時計塔と黒猫の小咄
ミカヅキ
時計塔と黒猫の小咄
町の真ん中に聳え立つ時計塔は、この町で一番高い。
だから、その頂上からは邪魔なものがない景色が広がっていて、この町を一望できる場所だった。僕はこの塔から見下ろす町の風景がいっとう好きだ。石造りの屋根が並んで、特に、夜になると家々の窓から漏れる明かりが町を優しく包むのだが――その前の――夜が更け始めるはじめの方が、好きだ。ぼんやりとした光が、いたるところで、次々に灯っていく、そんな景色。
「ダヴィド、やっぱりここにいたんだ」
とんとん、と軽い足取りで時計塔の螺旋階段を上ってきた少年、カミーユが、僕の名前を呼んで歩み寄ってきた。彼は被っていたチェック柄のキャスケットを脱いで、僕の隣に座る。
ここは時計塔のてっぺんの展望台だ。邪魔な壁が取り払われて、風が吹いてくる場所だ。カミーユは落下防止のために備え付けられた手すりの、支柱の隙間から足を投げ出して、顎を手すりに乗せてもたれかかった。
座っても手すり部分に顎が来るくらいに低く設計されたそれが落下防止に役立つかは怪しいが、まあ、僕には関係のない話だ。そもそも、この時計塔には基本的に、この時計塔に住む僕と、管理者であるカミーユしか来ないのだ。
「ダヴィドはここが好きだね」
カミーユが笑って、僕の頭を撫でた。大好きだとも。そう返事をしたが、人間であるカミーユにはきっと、にゃあ、としか聞こえないのだろう。
それでも意図は伝わったらしく、彼は優しく笑って僕の顎を擽った。うーん、気持ちいい。カミーユは撫でるのが上手なんだ。長い付き合いもあるだろうけど。目を細めて、自然と喉からごろごろ音が鳴った。
暫くカミーユは僕を撫でくり回して、それからいつものように数枚の封筒と鋏を懐から出した。
封筒の中身は、勿論手紙だ。人間達が、意思疎通をするために他者に送るものだと、カミーユはかつて僕にそう言った。この時計塔に来る手紙はその限りではないけれど、とも。
僕はカミーユの肩に飛び乗って、彼が開いた手紙を覗き込む。そこには脈絡のない文字の羅列が広がっていた。時計塔に来て三年、僕は人間の書く文字の意味を大体は理解できる。勿論、難しい文字はわからないが、こんな形の文字が並んでいるときは大体こんな意味だ、くらいはわかるようになった。
――そして、カミーユが今持っている手紙に散らばっている文字は、ひたすらに、自己嫌悪の感情が凝縮されていた。
「……死にたい、もうだめだ、こんな自分嫌だ……今日のも、また随分と暗い文章だねえ。仕方ないかもしれないけれど、いつもいつもこんな文章じゃ気が滅入ってしまいそうだ」
溜息をつくカミーユ。おいおいしっかりしろよ、これが君の仕事だろう。その意味を込めて、目の前にあるカミーユの頬に自分の頭を擦り付けた。
「慰めてくれるのダヴィド? ありがとう」
笑って、カミーユは僕の頭を撫でる。そういう意味で擦り付けたわけではないのだが、まあ彼がある程度気を持ち直したようなので良しとしよう。
カミーユは手紙に向き直って、一緒に取り出した鋏を手に、しゃきしゃきと軽い音を立てて手紙を切っていく。慣れた手つきで切り終えたそれは、鳥の形をしていた。彼はその鳥を口元に持って行って、ふう、と息を吹きかける。紙の鳥はふわりと浮き上がり、まるで生命を得たように自ら翼をはためかせて飛んで行った。
「……言葉にならなかった声達よ、どうか安らかに眠れ」
静かに呟いて、カミーユは祈るように目を伏せた。
この時計塔は感情の墓場なのだと、カミーユは、初めて会った日に僕にそう言った。
というのも、この時計塔には多くの手紙が集まる。そしてその手紙は普通の手紙とは少し違っていて、差出人が意図して書き、出したものではないのだ。
その手紙は、誰かの想いなのだという。
「この時計塔に来る手紙はね、誰かの、声にならなかった叫びだよ。それは恨み言だったり、嫌悪だったり、恋心だったり……いろいろあるけど、共通していることは、その声達は形にならずに誰かの胸の中にしまわれて死んでしまったものだっていうことなんだ。自制心や意地や世間の目、恐怖、羞恥……そういう枷で胸の奥に閉じ込められて無かったことにされた声達。それらを供養してやることが、僕の仕事」
君には難しかったかな、猫君。そう言ってカミーユが僕の頭を撫でた。雨の日だった。
僕には、過去の記憶がない。
正確に言えば、三年前、町の路地裏にちょこんと座っていた――それ以前の記憶が、きれいさっぱり真っ白なのだ。気付いたときにはそこに居て、その前にどこに居たのか、僕は知らない。体は既に大人――僕の場合成猫と言うべきか――であり、どうしてそこに居たのか、そもそも僕はどこから来たのか、分からない。
雨の中、何もわからないままに町を彷徨い、気付けば時計塔に来ていた。何を思ったわけでもなく、言うならばなんとなく、僕は時計塔に潜り込んだ。
そうして僕は、カミーユに出会った。彼が手紙を鳥にして羽ばたかせるのを見て、目を丸くした僕に、微笑んで手紙について教えてくれたのだった。
――それから僕はその時計塔に住み着いた。カミーユは嫌がることもなく、僕に名前を付けて食事も与えた。風呂は嫌いだがその後のブラッシングは好きだ。もふもふのベッドも気持ちいいし、今の生活に何ら不満はない。そうして、いつもこの時間、夜が更け始め家々にあかりがぽつぽつと灯り始める時に、決まってカミーユはこの展望台で声の鳥を飛ばす。
僕はその光景が好きだ。暗くなっていく空に、白い鳥たちが羽ばたいていく。
彼等がどこに行くのか、どうなるのかは僕は知らない。カミーユも恐らく知らないだろう。声達がどうなるのかはカミーユの関与するところではないから。ただ、きっと、持ち主のしがらみから解き放たれた感情達は、どこかへと自由に飛んでいくのだろう。僕には人間の自制心だとか世間の目だとかは分からない。所詮僕は一介の猫だ。だから人間が声達を抑え込んで殺す心情だって理解できないのだ。多分、一生。
そう思いながら隣のカミーユに擦り寄れば、彼は笑って僕の黒い毛並みを撫でた。
「ダヴィドは甘えん坊だね」
彼はまた、次々に人の想いを鳥にして飛ばしていく。僕はその光景を、ずっと眺めていた。
今日もカミーユは届いた手紙を慣れた手つきで飛ばしていく。しかし今日は、カミーユが持つ手紙の束の中、一つだけ手紙ではないものが混じっていた。
手紙じゃないよ、それは何だい? その意味を込めてにゃあんと鳴くと、カミーユが微笑んだ。
「ダヴィド、これが気になるの?」
そうだよ、見せてくれよ。もう一度にゃあと鳴くと、カミーユは意図を察したか、その何かを僕の目の前で掌を開いて見せてくれた。
それは小さな赤い金魚だ。水中ではなく、しかも人の手の中に居たのだから生きていられるはずがないのだが、その金魚はカミーユの掌の上、数ミリ浮いた状態でくるりと回って見せた。驚いて彼の掌の上の金魚を凝視していると、彼が「猫パンチしたらだめだよ」と言ってくる。失敬な。
「これも想いの一つだよ」
カミーユは微笑んで、手紙と同じように――勿論鋏で切ったりはしないで――息を吹きかける。金魚はそうされた瞬間、まるで解放されたかのように飛んで行った。
「形にならなかった想いは人間だけが持つものじゃない。動物にもあるんだ。まあ、動物はあんまりしがらみがないから、数はとても少なくて、珍しいのだけど」
彼は僕の頭を撫でて、再び手紙を飛ばす作業に戻る。
声達は、この時計塔に自然と集まってくるのだという。いろいろな理由で生まれて、死んで――どこにもいけなくなって、時計塔の主であるカミーユに解放してもらうために。
「ダヴィド、今日は大人しいね」
カミーユが僕の喉を擽る。ごろ、と喉を鳴らすと彼は微笑んで、最後の鳥を飛ばした。彼の微笑みは、全て見透かしているようだ。
「ダヴィド。今日はもう中に入ろう。夜から雨らしいから」
僕を抱き上げて、カミーユは立ち上がる。そのまま部屋に向かう彼の肩越しから見上げる空は、確かに曇天であった。
あの空を、僕はどこかで見たことがある。
雨は次の日まで続いた。時計塔の二階の窓から外を眺めていると、雫が窓を叩く音がよく聞こえる。
「雨の日は外に出られないから、ダヴィドは退屈かな」
カミーユが笑いかけるので、僕はにゃあと一つ返事を返す。退屈は退屈だ。雨だと彼が声達を解放していく風景も見られないし、いつも時計塔に居る以外の時間をつぶしているように外を散歩することもできない。
だがそれ以上に、僕は雨が嫌いだ。水に濡れるのが気持ち悪いのもあるが、何より雨の音を聞いているとざわざわして、嫌な感じに自然と尻尾の毛が逆立つのだ。僕の心が、記憶が、どこかに行く。僕を置いてどこかに行く。どこかに行って、帰ってこない気がする。帰ってこないとどうなるのだろう。僕はどこに行くのだろう。カミーユは、窓の外を眺める僕をじっと見ている。
「……そろそろ、やばいかな」
彼がそう呟いた。僕の耳にも言葉は届いたけれど、意味は分からなかった。雨は、夕方には止んだ。
「ダヴィド、今日は一緒に町へ行こう」
カミーユがキャスケットを被って僕に言った。一夜明けて、今日は昨日の雨がどこかに行ってしまったような晴天である。外に行くのは構わないが、カミーユと一緒に行く、というのは初めてだ。カミーユがそう提案したのも不思議で、僕は首を傾げた。
「そろそろ、潮時かな、と思うんだ」
カミーユはそう言って僕の頭を撫でる。どういう意味だろう。みいと鳴いてみるが、カミーユは僕の疑問に気付いているのかいないのかわからない、いつもの朗らかな笑みを浮かべている。
「今まで、別の誰かと関わることなんてなかったから、つい欲張ってしまった。だけどそろそろ限界みたいだ。ごめんね、ダヴィド」
カミーユが僕を抱き上げた。優しい手つきだ。喉を鳴らして擦り寄ると、カミーユは一瞬だけ驚いたように目を丸くして、すぐにふにゃりと笑った。僕の背中を優しく撫でる。
カミーユの言葉の意味は僕にはわからないよ。人間はよくごめんって言うね。悪戯がばれたわけでもないのに、なぜだろう。わからないけど、僕はカミーユが好きだよ。だから謝らなくていいんだよ。
これは僕の本心だけど、カミーユには伝わらないんだろうな。僕はみゃあみゃあとしか鳴けないから。ああ、もどかしいなあ。伝わらないってもどかしいんだ。時計塔に来る声達も、きっとすごくもどかしかったんだろうな。もう一度、にゃあと鳴いて、僕はカミーユの頬をざりりと舐めた。
「……ダヴィド、君の記憶を取り戻しに行こうね」
カミーユが僕を撫でる。この手つきも好きだ。僕はカミーユが好きだ。あの子には敵わないけれど。
あれ、あの子って誰だろう。
どうしてカミーユが、僕の記憶を知っているのだろう?
「君が君自身を知らないと、僕も君を解放してあげられない」
カミーユが僕を抱き上げた方とは反対の手で、時計塔の扉を開く。時計塔の中はお世辞にも明るいとは言えない。そんな暗い場所にいきなり入ってきた太陽の明かりに、僕は目を細めた。
返事代わりに、にゃあと鳴いた。
カミーユが僕を連れてきたのは道路だった。僕の最初の記憶、僕がいつの間にか座っていた路地裏から、少しだけ出た場所。
僕はその道路に見覚えがあった。だけど、どこでここを見たのだろう。路地裏にいたあの日よりもっと前、僕はここを見たような気がする。
「思い出さない? ダヴィド」
カミーユがそう間いかけてくるけれど、思い出すって何をさ。確かに既視感は感じるけれど、僕はこの場所を知らないよ。僕は路地裏から、ほぼ真っ直ぐあの時計塔に行ったんだ。誘われるみたいに。路地裏から時計塔への方向と、路地裏からこの道路への方向は逆のはずだ。時計塔に住み着いてから、町を徘徊はしたけれどこの道路までは来たことがない。
「……うーん、やっぱり、記憶の劣化が大分進んでいるね。放置していた僕が悪いけど……仕方ないから、少し乱暴な手段を使うね。ごめんね」
そう言って、カミーユは僕を下ろして、道路の方へゆっくりと歩いていく。何をしてるんだ、危ないよ。車が来るよカミーユ。みゃあみゃあ鳴いて訴えるも、カミーユの足は止まらない。迷いなく歩いていって、彼は、道路の真ん中で立ち止まった。流石に僕だって驚く。何してるんだ、カミーユ。危ないって言ってるじゃないか。ああ、でも、君にはただ猫が鳴いているようにしか聞こえないんだろう。
ブロロロ、と低い音が地面を揺らした。車の音だ。道路を通って車が来ている。僕には良く分かる。あの日と同じだ。道を歩く人々はカミーユが道路の真ん中に立っていることに気付かないのか? 僕みたいな小さな猫ならともかく、少年が立っていればいくら何でも気付くだろうに。ああ、音はどんどん近付いてくる。カミーユだめだよ。すぐに戻ってきてよ。轢かれたら痛いんだよ。ねえカミーユ、カミーユ! どうしよう、今すぐ君を引っ張って道路から離れさせたいのに、足が動かないよ。枷が付けられてるみたいだ。そもそも僕みたいな猫が引っ張ったって意味がない。ねえカミーユ早く、もう車がそこまで来ているよ。トラックだ、白いトラック。トラックに轢かれたら痛いんだ。すごくすごく痛いんだ。意識がぶっ飛んじゃうくらいに。にゃあう! できる限り大きな声で鳴いた。漸くカミーユが振り向いた。
もうトラックは彼のすぐ横で。
カミーユが僕を見て微笑んで。
いつもの優しい笑顔で。赤色がぶちまけられて、それは、目の前で、
僕の頭で。
ああそうだ。あの日そこにいたのは、一匹の黒猫だった。
「ごめんね、ダヴィド」
カミーユが僕を抱きしめた。暖かかった。
さっきまで道路に居たはずなのに、今僕達が居るのはいつもの時計塔の、いつも鳥を飛ばしている展望台だ。
「ダヴィドのトラウマ、抉るようなことしちゃったよね」
そう謝るカミーユの体に傷はない。どうなっているのだろう。道路に行ったのも、カミーユが轢かれそうになったのも夢なんかじゃないはずなのに。カミーユは瞬間移動でも使えるのだろうか? それでも不思議じゃない気がする。カミーユは元々、想いを解放するなんて不思議な力を使えるのだから。
それに今、そんなことはどうでもいいんだ。カミーユ、僕は思い出したよ。思い出させるためにこんなことしたんだろう。だから謝らないでよ。カミーユの頬を舐めると、彼は少し微笑んだ。
「……思い出せたね、ダヴィド。君が『何』なのか」
ああ思い出したよカミーユ。黒猫はあの日死んだんだ。
今なら思い出せる。『僕』の持ち主の黒猫は、あの日花を咥えていたんだ。
飼い主の女の子に渡したかったんだ。あの子が花が見たいって言ったから。あの子は病弱だった。部屋から出られなかった。だからあの子に花を持って行けば、あの子が笑ってくれると思っていたんだ。
綺麗な花を見つけて、黒猫は浮足立った。軽やかな足取りで家に向かった。早くあの子に届けたかったから、近道をしようと思った。
道路に出たんだ。小さな黒猫の存在に、トラックの運転手はもちろん、町の住人だって気付かなかった。そして、それは一瞬だった。
赤色が広がった。痛くて痛くて仕方なかった。黒猫は泣いていた。痛いよ、痛いよ。このまま死んじゃうのかな。あの子に、届けなくちゃいけないよ。あの子に笑ってほしかったんだ。泣いてほしくなかったんだ。近道なんてしなけりゃよかった。もっと周りを見ていればよかった。
そんな後悔は誰にも伝えられなくて、伝わらなかった声は死ぬしかない。その声の亡骸から、僕は生まれた。そうして時計塔に誘われたんだ。数多の手紙のように、あの金魚のように。そして、カミーユに出会った。
「思い出せたね、ダヴィド。じゃあ準備は整った」
――僕は、己が三年前ダヴィドと名付けた、黒猫の形をした『声』の、頭を撫でた。みゃあ、と『声』は鳴く。
「君を、解放してあげる」
『声』を抱き上げて、息を吹きかける。黒猫の、誰にも届かず死んだ後悔の亡骸は、ふわりと浮いて駆けるように軽やかに、僕の手から離れていく。
空中で、『声』――否、ダヴィドが一度振り向いて僕を見た。金の瞳が優しく僕を見つめて、そうして前を見据えて駆けていく。
彼はどこへ行くのだろう。飼い主の少女の所かもしれない。そう、ぼんやりと思った。
あの黒猫は救われただろうか。そうだといい。死んでしまった声を供養する事こそが僕の仕事だ。誰にも届かなかった後悔の声。どうか、自由になってほしい。
僕がこの仕事を始めてから、数百年が経った。この時計塔が取り壊されて、残った僕。僕という、時計塔の記憶から生まれた思念体。町の人々は僕を知らない。時計塔があったことを知る人すら少ないだろう。
カミーユという名は自分でつけた。この時計塔を設計した男の名だった。彼は時計塔を愛していた。自分の子のように。だから、僕が産まれたのだろう。極東には付喪神というものがあるらしい。想いを込めて使われた道具には、命が宿るという。
記憶と想いで、誰にも見えずに聳え立つ塔。ここには僕に呼応するように形にならなかった声達が集まった。僕はその声を解放することができるのだと、初めてやってきた声に教えられて知った。
数百年間、僕は声達を解放し続けた。解放された声が自由に羽ばたくのを見ると心が晴れた。僕みたいな思念体が心だなんて、おかしいけれど。
声達は皆僕に感謝した。それが僕は嬉しかった。だけどどうしても、僕は一人だった。時計塔の存在を町の人々は覚えていない。仲間と呼ぶべき声達も、僕の手で飛び立っていく。仕方のないことだ。分かっている。
だけど、三年前現れた黒猫の『声』は、自分が何者か分かっていなかった。純粋に僕を、僕が飛ばす鳥達を、綺麗だと言った。ダヴィドはにゃあと鳴く自分が何を言っているのか僕には分からないと思っていたようだけど、本当は全部分かっていたんだ。時々、わからないふりをしたけれど。
だって僕達は同じものだ。誰かの想いから生まれた思念体。
ダヴィドとの日々は楽しかった。とても。初めてできた友達だった。だからなかなか解放することができなかった。君が記憶を失っていることをいいことに縛り付けていた。ごめんね、ダヴィド。だけど今解放したから、どうか許してほしい。
小さな黒い体は暖かかった。その温度を失うのが怖かった。だからなかなか手放せずにいた。手放したら僕の心は冷え切ってしまう気がして。だけど、解放して見たらそんなことはなくて、むしろ、ダヴィドが最後に僕を見たあの金色に、僕の心はまた暖かくなったんだ。
だけどそれも、じつは、当たり前なのかもしれない。だって、友達が幸せだと、こっちも幸せになるものだ。案外、怖がる必要は無かったのだろう。
キャスケット帽を深くかぶり直し、僕は時計塔の奥に帰るため足を進めた。きっと明日も、声は解放を求めやってくるのだろう。
後日、時計塔にやってきた手紙に紛れ、思念体ではないただの花が一輪、密やかに紛れ込んでいたのは――また、別のお話。
時計塔と黒猫の小咄 ミカヅキ @mikadukicomic
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