3 紀雄と妙子
「ふう…ふう…」
賢司はため息をついた。
頭がぐるぐるしている。
賢司は、車酔いはよくするのだが、ここまでそんなに揺れもしなかった飛行機にまさか酔うとは思ってもいなかった。
初めての飛行機で興奮しているんだろうか。お子様じゃあるまいし。
それとも、男女混成の卒業旅行というのが、わくわくさせるのだろうか。
「橋本さん…大丈夫ですか?」
また声がかかった。
ぐはぁ。
心配してくれるなら、いっそのこと、ほっといてほしいと思ってしまう。
顔は上げなくても、声を聞けば誰かはわかる。
豊田妙子(とよだたえこ)、やはりクラスメイトだ。
妙子と、賢司や辰也とは、特に仲が悪いわけでもないし、いいわけでもない。彼女がこの旅行に来ることにしたのは、育枝が引っ張ったかららしい。
賢司はもちろん大歓迎だった。旅行に女っ気が増えて悪い気分のわけがない。
妙子は、育枝と対照的におとなしくおしとやかな女の子で、泣き虫で、ある意味では女というジェンダーをこのうえなくよく体現している。
背は低く小柄、髪はおかっぱ気味。成績は保体を除いてずば抜けて優秀。だがあまり喋ることもないのでそれがクラスの話題になることもめったにない。
いつもおどおどしているような印象がある。格好も地味目で無難なことが多い。校則は絶対に破らないタイプで、育枝みたいにピアスや指輪といった最低限のお洒落もしない。根っからそういう性格なのだろう。
「けっ、心配すんなよ。橋本は死んでも死なないって。こいつ、見た目は優男なくせに異様にタフだからよ」
笑いながら言ったのは若林紀雄(わかばやしのりお)だ。
紀雄は音楽屋で、自分では作曲とギターを手がけるのだが、音楽部にも軽音楽部にも入らずに三年間帰宅部を通した変わり者だ。
学外でアマバンドをやっているという話だが、それにしても普段はまったく音楽をやっている姿を見かけない。
背は高く体形はがっしり。髪は男にしては長めで、後ろ髪は輪ゴムで無造作に束ねている。
自分の好きなように音楽をやることにしか興味がないのかと思いきや、今年の学祭ではクラスの劇のためにオリジナル曲の作曲を快諾したりなんてした。
ま、要するになにを考えているのかさっぱりわからん芸術家気質なわけだ。
黙っていればニヒルでクール、かなりのナイスガイで通るのだが、よく喋るし賢司と匹敵するほど女への手は早いし、喧嘩の手も早いし、そのくせ尊敬する人物はスナフキンと公言してはばからない。
かなりのアホだと賢司は思っているが、付き合って面白いことは確かだ。
「賢司はこのぐらい静かなほうがちょうどいいって」
「くそ、黙れよスナフキン。あとで死なすぞ」
「おお、こわ~。いっひっひ…」
妖怪みたいな声を出しながら、紀雄が自分の席に戻った。
話しかけられたり心配されたりと余計な世話を焼かれ、いよいよ吐き気がひどくなってきた。
吐くのに人目を気にするわけではないが、なんとなく仲間達のいる横でエチケット袋にケロケロやるのも気まずい。
賢司は、口を手で押さえてうつむきつつ、ゆらりと席を立って、トイレに向かうことにした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます