149 休暇宣言 シオンたちの一日
「え…、お暇…ですか…?」
「うむ、そのようなものだ」
「そ、そんな」
トシゾウから休むように告げられたシオンは目の前が真っ暗になる。
「よく働いてくれているから息抜きに…」
少女の敬愛する主人が言葉を続けているが、あまりのショックで続きが頭に入ってこない。
スタンピードの時にトシゾウからもらった【永久の指輪】を強く握りしめる。
シオンにとって一番の宝物から返ってくる感触が、気を失いそうなシオンの意識を繋ぎ止めた。
何か粗相をしたに違いありません。
そうでなければ優しいご主人様がそんなことを言うはずがないのです。
精いっぱい謝れば許してもらえるでしょうか。絶望の淵から自分を助けてくれたご主人様。もし見捨てられたら私は生きる意味をなくしてしまいます。それなら、いっそご主人様の手で…。
「…たまには一日休んで、コレットや友人たちと買い物にでも行ってくると良い…おいシオン、聞いているのか?」
「ご、ご主人様!私を見捨てないでください!ご主人様に捨てられたら私は生きていけません。お、恩もまだまだお返しできていないです。なんでもします。お願いします。い、一生離れたくないです」
トシゾウに縋り付き、必死に嘆願するシオン。
その姿は主人に置いて行かれる子犬のようであった。
「…落ち着け、何か誤解があるようだな。シオンは俺の宝だ。お前が望まない限り手放したりしない」
「…よ、良かったです。あ、ミサンガ…」
緊張からの安堵で腰砕けになり、ヘニャリとへたり込む。
シオンはトシゾウの言葉と、トシゾウの足首に自分が贈ったミサンガが着けられていることに気付いて平常心を取り戻した。
「…ということがあったんです。私の早とちりでした」
「シオン、あなたどれだけトシゾウ様のことが好きですの…?」
親友の話にドン引きするコレット。
自分も似たような醜態を晒したことがあるのだが、それには努めて気付かぬふりをする。
この小柄な親友と彼女の主人である宝箱との絆は疑いないのだが、それでも暇を与えると言われたくらいで動揺するのはやはり共に過ごした時間がまだまだ少ないからなのだろうか。
この世界での労働関係の多くは、前世でいうところの徒弟制度に近い。
奴隷と主人、あるいは師と弟子の関係ならばなおさらだ。
師と24時間を共にするものであり、週休二日制など考えもしない。
しばし休暇を与えると言われれば、それは半ばクビだと言われているような感覚であった。
「トシゾウ様は違う世界で人間だった時の記憶があるらしいですが、私たちの常識を知っているようで知らないところもあるのかもしれないですわね」
気軽に休みを提案したトシゾウと、それを激しく勘違いしたシオンの一幕であった。
「まぁ誤解だったようで何よりですわ。せっかく頂いたお休みなのですから、今日は一日楽しみましょう」
「うん!コレットと出かけるの楽しみです。でもいきなり誘って大丈夫だった?」
「もう、余計な心配は無用ですわ。トシゾウ様の命令で動いているときはあんなにも勇敢で凛々しいのに、自分のことになると途端に弱気なんだから。迷賊に捕まっていた時のことを思い出しますわ」
「あ、あの頃よりは強くなってます。もうコレットに八つ当たりなんてしないし、迷賊なんてけちょんけちょんなんだから!」
「はいはい、そうですわね」
「コレットが子ども扱いする」
頬を膨らませるシオン。
トシゾウの隣ではがんばって大人ぶっていることもあるが、今のシオンはコレットの良く知るシオンだ。
頑張り屋で、他者の気持ちに沿うことができて、優しくて。
だけど時々ガンコで、主従関係にはこだわりがあって、芯の通った強さを持っている女の子。
シオンは迷賊に捕まっていた時にコレットに辛く当たったことを悔やんでいるようだが、コレットからすればシオンがいてくれてどれだけ救いになったかわからないほどだ。
レインベル領を救うために駆けつけてくれたことにも本当に感謝している。
苦境を乗り越えてきた親友であり、一人っ子のコレットにとってどこか妹のような存在。
それらすべての気持ちを込めて、コレットはかわいい親友の頭を優しくなでた。
コレットはレインベル領の領主として多忙を極めている。
本来ならレインベル領から離れることなどできないのだが、トシゾウから贈られた【転移のイヤリング】があればレインベル領からラ・メイズまで一瞬で移動することができる。
とはいえ忙しいことには違いなく、本当はシオンから誘われた時も断ろうとしたのだが、執事や周囲の者に背を押され、貴重な休日を確保し今に至っていた。
「ラ・メイズをゆっくり見て回るのは初めてなのでとても楽しみですわ」
「コレットはどこか行きたいところはある?」
「うーん、せっかくなので王城を見てみたいですわね。あとはシオンに任せますわ」
「わかった。じゃあ最初に王城へ行こう?」
シオンとコレットは休日を最大限楽しむべく動き出した。
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