161 秘密の多い迷宮
「…というわけで、冒険者たちから情報を集めたり、冒険者は色に弱いゆえ、ユーカクを励みに迷宮探索を活発化させようと思っての」
落ち着いたクラリッサが説明を続ける。
迷宮の外で生活をするにあたって、人の感情が揺れ動く場所をクラリッサは求めた。
他にも賭場や危ない薬屋などの候補を考えたらしいが、目的やリスクを考えて娼館に落ち着いたらしい。
「なんだか遠回りな気がします。クラリッサさんなら冒険者ががんばるように幻覚をかけて回るとか、偉い人を洗脳したほうが早そうです
「あとは私腹を肥やして冒険者を食い物にする者たちを洗脳、あるいは暗殺して回るのも良さそうですわ」
シオンとコレットが真顔で改善案を提示する。
「お主ら、かわいい顔して容赦ないのう。思考がトシゾウに似てきている気がするのじゃ」
「本当ですか?嬉しいです」
「褒めてないのじゃシオン。まぁそういった手も考えないでもなかったが、それでは結局長続きはせんし、どうしても限界がある。仮に妾の力で強制的に障害を取り除いても、人間の自浄作用が死んだままでは10年もせんうちに元通りじゃ。もっと長い目で、根元から問題を解決しなければならなかったのじゃ。その点トシゾウは人間の組織を作ったり、思想そのものが変わるように行動しておるのじゃ。抱かれたいのじゃ」
「知恵ある魔物でもいろいろ違いがあるんやな。ウチは知恵ある魔物といえばトシゾウはんしか知らんかったら、知恵ある魔物はみんなあれくらいできるのかと思とったで」
「あやつは例外も例外じゃ。もともと知恵ある魔物と人とはいろいろと感覚が異なるからのう。妾以外にも派遣された者はおるが、ほとんどの者は使命を達成するまでの道筋をまともに考えられておらんのじゃ。知恵ある魔物と言ってもその程度のものでありんす」
「うふふ、でも私は、私たちのような娼婦はクラリッサ様に救われました。ユーカクで働くまでは辛いことがたくさんありましたから…。クラリッサ様には感謝しています」
「うむ、妾に感謝すると良いのじゃー」
アイシャに頭を撫でられながらドヤ顔で腕を組むクラリッサ。
どう見ても子供が偉ぶっているようにしか見えないが、彼女が知恵ある魔物として幾人もの人間を救ったのは事実である。
「なるほどな。ウチも商売のタネに知恵ある魔物の行動を調べたことはあるんやけど…、その時は意図のわからん行動の多さに早々に理解するんを諦めたんや。しかし特に意味のない趣味の行動もあったと言われると納得がいく話も多いな」
「知恵ある魔物から迷宮について教えてもらえるなんて凄いことだよ。歴代の王族でも知恵ある魔物とここまで深い話をした人は少ないんじゃないかな」
「ちなみに迷宮と邪神の詳しい関係とか、邪神はどこにいて、邪神を倒せばどうなるとか、特殊区画と領地の関係性についても聞けば教えてくれますの?」
一度は自分の領地が荒野に呑まれそうになったこともあり、コレットは迷宮の仕組みなどについて詳しく知りたいと考えていた。
トシゾウに聞いてみたこともあるのだが、トシゾウは蒐集に関係のない話には興味がなく、さらに迷宮主がうるさいから途中から話を聞いていないらしい。
クラリッサの話を聞く限り、迷宮主は知恵ある魔物よりも上位の存在であることは間違いない。
コレットは迷宮主がうるさいからといって無視を決めこむことができる自分の主人の力に改めて関心するやら呆れるやら、複雑な心境であった。
「うーん、残念ながら妾も全てを知っているわけではないし、答えても良い情報とそうでない情報があるのじゃ。迷宮は人間の力を育てる場所でもあるから、そういうのも含めて人間の力で明らかにしなければいけないのじゃー」
「なるほど、残念ですが仕方ありませんわね」
あっさり引き下がるコレット。
もともと望み薄であったし、迷宮の真実を知ったからといってそうそうできることがあるとも思えない。
それに今は頼れる主人もいるため、コレットはそれほど深刻に悩んではいない。
「まぁ、迷宮は人族に試練を与えることもあるが、基本的には人族の味方なのじゃ。何せ迷宮は人間が…、いや、まぁ主らは邪神を討伐するために励むが良いのじゃ。冒険者ギルドじゃったか。あれがこのまま発展すれば、ひょっとすると案外早い話かもしれないのじゃ」
クラリッサの言葉に全員が頷く。
冒険者ギルドがオープンしてからのラ・メイズの変化は著しいものがある。
その変化が他の領域にも広がっていくのは時間の問題であり、それに伴い迷宮の探索が進むことは確実であるからだ。
「いやー、ここに爺や学者がいたら興奮して腰を抜かしそうな話ばかりだね」
あたしゃ幸せな王女だよとおどけるサティア。
風見鶏の寄木亭は秘密の話をする場合に備えた配慮も満点であるゆえ、この場に参加している者以外に声が伝わることはない。
従業員も最小限だ。
今周囲にいる者は、ベルの音が届く位置に控えているラザロと、部屋一つ向こうにあるズラリと陳列されている酒の前で何やらシャカシャカと手を動かす男性のみである。
「…所で先ほどから向こうでカクテルを作っている男、迷宮から出たころに見たような気がするのじゃが」
ふと気づいたように首を傾げるクラリッサ。
「ああ、ボクの父さんだよ。冒険者区画にもいくつか銅像が建っているからそれを見たのかもね。今はラザロおじさんの元でお手伝いをしてるんだ。貴族に特殊な毒を盛られていたんだけど、トシゾウが治してくれてね。それでしばらくはその貴族を泳がせるために治ったことを伏せていたんだけど、その間に遊びを覚えちゃったみたいでね。どうせ俺がいなくても回るんだから弟と一緒にしばらく遊びたいってわがまま言いだしてね?
「ふむ、王様は人間の中でも偉い者だと聞いておったのじゃが、あれは何か重大な仕事なのかや?」
「いやー、ただカクテルを作っているだけだよ。お父さん、バーテンになるのが夢だったんだって。わが父ながらシブイよね」
「あわわ…、領主の任命式以来ですわ、このような場で…」
「あー、気にしないでいいよコレット。むしろ下手に敬ったら、今の俺はバーテンだ!って怒られると思う」
「は、はぁ」
「ボクも仕事押し付けられちゃって大変だよ。でも父さんは苦労してきたからね。重大な問題はトシゾウが解決してくれたから、今は将来のためにボクががんばっているんだ」
まぁ、実際は爺に頼りきりなんだけどねと笑うサティア。
爺とは言わずもがな、ダストン宰相の事であるのだが、爺の涙ぐましい努力はこの場で語られることはないのである。
トシゾウの傍にいて常識の通じない事態に免疫ができているコレットだが、さすがに現役の王様が最高級とはいえただの一店舗でバーテンをやっているというのは衝撃が大きかったようであり、固まっている。
「すごいシャカシャカしてます。あ、色が変わりました。良い匂いがします」
王様が振るカクテルに合わせて目線が上下するシオン。
「ははは、やっぱりトシゾウはんとおると退屈せえへんなぁ」
良い感じに酔っぱらい、楽し気に笑うベルベット。
「王様…ですか?すごく板についているような気がしますが…どれだけ偉い方でも息抜きは必要ですものね」
次々と登場する大物たちに驚くアイシャだったが、持ち前の包容力で目の前の本来なら考えられない状況を飲み込んだ。
ダユー、いわゆる高級娼婦であるアイシャの顧客には貴族や富豪も多く、その辺りの苦労話はよく耳にするので王様でも同じようなものなのだろうと納得したのだ。
シャカシャカシャカ…ッターン!
素人目にも鮮やかな手つきでカクテルを作り上げる王様の様子は、彼の情熱と確かな技術を感じさせたのであった。
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