第三十五話:別れと希望

 無事に話がついて、雨京さんはかぐら屋へと帰ることになった。

 私は中岡さんと共に、門前まで見送りに出る。


「雨京さん、今までお世話になりました。本当に感謝しています」


「落ち着いた頃にまた、かぐら屋まで顔を見せに来なさい」


「はい! それで、心配なのはかすみさんのことなんですが……」


 むた兄やゆきちゃんには、今日から毎日お見舞いに行くと言ってある。

 約束をやぶることになれば、きっとまた彼らのことを不安な気持ちにさせてしまうだろう。


「しばらくは、ここで大人しく過ごしなさい。山村さんにもそのあたりのことは伝えておく。かすみが目を覚ました時は、必ず報せをよこすので心配するな」


「……分かりました。その時がきたら、絶対にお見舞いに行きます!」


「ああ。それではな、陸援隊のみなさんにご迷惑をおかけせぬよう、気をつけて生活するのだぞ」


「はい! いい子にしてます!」


 大きくうなずいてみせる私の肩にそっと手を置き、雨京さんは中岡さんへと語りかけた。


「中岡殿、妹をよろしく頼みます」


「お任せください。私たちが責任を持ってお守りいたします」


「……それでは、これにて。後日、螢静堂を経由して文をお送り致します」


「こちらからも逐一筆をとりましょう。それでは、道中お気をつけて」


 向かい合って互いに一礼すると、雨京さんは待たせていた用心棒たちを連れて帰路につく。


(雨京さん。私のこと妹だって言ってくれた……)


 わがままを言って困らせてばかりいた、こんな私を。

 雨京さんは突き放すことも見捨てることもなく、いつでも気にかけて守ってくれた。

 わがままに付き合って、ここまで話を通しに来てくれた。

 かぐら屋の主人という立場上、気軽に足を運べるような場所じゃないはずなのに。

 ごめんなさいって、謝りたいことばかりが浮かんでくる。

 けれど……今はまっすぐに、ただ感謝の言葉だけを伝えよう。



「雨京さぁん!! 本当にありがとうございました!! お世話になったこと、忘れません!!」


 こちらを振り返ることなく小さくなっていくその背に向かって、声を張り上げる。


 ――ああ、これで雨京さんや神楽木家ともお別れだ。

 当分あの家に帰ることはできない。

 そう思うと、言い知れぬ不安と寄る辺のなさがこの身を襲う。


 新しい場所で、心機一転がんばらなきゃ。

 雨京さんに心配をかけないように、早くここでの生活に馴染むんだ――。

 感傷を塗りつぶすようにして、小さな希望を描きながら。

 私は、涙で揺れる兄の背中をそっと見送った。


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