139 獣人優遇の弊害
「ぐっ…!」
戦闘班の一人が獣人の蹴りをまともにくらい地面に膝をつく。
周囲にはすでに数名の兵士が倒れていた。
「相変わらず人族の兵士は腰抜けどもばかりか。しかし獣人まで我らを止めようとするとはどういうことだ」
「何が戦闘班だ。しょせんは荒野から逃げ出して人族に媚びる弱虫どもということか。奴らは獣人の誇りを忘れてしまったらしい」
「お前らの代わりに俺たちが冒険者ギルドを盛り立ててやろう。さっさと副ギルドマスターのシオン殿を呼んでこい」
兵士や戦闘班のことを口々に罵る獣人たち。
灰色の耳と尻尾、しなやかだが要所は強靭な筋肉に覆われた体つき。
灰狼種だな。レベルは13~17と言ったところか。かなり戦い慣れているようだ。
人族のベテラン兵士はレベル10ほど、一流だと15ほどであり、獣人内ではかなりの精鋭部隊であることは疑いない。
曲がりなりにもギルドの列にいたということは、登録希望者たちなのだろう。
優れた他種族冒険者の参加は歓迎だが、やはり高レベルの獣人には傲慢な者も多いようだ。
対峙する戦闘班の練度は決して低くないのだが…。
戦闘班のほとんどは元々レベルを制限されていた拾い屋であるため、レベル15へ至っている者は数名しかいない。
日々強くなってはいるが、荒野で鍛えた高レベルの獣人の相手はまだまだ手に余るようだ。
地面へ着地し、擬態を解除する。
俺たちはケガ人が出て騒然とする現場に降り立った。
「これは閣下、シオン殿も。お手を煩わせてしまい申し訳ありません」
俺に気付いた戦闘班の獣人が頭を下げる。
「気にするな。むしろ俺がお前たちの仕事を邪魔してしまったな。放置していてもいずれコウエンが解決するだろうが…まぁ目にしたついでだ。それでどうした?」
「はっ、そこの獣人たちが自分たちの登録とレベル制限の解除を優先しろと主張しております。副ギルドマスターのシオン様が獣人であることから、自分たちも優遇をしてもらえると考えているようです」
「ふむ。訳が分からん。どうしてシオンが獣人だと自分たちが優先になると考えるのだ」
「どうやら彼らは冒険者ギルドのことを獣人贔屓の組織だと考えているようでして…」
「理解に苦しむな。冒険者ギルドは特定の種族を贔屓しないと散々告知しているはずだ」
「はい、我々もそう伝えているのですが、ギルドの実績に獣人を有利にする内容が多いのも事実です。彼らはそれを根拠としているのでしょう」
戦闘班の一人に説明された話をまとめると…。
これまで迷宮周辺は人族が独占してきた。
だが冒険者ギルドは人族から迷宮を開放した。
つまり冒険者ギルドは人族の力を削ぐための組織であり、獣人の味方である。…と考えているらしい。
ついでに言うならば、あの臆病で強欲な人族が獣人の勇者を選定し、さらには迷宮のレベル制限を解除するなどよほどのことだ。
勢いは獣人である俺たちにあるに違いない、と。
そこに荒野で鍛えた自分たちが加勢すれば、さらに人族より優位に立てるぞ。協力してやるありがたく思えと、そいういうことらしい。
勝手なことだ。
自分たちの燻っていた鬱憤を晴らすための冒険者ギルドだと思い込んでいるらしい。
さらに人族を差別しており、冒険者ギルドの理念をまったく理解していないというわけである。
人族至上主義者の獣人バージョンというわけか。
遅かれ早かれこういうこともあるだろうと想定していた話ではある。
獣人は個々の力に優れているが、統制のとれた人族に荒野へ追い出された過去を持つ。
迷宮という最高のレベリング場所を抑えることで、人族は獣人より優位に立っている。
プライドの高い獣人は、人族に恨みを募らせている者が多い。根深い問題だ。
種族の平等のために獣人の力を相対的に引き上げたが、そのことで勘違いしたらしいな。
もういっそビッチを呼んで、人間丸ごと集団洗脳をかけさせて強制解決してやりたいところだが、それをすれば副作用で人間が滅ぶ。
人間は良い宝を生むが、脆い。そして面倒でもある。
だがその面倒さがあるゆえに良い宝を生む。次々と新たな価値を作っていく。
やはり地道に意識改革を進めるしかないか。
地道な作業も嫌いではないが、やはり効率の良い方法はないかと考えてしまうな。
俺は強くなっている。しかし冒険者は弱くなっている。勇者サイトゥーンでもまだ弱い。
俺が価値ある蒐集に励めるようになるのはまだまだ先のようだ。
「副ギルドマスターのシオン殿は獣人であり、さらに人族からも勇者の認定を受けるほどの人物であると聞いた。それほどの御方なら、我々の想いを理解してくれるはずだ」
獣人たちの中で一番レベルの高い者が声を張り上げる。あいつが長らしい。
全員似たような顔をしているので分かりづらい。
「そうだ!今こそ獣人の力を結集し、シオン様の指揮の下で獣人の力を拡大するのだ!」
徐々にボルテージが上がっていく獣人たち。
人族が勇者に認定するということは、普通に考えればシオンと人族の仲が良好だとわかりそうなものだが…。
どうやら自分たちの都合の良い方向にばかり考えているらしい。
近くにいた人族の冒険者たちも、その剣呑な雰囲気にあてられてピリピリしている。
ただ順番待ちが嫌でゴネているだけかと思いきや、その主張はほとんど人族への宣戦布告と言っても良いほどだ。
これを放置しては冒険者ギルドの心証が悪くなり、悪影響が出るだろう。
これは見過ごすわけにはいかんな。
「シオン、相手はお前を指名しているらしい。教育してやれ」
「はいご主人様」
俺の意を受け、獣人たちの前へ進み出るシオン。
全身に纏った祖白竜装備が威光を放つ。
「シオン様だ」
「あれが白銀の勇者…、なんと神々しい」
シオンの歩みに合わせて周囲の人波が割れていく。
シオンはすでに相当な有名人だ。その実力と相まって、彼女を侮る者はもうほとんどいない。一部の例外を除いて。
獣人たちもシオンに気が付いたようだ。
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