海神島 ~ディレクターズカット版~

お竜

三月十八日

三月十八日 1 機上

羽田空港を十時四十五分の定刻に発った全日空八十三便は、那覇空港に向けて快適な飛行を続けていた。


天候もよく、雲も少ない。

一般にジャンボジェットと呼ばれるどっしりとした機体は、離陸時を除いては大きな揺れもなく滑らかに飛行していた。


しかし、橋本賢司(はしもとけんじ)という、高校を卒業したてでまだ右も左もわからないくせに、一丁前に大人に生まれ変わったように思いこんでいる能天気な青年が、その快適なはずの機内の一角で、ものの見事に飛行機酔いに見舞われていた。


「うう…」

賢司は、前の座席のへりに両手でしがみついて、顔をその間に垂れてうなだれていた。

どうにも胃の居心地が悪い。顔を上げるのがつらく、うつむいていると心なしか気が楽になる。羽田を発ってから、かれこれ一時間近くずっとこの姿勢だ。

辰也達が「富士山、富士山!」などと騒いでいる間もずっと、エチケット袋と睨めっこしていた。


「賢司にも弱いものはあったんだね」

辰也が、通路の反対側からこっちを覗きこんできた。口ぶりはいかにも同情しているふうだが、顔がにやけている。くそっ!


佐々木辰也(ささきたつや)は、賢司の無二の悪友だ。親友といってもいいのかもしれない。

相手が親友と呼ぶに値するほどの友人かどうかなんて、面と向かって確かめられるようなものではないから、辰也のほうが自分をどう思っているかはわからないが、少なくとも賢司は辰也のことを親友だと考えている。


賢司が、中肉中背で筋張っていて、真ん中分けのこざっぱりとした髪型をしているのに対して、辰也は、背も低く小太り、頭に乗っけたみたいなお坊ちゃま刈りで、どうにも冴えない。


しかし意外なことに、賢司と辰也でつるんでいるときに、いたずらやワルを提案したり率先するのは、辰也のほうだ。

がさつで不器用そうに見えるスタイルだが、その実、神経質で細かく、いたずらなんかをやらせると巧妙であくどい。

賢司はむしろそれに歯止めをかける役目を果たしていると自分では勝手に思いこんでいるが、由里や育枝に言わせるとどっちもどっちなんだそうだ。


「なんかリーダー気取りなんかして朝から頑張ってるからだよ。どうせ下心があったんでしょ? 罰だよ罰」


「…」

コノヤロと返事をするのに口を開くと、言葉の代わりに、出てはいけないものが出てきそうな気がしたので、やっぱり沈黙していることにした。

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