138 空から水戸黄門

「ご主人様、なんだか列の前の方で言い争っているみたいです。あ、あっちの方でもけんかしてます。順番を抜かされた?みたいです」


 ラ・メイズ上空を軽く一周し徐々に高度を下げていたとき、シオンが列の一画を指さした。

 白い耳がピクピクと動いている。かわいい。

 まだそれなりに高度はあるが、シオンのスキル【超感覚】が複数のトラブルの気配を拾っているらしい。


「やっかいなトラブルは戦闘班にも協力してもらって解決しとるけど、なかなか手が回ってないのが現状やからな。血の気が多い冒険者も多いし、全部は相手してられへん」


 ベルが肩をすくめて答える。


 ベルの言うことはもっともである。冒険者ギルドは常に人不足だ。

 それは冒険者ギルドへの登録見込み人数を考えれば当たり前の話である。


 人族は生活におけるインフラの多くを迷宮から産出される素材に依存している。


 そのため能力さえ気にしなければ、労働人口における冒険者の割合はとても多い。

 労働人口の大半がなんらかの形で迷宮に関わっているのだ。

 先日のスタンピードへ参加した冒険者は約5万人。

 冒険者の総数はさらに多く、おまけに迷宮へ潜るのは冒険者だけではない。


 ラ・メイズから特殊区画へ向かう場合、なぜか迷宮を通った方が時間を節約できる。

 詳しい理由は判明していないが、迷宮は空間が歪んでいると言う者もいる。

 そのため、時間を節約したい商人や旅人などはあえて迷宮を進むこともあるのだ。

 それは迷賊が絶えない理由でもある。


 迷宮に関係のある者は、その全員が冒険者ギルドへ登録することで何らかのメリットを得ることができる。

 ラ・メイズで働く労働者のほとんどが冒険者ギルドへ殺到している状況だ。

 初期に大混乱が起こるのは織り込み済みでオープンに踏み切ったので、予測していた事態ではある。


 それでもいざ目にしてみると凄まじいものがある。

 前世は遊園地の人気アトラクションなど比にならない長蛇の列。

 もし日本円が紙くずになるから銀行で交換しろと言われたらこんな列ができるかもしれない。


 冒険者ギルドへの登録は、すでに社会現象へ至っていると言っても過言ではないだろう。


 もちろん、予測される混雑に対してギルドメンバーの増員なども進めてきた。


 新たな奴隷を購入し、浮浪者や拾い屋からも人を集めた。

 臨時の労働者も大量に雇用し、ベルの伝手で協力的な商会から有為な人材を回してもらった。

 ギルド施設はドワイト率いる製作班が延々と拡張工事を進めている。


 だがそれでも焼け石に水の状態だ。

 ベルが登録者を制限しているのは、何も金儲けのためだけではないのである。


「少々宣伝しすぎたか」


「それもあるけど、純粋にサービスが凄すぎるのが原因やろなぁ。特に無限工房を倉庫として利用できるっちゅうのは、どう考えても革命どころの騒ぎやないで。もうそうなったらギルドに登録しとるかしてないかで稼ぎが完全に違ってくる。ウチが冒険者でも、迷宮に潜るのを休んででも登録を優先するやろな」


「拾い屋はいらなくなりますね。でもレベル制限もなくなるし、ケガをしている人でもギルドからお金を借りてケガを治すサービスもあるから、冒険者になることを諦めていた人たちも救われます」


「ああ、もちろんその分競争は激しくなるだろうがな。少なくとも飢えて死ぬことはなくなるだろう。もっとも、しばらくは無謀な冒険で命を落とす者も増えるだろうがな」


「それは自業自得っちゃ自業自得やな。リスクがあるんは冒険者も商人も同じや。初心者向けの無料教育プログラムも用意しとるから、それをまじめに受ければそうそうそんなことにはならへん。それを舐めて受けずに冒険に挑むようなら、遅かれ早かれどこかで学ぶかくたばるかやしな」


 ベルの言葉を聞いても、それを薄情だと言う者はいない。

 冒険者ギルドは冒険者を支援するが、それによって迷宮での死者は確実に増えるだろう。


 俺の用意した数々のサービスは、今の冒険者にとって非常に有用である。

 それは迷宮へ挑む際のハードルを下げるが、勢い込んで不相応な深層へ潜ってしまう犠牲者を増やすことにもなるだろう。


 この世界は良くも悪くも命が軽い。すべては自己責任だ。


 俺が冒険者ギルドを建てたのは人間を救うためではない。

 冒険者を増やし、質をあげ、より良い宝を手に入れるためだ。


 目の前に広がるチャンスをモノにできるかどうかは、結局のところその冒険者次第なのである。



 だいぶ高度も下がり、揉めている者たちの顔が見える程度の距離にまで降りてきた。


「あ、戦闘班のみんなです」


「はー、相変わらず戦闘班は勤勉やなぁ。空から見るとなんや偉くなった気分やな。いてこましたれー」


 シオンとベルの視線を追うと、トラブルが起きている場所へ走っていく者たちが見える。

 ギルドの戦闘班と…、あれは国の兵士か。


 ベルによると、宰相ダストンの差配で国の兵士たちが警備を手伝ってくれているらしい。


「なるほど、得るべきものは便利な道具だな」


「そこはせめて友人や仲間と表現するべきではないかと思いますわ…」


 呆れ顔のコレットを軽く流し、騒動の様子に目をやる。

 騒いでいるのは獣人か。ずいぶん数が多い。30人ほどいるな。

 駆けつけた戦闘班や兵士たちを相手に激しく言い争っている。

 すでに一触即発の雰囲気だ。なかなかこじれているようだ。


 獣人たちは何かをしばらく言い争っていたが、その中の一人が戦闘班の一人を突き飛ばした。


「あっ」


 シオンが短い声を上げる。尻尾が逆立っている。怒りシオンかわいい。


 周囲で列に並んでいた者たちが悲鳴を上げる。

 どうやら戦闘に発展したらしい。


「あーあ…。なんちゅうアホな奴らや。まぁ見せしめにはちょうどええかもしれへんなぁ」


 ベルが呆れた声を上げる。

 たしかに外部から人間が集まり続ける限り、定期的な締め上げは必要だろう。


「まったくですわね。よりによってシオンがいるときに暴力沙汰を起こすなんて運のない…。いえ、むしろ早いうちに態度を改めることになるから運が良いのでしょうか」


 怒れる親友をなだめつつ、獣人たちの近い将来を慮るコレット。


「ご主人様、副ギルドマスターの仕事をしたいと思います。それにあの人たちは私に用があるようです」


 シオンの目からハイライトが消えている。

 勤労意欲に満ち溢れているシオンもかわいいな。


「うむ。コウエンは…、別のトラブルに対応中か」


 【迷宮主の紫水晶】を起動しコウエンの位置を探ると、どうやら別の場所で激しい移動を繰り返しているようだ。どこもトラブル続きだな。


「会議ばかりで勘が鈍るのも良くないからな。適当に相手してやれ。あの獣人たちはそれなりに強いが、ギルドの邪魔にしかならないようなら殺しても良いぞ」


「はい。でももったいないからなるべく説得してみます。獣人は群れの順位を理解すれば大人しくなります」


「そうか。シオンは頼りになるな。では介入するか」


「はい!」


 俺は闘志をたぎらせているシオンに任せることにする。

 シオンが怒るのはいつも、シオンの近くにいる誰かが虐げられた時だ。


 時間もできたことだし、現場の雰囲気も知りたい。

 ギルドの幹部として、一つでもトラブルを解決するのは良いことだろう。


 空の散歩は良い気分転換になった。

 ついでに俺のギルド、ひいては俺に迷惑をかける者から適当に装備を奪い取れば、さらに良い気分になれそうだ。

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