10 ささやかな夕食

辰也達がテーブルと座布団を動かし始めて、モノポリー開始に備えていく。

賢司が、自分も手伝おうと思った矢先、きゅうと腹が鳴った。強がってはみたが、やはり減っているのだ。


「お腹、空いてるんでしょ?」

そう言われてそっちを見れば、むっつりした顔の由里が覗きこんでいる。

「うるさいなあ、空いてないっての」


「橋本君って、変なところ意地っ張りなんだから」

「ほっとけよ。男は少し意地っ張りなぐらいでいいんだよ」


「いいから。お腹、空いてるんでしょ? 夕食抜いただけじゃないもの。朝も昼も戻しちゃったから、今日、だいぶ消耗してるでしょ? ちゃんとエネルギーとらないと…」

「だぁ! うるさいなあ、お前に指図される筋合いなんかないっての。自分の身体ぐらい自分でわかる」


「そんなこと言わないで。…橋本君が元気なくなると、みんなも元気なくなるんだから。私、宿の人に、夜食お願いしてくる」

「ば、バカ、やめろよ、そんなこと」

「どうして? 頼めばきっとなにか出してくれる」


「恥ずかしいだろ、そんなの。メシ寝過ごしたあげくに追加で作ってもらうなんて」

「恥ずかしいなんて…橋本君は恥ずかしくないじゃない。頼みに行く私が恥ずかしいだけでしょ?」


「バカ、くどい、やめろっての。そういう問題じゃなくてさ、なんつうか、そういうのはプライドの問題なんだよ。一度決めたからには、俺は意地でも明日まで断食するの。水だけでしのぐ」

「ふうん。お菓子つまむぐらいもしないの?」

「う…そのぐらいは、するかもしれないけど」


由里は、ふふっと笑った。

「なんだよ、笑うなら笑えよ。あんまバカにするとしまいにゃ夜這いするからな」

「来たら、す巻きにしてサメの餌にする」

「…」

由里なら本当にやりかねないかもしれない。夜這いはやめておこうと賢司は思った。


「橋本君らしいんだもの。頑固なんだから」

由里は涼しい顔で笑っていたが、持ってきていたポーチに手を入れて、ひょいとなにかを出した。

「こんなものでも、少しは足しになるでしょ? 食べなさいよ」


由里が差し出したのはカロリーメイトの箱だ。

「なんでお前、こんなもん持ってきたんだ?」

「食べるからよ。何個か持ってきてるから、これのことは気にしないで」


「そうじゃなくてよ。なんで俺達の部屋に出張するのにカロリーメイトをわざわざポーチに入れてきたんだ?」

「食べようと思ったからよ」

「晩メシ食ったあとなのに? 太るぞ?」

「私は太らない体質だから平気よ」


自分で太らないと言いきってしまう女もなかなか凄い。

由里のこういうもろもろの自信の強さは、いったいどこから生まれてくるのだろうか。

賢司はあらためてそう思わずにはいられなかった。


「とにかく、そんなことどうでもいいの。食べなさいよ。お菓子だと思えばプライドも傷つかないでしょ?」

賢司は、由里の顔をいぶかしそうに眺めた。

「これで貸しでも作る気か?」

「私がそんなことをしてなんの意味があるの?」

「そういやあ、そうだなあ」


「なら、食べて」

「…」


結局、賢司は、モノポリーに参戦しつつ、カロリーメイトを食べることにした。

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