7 ワッカ島

高速船わっか丸は、それほど揺れなかった。一般的な健康体の人間の観点からすれば。


しかし、すでにダメージを受け困憊している賢司には、充分過ぎるぐらい苛酷な三時間だった。まるで生きた心地がしなかった。


空は青々、海はもっと青々、辰也達は勝手にはしゃぎまわっているというのに、なんの因果で自分だけこんな目にあうのだろうか。まったくついていない。

せめて吐かずに済めばよかったのだが、結局、南の海に新鮮な有機物をプレゼントすることになってしまった。もう散々だ。世の中、これよりひどいことなんてあるものだろうかと思ってしまった。


ワッカ島は、賢司達が思い描いていたよりもずっと小さい島らしかった。

辰也の話だと、それでもこの辺りの島の中では大きめなほうで、もっと小さな、それこそ小石のようなサイズの島が辺りには点在していて、別荘とやらがあるのはそういった小さな離島の一つらしい。


まあ、小さな島だろうがなんだろうがよかった。

やっと堅い地面に立てるということで、船から桟橋に降り立った賢司は、ようやくほっと息をついた。

胃はいまだにぶんぶん渦を巻いてるような感じがするが、ほうっておけば、そのうち治るだろう。


上着を一枚脱いでTシャツとジーンズ姿になった辰也が、地図を印刷してある紙切れを出して先頭に立った。

他の者達は彼にしたがって、狭くておもちゃのような桟橋から、コンクリート敷きの広い道に出た。


辰也と同じく、いまはTシャツとジーンズになった賢司は、こういうときは普段なら先頭を歩くのだが、今日はそれどころではない。一行の後ろに幽鬼のようにねっとりくっついて歩くだけだ。


吐き気も苦い気分だが、おまけに、この暑さ。

那覇空港に降りたときからそうだったのだが、さすがは南国か、まだ三月の終わりだというのに歩くだけで少し汗ばむ。

そろそろ夕暮れが近づきつつあるとはいっても、陽射しもだいぶ強い。かなりげんなりだ。

東京とこの地方は気温がまるで違う。二十度近いのではないだろうか。


「あちいな! これって余裕で泳げるよな?」

すでに上はシャツ一枚、下は膝までの短パンになっている紀雄は、そんなことを言って、いい気なものだ。


育枝と妙子は、並んで楽しそうに歩いている。妙子はキャミソールにボレロを羽織って、下は薄手の長ズボン。育枝はホットパンツにTシャツというラフな格好だ。健康的で眼の保養になる。


「ほんと、いい天気! ねえタエ、UVカットいると思う?」

「そこまで気にしなくてもいいんじゃないかなあ?」

「そうかな? 私はいると思うけど…」


「日焼け止め塗っても、元の顔は変わらないよ」

辰也がぼそっと言った。


次の瞬間、辰也の脛に育枝の蹴りが決まった。

「痛っ! なにすんのさっ!」

「うるさい!」


やれやれ。また始まった。元気なものだ。

まあ、そんな感じの、いつもながらのみんなの様子を見ていると、胃の調子はともかく、気分だけでも多少は晴れてくる。


いい仲間達だ。

ひとくせもふたくせもありそうな奴らばかりだが、一年かそれ以上も一緒にいれば、それも個性なのだと納得出来るようになる。

友人の変わった性格を個性として許容出来るようになってきたというのは、自分が、良識ある大人とやらにいつの間にかなっていることなのかと思ってみたりもする。


由里がこっちに振り向いて、歩みを止めた。

彼女は、下は膝上のスカートで、上はシャツにカーディガンを羽織っている。出来るだけ肌の露出を抑えているみたいな格好で、ちょっと賢司は不満に思った。

もったいない。他の女みたいに少しは肌を見せてもいいだろうに。

まあ、由里にそんなことを期待するのは無駄というものだろうと思って、賢司は苦笑いした。


「なにをニヤニヤしてるの? 遅れたらそのままおいていくから。私、橋本君を待つほど暇じゃないもの」

由里は一人で勝手に喋り、また一人で勝手に歩き出した。


賢司は一瞬きょとんとして、そしてむっとして彼女に続いて歩いた。

まったく口の減らない女というか、いらないことまでいちいち言うというか、嫌な女だ。

これでブスならこき下ろしようもあるんだが、きれいな女だからなおさらタチが悪い。

育枝もちょっとそうだが、美人は性格が悪いというのは本当らしいと、賢司はしみじみ思った。困ったものだ。

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