12 例外

ぐうぐういびきをかきはじめた紀雄を挟んで、賢司と由里は、お互いに顔を見合わせた。

テレビはCMに入って、オリオンビールの宣伝が流されていた。ああ、ここは本州じゃないんだな、と賢司は思った。


「なにかおかしいと思わない?」

「なにがだ?」

「みんな寝たでしょう」


「珍しいけど、おかしくはないだろ」

「いえ。おかしい。こらえてるけど、私も眠いの。寝ていいって言われれば、いつでも寝られるもの」

「んなら寝ちゃえばいいじゃんか。どうせみんな寝てるんだし」


「橋本君は? あなたは眠くないの?」

由里に唐突に訊かれて、賢司は拍子抜けしたような表情になった。

「ぜんぜん眠くない。そんなどうしようもないぐらい眠いの?」

「ええ」

由里はさっきから賢司から片時も視線を外さずに見ている。


「な、なんだよ。冗談じゃないぞ、いくら俺がいたずら好きでも、薬盛ったりとかそんなことはしないぞ?」

「ええ。橋本君はそんなことをする人じゃない。私にはわかってる」

「…あ、あ、そう」

由里の返事が意外なものだったので、賢司は眼を丸くした。由里のことだから、てっきり、ああでもないこうでもないと賢司を追及するかと思ったのだが。


「…なにか、おかしなことが起こるみたい。みんな寝てしまって、私も、もうじき限界。でも、橋本君だけは眠くない。これはどうしてかしら?」

「そりゃあ、俺はいままで寝てたからだろ」

「本当にそう思う? まだ十時過ぎよ? こんな時間に、若い五人が揃いも揃ってものすごい睡魔に襲われると思う? みんな旅行ではしゃいでるのに?」


賢司は唇を尖らせた。

「そりゃまあ、変だけどさ」


由里は手の甲で眼をこすった。首をぶんぶんと振った。眠気覚ましだろうか。

「橋本君。あなたも寝たふりをしたほうがいいと思う」

「は?」


「よくない予感がするの。私が寝たらあなたも寝たふりをして。そうすれば、なにか起こるかもしれない」

「なにかって?」

「それがわかれば世話ないでしょう、おバカさんね」

「なにおう!」


由里は欠伸を噛み殺して、辛抱強く繰り返した。

「お願いだから、橋本君。寝たふりをして、なにが起こるか見きわめて。とても嫌な予感がするの。なにかおかしいの。感じるのよ」

「由里、お前いつからエスパーになったんだ?」

「茶化さないで」

由里の顔は真剣だ。

そうだ。由里はいつでも真剣だ。こういうときに冗談を言うような女ではない。


「じゃ、じゃあ、なんだかわからんけどなにか起こるとして、起こったらどうすりゃいい?」

「知らない。自分で考えて」

「あぁ?」


「橋本君、こういうときは任せられる…」

「あぁ? なに言ってんだ、由里。…由里? 由里…おい、待てよ、寝るなよ、お前まで寝るなって!」


由里は、両腕を投げ出して畳に崩れた。

驚くほど静かでかぼそい呼吸が、彼女の鼻と口から定期的に漏れ始める。


「おい、寝たらいたずらするぞ? 服脱がすぞ? 舐めるぞ? 入れるぞ? おーい…由里、由里ちゃん、由里様、由里っぺ?」


由里は眠ったままだ。


他の連中と同じように、叩いても起きないんじゃないかと思えるほどに深い眠りにはいってしまったようだ。

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