第6話 冠婚葬祭

 引きこもりめいた生活を始めて長くなる。元々家にいることが好きで、人と会うことを嫌う人間であるから引きこもり生活は非常に快適である。家の中でもしなければならないことはたくさんあるが、自分のペースで人に合わせることなく役割を果たすことができるので、まわりから奇異な目で見られようと批判を受けようと、この生活をやめることはできない。


 恐らく引きこもりというと、少し病的なイメージを持っておられる方もいることだろう。世の引きこもっておられる方々のことはよくわからないし、それぞれの事情がおありだと思うが、私自身は割と普通である。人と久々に会話をするときは、話し始める時に無駄な「あ・・・」を付けてしまうし、話し始めるとカミカミで、会話が終わった後にちゃんと話せていたか不安になるほどだが、昔からこんな感じなので、まわりからするとヤバい奴でも自分ではごく普通の人間で、ただのナチュラル陰キャであると思っている。


 そんな私であるが、日常生活ではほぼ問題なく生活できている(つもりだ)。しかし非日常な場面ではかなり苦労する。最近あった非日常な場面とは葬儀の時であった。身近な親族の葬儀で久々に親戚たちと顔を合わせ、会話をしたときがとても苦しかった。


 いい年をした大人なら葬儀の時は悲しみを湛えた表情で俯いてさえいればいいというわけではないことを知っているだろう。まず通夜の場では、遺族同士で悲しみや急な訃報の驚きなどの感情を共有し、その後故人の思い出話をして悼む。その後お互いの近況などを話し始める。大体、人が死ぬと通夜と葬式の二日をかけて故人を見送るパターンが多い。この二日間の内、私を含めた遺族たちは誰から雑談を振られても控えめな笑顔で上手く受け答えしなくてはならなくなるのだ。二日間も!


 私はこの雑談タイムが苦痛で仕方なかった。正直な所、「ええ・・・」か「はぁ・・・」くらいしか雑談を振られても答えることができなかった。いい歳をして情けないものであるが、自分的には想定内のダメさ加減だったのであまり落ち込むことはなかった。日常的ボッチの私は雑談と同じくらい人の多さにも辟易した。葬儀の場には身近な親戚以外にも、多くの参列者が来る。普段人と隔絶して暮らしているような人間からすると、もはや異世界のようなざわざわした場面で数時間を過ごさなければならないのだ。この新手の拷問のような状況でコミュ障引きこもり人間は地獄を見たのだった。


 言い方はよろしくないが、冠婚葬祭の中でも『葬』は明るくない雰囲気であるからまだ頑張れる。最大の苦難は『婚』である。これはつらい。おめでたい場で俯いていたり無表情でいることは一秒たりとも許されない。最初の受付から解散する寸前まで始終明るい笑顔で新郎新婦とその家族を祝い続けなければならない。これこそ苦行である。煌びやかな空間で数時間にわたって行われる苦行は、本物の修行僧が行う修行に匹敵するほど壮絶で精魂を使い果たす。しかもどれだけこの修行を耐えて乗り切っても得られるものは何もない。むしろ精神的な面を目には見えない何かに削り取られ消耗してしまうところが、『お祝い修行』の恐ろしいところである。


 『葬』も『婚』も雰囲気は正反対なものだが、コミュ障引きこもり人間にしてみればどちらも苦行でしかない。悼む気持ちも祝いたい気持ちも人と変わらず持ち合わせてはいるが、会場に行って長居することは本当に苦手だ。もっと環境が発達して、スカイプ葬とかスカイプ結婚式みたいに自宅から参加できるようなシステムができればいいと心から思う。(私が知らないだけで、もう行われているかもしれないが・・・)


 冠婚葬祭とは、生きていく上で避けて通ることのできない引きこもり泣かせのイベントである。かといって、冠婚葬祭に参加したくないわけではない。できれば快く相手の人生の一大事を見守りたいと思っている。私は人間嫌いでもイベント嫌いでもない。ただ生来のモグラ気質が私の祝いたいモードを阻害してくるのだ。敵は外側にいるわけではない。常に自分との戦いなのだ。「自分の敵は自分」という言葉が突き刺さる2018年の夏である。

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