5 学祭のこと
それからしばらくすると、飛行機が着陸体勢に入った。
賢司は、洗面所から戻ってきてからというもの、すっかりグロッキー状態で椅子に沈んでいた。
胃の中のものは全部放出したのだが、ついでに体内の活力まで放出してしまったようだ。
シートベルト着用のアナウンスが流れても、ぐったりと青い顔をしたまま身動きしない賢司に、やれやれと辰也がベルトを締めた。
「初日から発案者がこれじゃあ、先が思いやられるよね」
育枝が嘆息した。
「まあ、まあ。飛行機から降りれば、いつもの賢司に戻るよ」
「戻らないなら戻らないほうがいいかもよ、橋本君は」
まったく、人がダウンしているのをいいことに育枝は好き勝手に言う。
いつか夜這いしてやる。賢司は心に誓った。
と、誓うまでもなく、夜這い―というほどのことでもないが―が、賢司にとって今回の卒業旅行の目的の一つであることは確かだった。
卒業旅行の計画は、学祭が終わった頃から賢司と辰也でよく話題にしていた。
三年六組は、賢司の高校三年間で最高のクラスだったし、辰也も同じ気持ちのようだった。
卒業して、クラスメイトが離れ離れになっていく、その前に、もう一度、想い出を作りたかった。
三年六組は、今年の学祭のクラス企画大賞を見事に勝ち取った。
クラス企画は、雪女をベースにしたホラー仕立ての劇だった。
率先していたのは主演をかって出た賢司と、委員長の由里。辰也は脚本、紀雄は曲を提供した。賢司は、大道具のトンカチやペンキ塗りも指揮した。
ヒロインは妙子。そして、雪女役が、本人はおおいに不満をぶちまけていたのだが、明らかにハマリ役の育枝だった。
準備の間は、一ヶ月近く、夜遅くまで学校に残る日々が続き、十一時閉店の駅前のマックが閉まってるなんてのもざらだった。
セイショウネンホゴジョウレイ? そんなのくそくらえだった。
青春というのは、そういうことではどうにも抑えこみようがないパワーの放出というか、そんなようなものだ。
規則、建前、そんなものに縛られる大人としての生き方しか出来なくなる直前、寸前の悪あがきが、きっと、高校最後の一年間に訪れたのだ。
とにかくそうして、三年六組は学祭で最高の高まりを迎えて、その余韻のままに、卒業式を終えたのだ。
なんとなく名残惜しかった。卒業後の進路なんてみんなまちまちだ。
ほとんどは大学進学で、たまたま賢司と由里は同じ大学―しかもなんと皮肉なことに学部まで同じ―に決まったが、それを除けば、学校が違ったり専門学校だったり就職だったりフリーターだったりと、てんでバラバラ、ほとんどめったに顔を合わせることもなくなるだろう。
それに、なにが賢司にとって最も無念だったかといえば、それはもちろん、こんな張り切った学祭を通じても、自分になぜか一人の彼女も出来なかったということだった。
一年や二年の頃に作った彼女とはわけが違う。
こんなモノづくりを一緒にした仲間から生まれた恋人なら、きっと最高に素敵なはずだと思ったのだが、世の中というものはそううまくいくようにはなっていないらしい。
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