8 到着
港の前の、コンクリート舗装されていた道を抜け、南国の木々に囲まれた砂利道を歩き、五分足らずで宿に着いた。
民宿風だが建物は横に幅広く、二階建てになっている。
南国というのは、台風に備えてあまり高い建物がないと聞いたことがあるが、なるほどいわれてみれば二階建ての建物すらほとんど見なかったような気がする。
この民宿で一泊。
次の日に別荘のある島に漁船で移動するそうだ。
三日目の未明には、十一年に一度といわれる井出流星群が空に飛来する。
その流星群を、もっとも間近で見ることが出来るというのが、このツアーだ。
辰也もよくこんな風変わりなツアーを見つけてきたものだ。
しかもそのツアーに実際に行くことが出来るとは、なんともラッキーな話。
卒業旅行で南海の青い島へ。しかも流星群付き。そうめったにある話ではないだろう。
いい旅行になりそうな気がする。
賢司は漠然とそんな予感を感じていた。
賢司がいい予想をしたときはたいてい外れる、とは辰也の言だが、彼も今回ばかりは賢司の予感を認めるだろう。
鮮やかな青い空。透き通った海。少し汗ばむ位の、ほどよい陽気。
気の合う男友達と、少なからぬ魅力のある女友達に囲まれていて、いったいなにを気に病むというのか。
相変わらず胃袋はなんとなく重いが、これだってあと何時間もすれば回復するだろう。
賢司は、なにも心配していなかった。
これはいい旅行になる。
高校生活最後の想い出、みんな、大人への最後の一段を昇りきるかきらないか、その微妙な時期の、最高の想い出になる。そう信じて疑っていなかった。
賢司達は、宿に入り、それぞれの部屋に荷物を置いた。
すでに夕食の時間が近く、すぐにでもと泳ぎたがる紀雄を辰也が引き留めた。
一時間足らずなので、部屋でぐうたらしているだけですぐに時間になるだろうからだ。
これからの予定を確認するだけでもそのぐらいの時間はすぐに経つ。
賢司も辰也に賛成だった。
賢司は、とにかく静かにひと息ついて、軽く睡眠でもとって体調を整えたかった。
とても食事の前にばたばたと動き回る気にはなれない。
胃はいまだに謎めいた運動を続けていて、夕食をきちんととれるかどうかも怪しい。
旅行の料理といえば豪華なものに決まっている。それを食べられないとなれば旅行の楽しみは半減したも同然だ。
あと一時間ばかりで、なんとしても食事までには回復しておきたい。
そう思って、さっさと畳に寝転んでぐったりとした。
紀雄は、ここまでわざわざ持ってきたギターを取り出した。よくここまで持ってくる気になったものだ。
何事にも不真面目な紀雄も、音楽にだけは真面目だ。
紀雄は、窓枠に腰掛けて外に半身を乗り出し、なにか即興らしき曲を弾き始めた。
「いい曲ね」
隣の部屋の窓から育枝と妙子が身を乗り出していた。
「ああ。俺が弾く曲だからな。いい曲に決まってる」
「な~に言ってんだか!」
二人は笑っている。
そんな、いつもどおりの仲間達のやりとりを耳で聞きながら、賢司の意識は次第に朦朧としてきた。
「俺、ちょっと寝るわ」
賢司は、辰也に言った。夕食に備えて、少しの時間でもいいから眠って体力を回復させておこう。
「メシどうするの?」
「そのために寝る。そんとき、食えそうになってたら起きる。ダメそうならそのまま寝てる」
「そう? じゃあ、食いに行くときにでも起こすよ」
「ん。よろしく頼むわ。おやすみ」
賢司はそう言い残すと、本格的に、眠気に体が支配されるままにすることにした。
疲労からか、眠りは、すぐにやってきた。
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