160 クラリッサや迷宮の魔物たち

 女子会は夜遅くまで続いていた。


「ほぅ、このソースをかけるとまた違った味わいで美味しいのじゃ」


「良く食べますわね。シオンといい、いったいどこにそれだけ入るのか不思議ですわ」


 ムグムグと口を動かしながら楽しそうに食事をするクラリッサを見て呆れるコレット。

 クラリッサは子供のような体つきだが、シオンに次ぐ食べっぷりである。

 ちびっこ二人が次々と空っぽの皿を量産していく様子はもはや何かの手品を見ているようだった。


 迷宮の魔物は、迷宮が邪神の放つ瘴気を変換して生み出したものである。

 普通の生物の理から外れており、瘴気があれば食事を必要としない。

 ただし機能として食事能力を持つ魔物は多く、食事が不可能なわけではない。


 迷宮の中では食事をしてこなかっただけに、迷宮から出た時に食道楽に走る知恵ある魔物は多い。

 クラリッサもそんな魔物の一人だったりする。


 そもそも食事を入れる場所を持たない骨の魔物や無機物の魔物、擬態することでのみ食事が必要になるトシゾウなどのような例外は無数にあるが、クラリッサは自分が人型になれることに感謝したものだ。


「クラリッサさんはご主人様と同じ“知恵ある魔物”なのですわよね。どうして娼館の運営をなさっているのですか?」


 コレットは疑問に思っていたことをクラリッサに訪ねた。

 “普通”に食事をしながら会話ができ、“普通”に店を経営しているクラリッサに興味を持ったからだ。


 歴史上、知恵ある魔物が人族に積極的に関わったことはほとんどない。

 逆に人族が知恵ある魔物に手を出した場合は手痛いしっぺ返しを食らうことが多いため、知恵ある魔物へ人族から干渉することは基本的に推奨されない。


 気軽に知恵ある魔物と話ができるということは、学者などからすれば垂涎の話である。

 コレットの知識の中にある知恵ある魔物と比べ、クラリッサは人間に近いように見えた。


「うーむ、トシゾウから我らの目的については聞いておるかの?」



「ええ。迷宮へ来る冒険者が弱くなったから、その原因を調べて解決するためですわよね」


「ふむ、そこまで聞いておれば話が早いのじゃ。妾の目的も同じじゃな。まぁトシゾウは妾たちのように主…、迷宮主に命じられているわけではなく、利害の一致で協力しているだけのようじゃがな。あやつは本当の意味でイレギュラーなのじゃ。迷宮主も苦労しておる」


「迷宮主とは、迷宮で一番偉い人の事ですか?シロさんとご主人様の会話でときどき出て来た気がします」


「ああ、シオンはミストルと会ったことがあるのじゃな。祖白竜ミストルは極みへ至った竜なのじゃが…、今は迷宮主とトシゾウの間でメッセンジャー扱いされて苦労しておるようじゃな。あれでもミストルは最強の一角なのじゃ。ついでに言えば妾もミストルと同格なのじゃ。それをトシゾウは変なあだ名で呼びおってからに…。まぁそんなふてぶてしさもトシゾウの魅力なのじゃ。迷宮主も実はデレデレなのじゃー」



「さすがご主人様です」


「トシゾウ様、ブレなさすぎですわ」


「え、迷宮主って迷宮で一番偉い人のことだよね。女の子なの?」



「うむ、まぁそのあたりは次の機会にでも話そうかの。一つ言えることは、いつの時代も迷宮と知恵ある魔物は人間の味方をしてきたということじゃ。もっとも、これは人間という種の味方であるだけで、時には国を亡ぼすこともあるがの。人間に生存領域を与え、邪神の力を抑え応用し、いずれは人間が邪神を滅ぼすための道筋を作ることが迷宮の役目なのじゃ。妾たちが迷宮の外へ出るのも、いつも人間を守り導くためなのじゃ」


 えっへんと胸を張るクラリッサ。ドヤ顔である。


「うふふ、クラリッサ様はとても偉い御方なのですね。あ、お口の周りが汚れています」


「うむ、アイシャ大儀なのじゃ」


「なんかすごい話なのはわかるんやけど、なんというか、アレやなぁ」


 アイシャが口の横についた食べかすを拭う様子はどう見ても保護者と子供であった。


「…ここまでの話は、王家の伝承にある過去の知恵ある魔物も言っていたことだね。隠しているわけではないけど、民間にはあまり知られていない話だよ。ボクたちは日々を生き抜くだけで精いっぱいだからね」


「うむ、人間は忘れっぽいからのう。それに時代によって知恵ある魔物の仕事も様々じゃったからの。時には邪神の眷属と混同されたり、邪悪な迷宮からの使者と恐れられたこともあるようじゃ。…まぁそういう理由で妾も迷宮の外に出たのじゃ」



 艶淵狐クラリッサが迷宮から出たのは迷宮主の命令を実行するためで、その内容はトシゾウと同じく迷宮に来る冒険者が減った原因を特定して解決することだった。


「最初の疑問に答えるのなら、娼館を始めたのは“趣味と仕事を兼ねて”じゃな。妾は艶淵狐、元は人間の心を惑わし、それを愉しみ喰らう魔物でありんす。人間の感情が揺れ動くことに悦を感じるのじゃ。トシゾウが宝を集めることに執着を持つのと同じなのじゃ。知恵ある魔物に進化し、迷宮主の眷属となったことでその衝動は趣味で収まる範囲になっておるがの」


 ペロリと舌なめずりし、妖しい視線を放つクラリッサ。

 柔らかそうな尾を体の前に抱き寄せ、口元を隠してくふふと笑う。


「やばい、クラリッサはんエロすぎや。処女ビッチや。ただのロリ狐やと思とったけど見直したわ」


 直後のニヤリとした表情からそれが演技だとわかったが、その一瞬だけは確かにこれまでの子供のような仕草から一転、妖艶な雰囲気を纏ったことにアイシャを除く全員が驚かされた。


「なっ、ビッチとロリは禁句なのじゃ!妾だって本当ならもっと大人に擬態したかったのじゃー!」


「あ、いつものクラリッサさんに戻りました」


「歴史書に出てくる知恵ある魔物は人型がほとんどだけど、やっぱり擬態だったんだね」


「まぁキツネやしな」


「よしよし、クラリッサ様はとても可愛らしいですよ」


「ううっ、アイシャの慰めが心に刺さるのじゃー!


「うふふ」

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