150 服屋の店主は棚ぼたを貪る

「すごい、レインベルの水上マーケットのような活気ですわね」


 雑多な屋台が立ち並ぶ冒険者区画を珍しそうに眺めながら歩くコレットと、コレットの様子になんとなく得意げな表情を浮かべるシオン。

 気持ち良い秋晴れのラ・メイズを二人の有名人が歩いている。

 最初の目的地は王城だ。


「シオン様だ。今日は私服だぞ」


「か、かわいい…ハァハァ」


「となりはもしかしてコレット様かしら」


「ああ、この前シオン様と一緒に獣人を倒した人族の勇者か。たしか指一本で屈強な男を弾き飛ばせるらしい」


「あっ!シオン様ですぅ。私も一緒に…」


「換金が先だ。ケガもしているだろう」


「痛いですぅ!傷が開くですぅ!」



「…なんだかすごく人目を感じますわ」


「みんな私たちの噂をしているようです。もう慣れました」


 大通りを歩く二人は早くも注目を集めていた。

 二人が有名なのは事実だが、道行く人も最初から二人の正体に気付いているわけではない。

 最初に注目が集まるのは、二人の優れた容姿によるものだ。

 すれ違った麗しい女性に思わず振り返り、その正体に気付いて視線が釘付けになるのである。


「レインベル領ならともかく、ラ・メイズで注目されるのは少し落ち着きませんわ。目立たないようにローブでも着込みましょうか」


「それならあっちに服屋さんがあります」


 二人は小さな目的を追加し、冒険者区画探索を楽しんだ。



「まいど!」


 シオンとコレットは屋台でローブを物色する。

 適当なパイプをつなぎ合わせて作った安っぽい陳列台に、茶褐色や濃い緑色などの目立たない色合いの服が無造作に陳列されている。

 半分は古着で、染みやほつれのあるものも多い。


 普通、立場のある者が冒険者区画で衣服を買うことは少ない。


 冒険者区画は掘り出し物が転がっているものの、防具でもない衣服については冒険者や一般の労働者が買い求めるような安物の品が多いからだ。

 貴族や富裕層は専ら貴族区画の高級店や御用商人を利用する。


 領主と副ギルドマスター、さらに勇者の肩書を持つ二人は、すでに格の上ではその辺りの貴族に勝っている。

 屋台で安物のローブを求めるというのは常識から外れているのだが、二人はそれを気にすることはない。


 コレットは自覚があっても見栄より実を取る。

 見栄が必要な時もあることは知っているが、その必要がなければ華美な服装にそれほどの興味は持たない。


 シオンはまだ自分の格について自覚が薄い。

 シオンが拾い屋であった頃は、屋台の衣服ですら手が出ないほど高価な品だったのだ。


「シオンにはこの草色のローブの方が似合っていますわ」


「うーん、でもちょっと高いです。それよりこっちのフード付きの方が丈夫そうです」


 見た目は二の次で、縫製や値札ばかりに目をやっているシオンに苦笑するコレット。


「もう、シオンはよく働いているし今はお金持ちなんだから、少しくらい贅沢しても罰は当たりませんわ」


「うん…。お給料も頂いているし、自分で稼げるようにもなって。ご主人様にもお金の遠慮をする必要はないと言われているんだけど…。拾い屋の時にこれを買おうと思ったらどれだけ大変か考えると手が引っ込んじゃうの」


「ふふ、シオンらしい。私も仕事柄お金を使う時は使うけれど、必要ない時は使いませんもの。…でもトシゾウ様の隣にいるのなら、お金の使い方も覚えていかないといけないわね。隣に立つ者がボロボロの服を着ていたら、トシゾウ様の格を落とすことになりますわ」


「そ、それはダメです。コレット、またいろいろ教えてください」


「もちろんですわ。まぁ今日はお忍びですし、目立たない新品のローブを買いましょう」


「うん、わかった」


 シオンとコレットの主人であるトシゾウは、すでに経済をコントロールできる立場にいる。

 極端に言えば金などいくら使ってもなくならないし、むしろ派手に使うことで経済が活性化するくらいだ。

 それを頭では理解しつつも、昔の貧乏性が抜けないシオンであった。


 あれでもないこれでもないと、立ち寄ったお店の半分の商品をひっくり返した二人は最終的に頭をスッポリ覆うフード付きのローブを購入した。地味だが新品だ。


 装飾もほとんどない目立たない色合いのローブは二人を街に溶け込ませる。

 町娘の姉妹のようになった二人は、ニコニコしながら去っていった。


「おい店主、俺にも服を一着くれ!」


「シオン様と、シオン様と同じローブをください!」


「まいど!これはちょいと高いよ!」


「かまわん、売ってくれ!」


 商魂たくましい屋台の店主はシオンとコレットが買うか悩んだ服を一斉に値上げし、二人の様子を遠目に見守っていた者たちにすべて売りつけることに成功したのであった。

 思わぬ幸運に恵まれた店主は早めに店を畳み、馴染みの酒場へ飲みに繰り出した。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る