2 達也と育枝

「佐々木さ、人のこと言えないよ。私、佐々木と一緒の屋根の下に寝るなんて、考えるだけでもぞっとするもん」

そう言ってさらに向こうの席から話に割りこんできたのは宮崎育枝(みやざきいくえ)だ。


「ぞっとするんなら来なきゃよかったのに」

辰也が口を尖らせる。


「私、流星が見たかっただけだもん。あ、それと南の海! エメラルドグリーンの海で泳ぐっ!」

「どんな水着?」

「佐々木には教えない」

「なんでだよぉ!」


辰也と育枝は毎度ながらの口論を始める。夫婦喧嘩は犬も食わないというが、まったく、よくやるものだ。


育枝は、いわゆるスポーツ少女だ。

というと本人は嫌がるのだが、バレー部の部長として県大会準優勝までチームを引っ張ったのは事実だし、保体の成績も、いつも五段階の五らしいし、いつ見ても身体を動かしているという印象が強い。


体育会系というと日焼けしていてショートカットでカモシカのような脚で…なんてのを想像しがちだが、育枝はそういうタイプではない。

肌は白く保っているし、髪はエビの尻尾みたいなポニーテールで、前髪には薄茶色のメッシュが入っている。

ファッションにはことのほか気を遣っているらしく、いつもこぎれいで軽快な感じの服装だし、見ていて眼が休まる女の子であることに間違いはない。


問題は、彼女の父親がナントカ銀行の支店長だかで、自由が丘にお住まいだということだ。

その家柄のためか、いわゆる高慢という性格である。


川崎市高津区在住の賢司としては、自由が丘だの田園調布だのに住んでいる人間というだけで、なんだか奇妙な対抗意識を感じてしまっていたりする。

といっても、辰也も自由が丘人なので、あまり関係ないような気もする。要はその人間の人格を気に入るかどうかなのだろうか。


で、その辰也と育枝は、家も近く、実に面白いことに、保育園から小中高とずっと同じ学校という、いまどきドラマでもそれはないだろうというぐらいの見事な幼馴染だ。


はたから見ているとじれったいことこのうえない。

賢司は高校の三年間ずっと、辰也と同じクラスだったから、だいたい雰囲気でわかるのだが、どうみても辰也は育枝のことが好きなはずだ。喜んで尻に敷かれているようにも見える。

育枝も辰也のことが嫌いではないようだ。彼氏がいるという噂も聞かない。


と、万人誰もが、この二人は意外にお似合いだと思っているのだが、当の二人はなんだかつかず離れずで、それがどうもじれったい。


賢司が辰也をけしかけても、辰也は「宮崎さんが、ぼくのことなんか相手にするわけないよ」と首を横に振ってしまう。

その鈍さを賢司が咎めると、なぜか辰也は「賢司のほうこそ女の気持ちに鈍いよ」と逆に言い返してくる、と、そんな感じだ。

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