152 シオンとコレットは運動する

貴族区画 王城前広場


「来るぞぉお!前衛は槍衾を組め!後列は火魔法だ!範囲攻撃で良い、殺す気でやれ!」


「第二部隊突撃、攻め続けろ!隙を作れぇ!」


「うぉぉぉぉお!」


 ドゴォォオォン…


「ぎゃああああ!」


「軍団長、ビクター殿が吹き飛ばされました!」


「ちっ、あいつは減俸だ!第一部隊長が代わりに指揮を執れ!気を抜くな!」


「はっ!」



 雲一つない空、秋の心地よい風が涼し気に吹き抜ける。

 ここにトシゾウがいれば、運動会を開くには絶好の日和だと考えるだろう。


 もっとも、その爽やかな空気は暑苦しい叫びで吹き飛ばされていた。


 槍と弓が飛来し、一帯を火魔法が焼き尽くす。

 それではまだ足りないとばかりに、全身鎧を身に着けた屈強な男たちが宙を舞う。

 風に舞う木の葉の代わりというにはあまりに物騒な光景であった。


「こっちです」


 魔法の集中着弾により焼け焦げめくれ上がった場所にシオンはいない。

 その事実を認識する前に、複数の兵士が気を失い倒れ伏した。


 一方コレットは動かない。シオンへ向けられたものと同数の槍と炎の雨が降り注ぐ。


「凍りなさい!」


 青龍のレイピアへ魔力を込め、弧を描くように薙ぎ払った。

 その斬撃は原色の青色の輝きを放ち、精製された氷の礫が無数に迫る攻撃を迎撃していく。


 槍は弾かれ、火弾と氷の礫は対消滅した。

 人族が魔道具の力を借りずに使えるのは火魔法だけだ。

 高いレベルと高性能な魔道具により氷の魔法が使えるコレットは、対人族の戦いにおいて大きなアドバンテージを持っている。


「な、火弾が氷に掻き消された!?いったいどれほどの力量差があるのだ…だがまだだ」


 直後、コレットの周囲を埋め尽くすように炎が燃え上がる。

 火壁、そして一部の熟練魔法使いによる火陣の魔法だ。


「よし!一撃入れたぞ!」


 魔法使いたちは思わず拳を握る。

 火弾と槍の雨は範囲魔法発動までの足止めだ。


 火陣が発動した以上、普通はそこで勝負が決まる。

 複数の魔法使いによる広範囲魔法を回避することは不可能であるからだ。


 とはいえ相手は勇者、せいぜい火傷を負わせるぐらいで死にはしないだろう。

 だが足を鈍らせるには十分だ。あとは間髪入れずに追撃をかけ続ければよい。


 槍の林により動きを止め、強力な魔法で殲滅する。

 これは荒野に強力な魔物が出現した際に選択される最も基本的な戦術だ。

 指示を出す魔法使い自身、まさか人間を相手に使うことになるとは思っていなかったが、勇者が相手ならば当然の選択だと言えるだろう。


「気を緩めるな、次の詠唱には、い…れ…!?」


 追撃の指示を出そうとしたところで、魔法部隊の指揮官は体の違和感に気付く。

 舌が回らない、手足の感覚がない。視界が霞み、音が遠ざかっていく。


「…だ…か、からだ、が…」


 ボヤける視界の隅で、部下たちが同様に体温を奪われて動きを止めていくのが見えた。

 視線を正面に向ければ、たった今火陣で飲み込んだはずの相手が無傷で立っている。

 躱されたのか、あるいは火傷すら負わせることができなかったのか指揮官には判断がつかなかった。


「あ、いけない、完全に凍らせてしまうところでしたわ。やはりゼベルは強かったのですわね」


 火弾との対消滅を免れた氷の礫が指揮官に命中していた。

 とても小さな礫だ。だがそれは人一人の体温を根こそぎ奪い去るのに十分な魔力を宿していた。


 魔法の習得の有無は別として、レベルが上がれば魔力は上がる。

 同時にレベルの差は抵抗力の有無にも直結する。

 同レベルの中では魔力に秀でる魔法使いであっても、レベルの差を埋めることはできない。


「そこまで!」


「「「お相手して頂きありがとうございました!」」」


「こちらこそありがとうございました。良い鍛錬になりましたわ。…いきなりでしたが」


 兵士と同じく、深々と頭を下げて礼をするコレット。

 良い運動になりましたとは言わない。コレットは空気を読める勇者である。


 それに自分の力が自分だけの努力で得たものではないことを知っている。

 悪い言い方をすればズルをしているということだ。

 目の前で頭を下げてくれている兵士は、本来ならコレットよりも強い存在なのである。


 力は力、必要な時に使うことに躊躇いはないが、それを自分の力と勘違いして振りかざすことなどあってはならないことだ。コレットはそのことをよく理解している。



「おう勇者サマ方。兵士の相手をしてくれて感謝いたしますぜ」


 ほとんど実戦とも言える模擬戦を終えた後、大柄の男がシオンとコレットに話しかけた。

 男の名はドルフ。人族において兵士のトップである軍団長を務めている。

 鍛え抜かれた身体と、兵士を統率する軍団長としてのカリスマを持っている。


「はい。みなさん、前よりも強くなっていたと思います」


「一斉に魔法が飛んできてびっくりしましたわ。そのまま遠征軍を編成できそうですわね」


「そうですな、結果は相変わらずだが、兵士の練度が上がっていることは間違いねぇでしょう。迷宮にも頻繁に派兵していますからな。白銀の勇者様に褒めてもらえればやつらも喜ぶでしょうぜ」


「あと、名前は普通に呼んでほしいです。話し方も」


「私も勇者呼びはむず痒いので、シオンに同じですわ」


「そうか、敬語は面倒だから助かるぜ。俺も貴族の端くれなんだが、兵士をやってるうちに敬語を忘れちまってな。敬語になってないと良く言われちまうんだ。俺のこともドルフと呼んでくれ」


「わかりましたわ。ではドルフ、広場を歩く女性にいきなり襲い掛かるのはどうかと思いませんか?」


「はははっ、いくら血の気の多い兵士でも、普通の女にいきなり襲い掛かったりはしねぇ…い、いや今のは言葉の綾ってやつだ。別にあんたのことをデコピン女だといったわけじゃねガフゥッ!?」


 失言を重ねたドルフは体をくの字に折り曲げて飛んでいった。


 レイピアの腹でドルフを強打したコレット。

 にこやかな笑みのままで打ち出したボールの行く末を見守った。


「コレット、今のは間違った力の使い方だと思います」


「ええシオン、私としたことがついうっかり力に溺れてしまいましたわ。後でトシゾウ様に謝罪するとしましょう」


「間違うことは誰にでもあるから仕方ないです」


「ええ、そうですわね」


 ドォォ…ン


 二人が和やかに会話を終えたころ、何かが激しくぶつかる音が遠くから響いた。


「あぁ、ドルフ軍団長が壁に強烈な突っ込みを…いや突っ込んで…」


「お、おい、へしゃげているぞ」


「内臓破裂、背骨粉砕骨折、頭蓋骨一部陥没…、エリクサーでなんとか治る範囲ですね。良かったです」


 シオンの白い耳がピクピクと動いた。どうやら即死は免れたらしい。

 ドルフはあれで一流の戦士なのだ。


「シオン、行きましょうか。…それと“運動”という言葉の意味について、今度話し合いましょう」


「?…うん。あ、次は工房区画です」


「そう。ラ・メイズ製の武器を見るのは楽しみですわ」


 何がへしゃげているのかは確認するのが面倒なので、シオンとコレットは次の目的地に向かって歩きだした。


「あ、あれが新たな人族の勇者か。なんという力だ」


「金髪の美人さんなのに、ドルフ軍団長を一撃で吹き飛ばすなんて。やばい、俺ファンになった」


「お前に好かれても別に喜ばないと思うぞ」


「うるせぇ、それより二つ名を追加しないとな」


「そうだな、たしかコレット様ファンクラブによると…」


「デコピン、蒼久、誅殺、再来、嵐蛇殺し、パーフェクトガール、だったか。まだ本決まりはしていないようだ」


「デコピンは怒りに触れるから指弾にするのはどうか」


「いや、あれはあくまでも手加減のために使っただけだから微妙だろう。それよりも嵐蛇殺しは安直だから祓魔蛇殺というのはどうだ」


「おぉ、なんという勇猛な響きだ。あとはシオン様のように色で表現するべきだろう」


「では金蒼氷結の天閃というのはどうだろう」


「「それだ」」


「お、おい、なんでもいいから早く回復してくれ。本当に死ぬ…し…」


「ど、ドルフ軍団長―!俺が軍団長の後を継いで立派にやっていきますぜ!安心して見守っていてください。空から!」



「きんそーひょうけつのてんせん?なんですのその頭痛が痛いみたいな言葉は。…え、私の二つ名!?い、嫌ですわ!デコピンとパーフェクトガールも嫌ですわ。他もどうかと思います」


「全部素敵だと思います」


「なら今度からシオンのことを白牙狼嵐・銀閃の奔流・白き雷・祓魔竜滅の銀撃のシオンと呼びますわ」


「な、なぜそれを…やっぱり今のはなしです。蒼久でいいと思います」


「まぁその辺りが妥当ですわね。ところで蒼久ってどういう意味ですの?」


「武器と目が青いのと、粘り強く戦うから蒼久らしいです。よくわかりません」


「も、もうそれで良いですわ。デコピンよりはマシですし」


 げんなりとした表情になるコレット。


 コレット本人の意向はどこからかコレットファンクラブのメンバーに伝わり、コレットの二つ名は【蒼久】で広まっていった。

 人族の勇者【蒼久】のコレットの活躍はまだ始まったばかりなのである。

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