら? あれからどうなったの?」

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