151 屋台のオヤジはハイオークの肉を焼く

「おじちゃん、串焼きください!」


「あいよ、2本で2コルだ…って、シオンの嬢ちゃんじゃねぇか。隣のべっぴんさんは友達か?」


「うん、私の親友のコレットです」


「こんにちは」


「おう。コレットっていうと、もしかして人族の新たな勇者様か?そうか、勇者様が二人でウチの串焼きを買ってくれるたぁ、嬉しいじゃねぇか」


 髭面のオヤジは大きな手で器用に串焼きを回転させながらガハハと笑う。


「シオン、この方はシオンのお知り合いですの?」


「うん、トシゾウ様と迷宮から出て、初めて買ってもらったのがこの串焼きなの。すごく美味しくて、今でもよく買いに来るの」


「へぇ」


「はいよ、いっちょあがりだ」


「ありがとうございます」


「いただきますわ」


 串焼きを受け取ったシオンとコレットは勢いよく肉にかぶりつく。

 焼き立ての肉が香ばしい香りを放ち、振りかけられた香辛料がピリリと利いている。

 新鮮な肉は噛み応えを残しながらも柔らかく、噛むたびに肉特有の甘みが溢れてくる。


「うん、美味しいですわ。…でもおいしいけど、普通の串焼きですわね」


「おう、調理には自信があるが、特に変わったことはしていないからな。だがそれが一番美味い食い方だから仕方ねぇ。むしろシオンの嬢ちゃんがどうしてわざわざここで買ってくれるのか不思議なくらいだ」


「美味しいです」はぐはぐはぐ「特別な味です」


「もう、飲み込んでから喋りなさいな。はしたないですわよ」


「がっはっは、それだけ勢いよく食べてくれると作った方も気分が良いってもんよ。しかしこうして見ているとかわいいだけの普通の女の子に見えるんだがなぁ。見た目と強さの差がいくらなんでも大きすぎるだろう。初めてウチの店に来た時はガリガリで貧相な装備だったのに、あの旦那はよほど良物件だったようだな」


「トシゾウ様は最高のご主人様です」


「間違いねぇな。無一文でガリガリだったガキが友達連れて串焼きを買いに来れるようになることなんざまずないことだからな。それどころか今やそのガキが勇者たぁ、何の冗談かと思ったぜ」


「たしかに話を聞いただけなら信じられないですわね」


「はぐはぐ。まるでおとぎ話みたいです」


「シオン、あなたの話ですわよ」


「そうだな、普通なら信じねぇだろうよ。だがシオンの嬢ちゃんの活躍を自分の目で見た奴は多いからな。信じざるを得ないってもんよ。俺も迷宮に潜るんだ。これでも10層まで潜れるんだぜ。スタンピードの時は変わった出店がたくさん出るから、ウチみたいな普通の串焼き屋はそれほど儲からねぇ。だから冒険者としてスタンピードに参加してたんだ。白竜が出た時はぶったまげたが、それを嬢ちゃんが蹴りでぶっ飛ばした時には開いた口が塞がらなかったもんよ」


「私も見てみたかったですわ」


「嬢ちゃんはかっこよかったぜ。っと、ほら、これはオマケだ食っていきな」


 新たに焼いた串焼きを二人に差し出すオヤジ。


「ありがとうおじちゃん。はぐはぐはぐ」


「あ、こっちのお肉の方が美味しいですわね。さっきのよりも上品な旨みがありますわ」


「私はいつもの肉の方が好きです。思い出の味です。でもおいしいです。はぐはぐはぐ」


「おうわかるか。二人とも良い舌をしてやがるな。いつもはオークの肉を仕入れてるんだが、今度からハイオークの肉を追加することにしたんだよ。冒険者ギルドができてからこっち、素材の流通が増えているからな。ほぼ同じ金で素材のグレードを一つ上げられるようになったんだ。これはすげぇことだぜ」


「値崩れなどはありませんか?」


「おう、それほど混乱は起こってないみたいだぜ。素材の出所はすべて冒険者ギルドだからな。王族も噛んでるらしいし、おそらく流通量をうまくコントロールしているんだろう。普通なら不可能な芸当だが、あれだ、無限工房とかいうのがあれば無限に保存できるし、肉が腐ることもないらしいからな。在庫にコストがかからないなら、あとは値崩れしないように流通量と値段を設定するだけで良いわけだ」


「そういえばそんなサービスも始めると言っていましたわね。たしか…」


 無限工房の貸し出しサービスは、トシゾウが冒険者ギルドのメインサービスの一つとして始めたものだ。

 トシゾウは自分に一定の忠誠を持つ者に無限工房の一部スペースを開放することができる。

 その能力を応用し、誰であっても無限工房へ収納できる魔道具を開発した。


 魔道具の開発は無限工房があれば可能であるらしい。

 技術的なことはコレットには理解不可能だが、トシゾウのやることの全てを理解することはとっくに諦めているので問題ない。

 コレットから見ればそんな芸当ができるのになぜそれで宝を自作せずに外へ求めるのか不思議であったが、トシゾウ曰く自分で作った魔道具にはそれほどの価値を感じないらしい。



 冒険者は魔道具を冒険者ギルドから借り、迷宮で倒した魔物の素材で持ち帰れない分を無限工房に転送することになる。

 そして迷宮から戻った時、担当のギルドメンバーに依頼し、転送した素材をギルドに買い取ってもらう。


 ただし、一度無限工房に入れた素材を取り出して受け取ることはできない。

 転売による悪影響を防ぐためだ。

 素材の買取価格は普通に持ち帰り売却するよりもはるかに安い値段にしかならないが、それでもこれまで諦めていた素材を持ち帰ることができるため、冒険者の収入は劇的に向上した。


 他にも、冒険者ギルド以外で素材を取り出すことができないため無限工房を利用した行商なども不可能だ。

 それをするとさすがに経済に無視できない混乱が生じるため、行商に利用するとしても相応に段階を踏んでからになるらしい。


 素材の流通過多で経済が崩壊しないように、細かい部分はベルや学識のある者たちが協力して相場の調整を行っている。

 永久保存の倉庫と、国家予算を補って余りあるトシゾウの資金力によりなせる業だ。


「…ということらしいですわ」


「偉い奴の考えることはわからん。良い肉をどんどん売れるんならそれで良い」


「はい、拾い屋のみんなもお腹が空かなくて済むし、みんな元気に迷宮に潜れるようになって嬉しいです。ご主人様は最高のご主人様です」


「そうですわね。日々を豊かに生きていけることが何より重要ですわ。私も領主として見習わないといけませんわね」


 普通に生活する庶民にとって、衣食の足りた穏やかな生活が第一である。

 暴君が権力を握るならともかく、名君が権力を握る分には不満も出ないのだ。


「まいどあり!また食べに来な」


「うん、また来ます」


「はは、次に来るときには勇者を通り越して神様にでもなっちまってるんじゃないか」


 髭面オヤジのジョークを流しつつ、二人は冒険者区画を後にした。


 トシゾウ、サティア、ベルが経済を支配する限り、この発展は続いていくことに疑いはない。

 はるか未来に暴君が現れて人間が衰退しそうになっても、おそらくはトシゾウの手間が少し増えるだけの結果に終わるだろう。


 良い意味で話は完結している。

 超越ミミックが人類を調教する限りラ・メイズは永遠の黄金期を謳歌することになるのだ。



「串焼きは美味しかったけど、二本も食べたから少しお腹が張りましたわ」


「それなら王城の広場で運動をすると良いです。ドルフ軍団長さんにいつでも遊びに来ていいと言われてるの。友達も歓迎だって」


「運動?それも楽しそうですわね。せっかくだし王城の観光がてら腹ごなしをしましょうか」


 まだ上がったレベルに体が馴染んでいないし、素振りかランニングでもしようかと考えるコレット。


「コレットと運動するのは特殊区画に潜った時ぶりなので楽しみです」


 シオンは楽しそうに笑い、コレットの手を引いて王城へ向かった。

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