140 シオンの挑発

「なんだ?まさかあのチビがシオン殿だというのか?あれが勇者で副ギルドマスターだと?まだガキじゃないか」


「白狼種とはいえ、あの年ではレベルも知れているだろう。もしやお飾りなのか」


 小柄な少女であるシオンを見て侮りと疑問の声を上げる獣人たち。

 ラ・メイズに訪れたばかりの者はシオンのことを噂でしか知らないため、一部の例外であるらしい。


「口を閉じろ。バカ者どもが。外見と強さは関係ないことを知らぬわけではないだろう」


 侮るような態度を見せる獣人たちを諫める一人の獣人の声が響く。

 さして大きな声ではなかったが、その声に他の獣人たちが口をつぐむ。

 灰色の毛を持つ獣人たちの中ではどちらかというと白みの強い、銀色に近い毛を持つ獣人だ。どうやら灰狼族の長らしい。もし剥ぎ取れば良い毛皮になるだろう。


 自分の担ごうとしている神輿のことを碌に調べていないのは愚かなことだが、さすがに長はまだマシであるようだ。

 灰狼の長はシオンに向き直り、慇懃に礼をした。


「若造どもが失礼を致しました。我ら灰狼種一同、シオン殿に助力をするべく荒野より参じました。シオン殿の指揮の元、獣人の勢力をさらに拡大し、増長する人族に楔を打ち込みましょう。我ら灰狼、荒野でシオン殿のご活躍を耳にした時は胸のすくような…」


 大真面目に力説を始める長。そこには人族との確執が明確に滲んでいる。

 戦闘班の報告通りで間違いないらしい。対するシオンは不機嫌そうな表情を崩さずに苦笑した。


「勘違いしないでください。冒険者ギルドはそんなちっぽけな組織ではありません。種族の優位を主張したいなら別の場所でやってください」


 衆目の中、明確に灰狼の長の申し出を断るシオン。

 その堂々とした振る舞いにかつて拾い屋であった時のおどおどとした面影はどこにもない。


「なっ、我々の悲願をちっぽけだと愚弄されるのか」


 頭から否定されるとは考えていなかったのだろう。灰狼の長が顔を顰める。


「そうではないです。私は人族に虐げられながら、長い間拾い屋をしてきました。皆さんの悔しさ、苦しさを理解できます」


「おお、ならば…」


「でも人族が獣人を嫌うのは、獣人が野心を見せたからでもあります。外から見れば、どっちもどっちです」


「それは…、あれはそもそも人族が…」


 灰狼の長は納得できない様子だ。


 だがシオンの言っていることは正しい。

 獣人は過去に、人族を廃し人族の領土を奪い取ろうとしたことがあった。

 人族至上主義は行き過ぎだが、人族が他種族を遠ざけたことにも一応の理由はあるのだ。


「冒険者ギルドでは、種族は関係ありません。みんなで仲良く迷宮に潜りましょう。人族でも獣人でも、冒険者ギルドの邪魔になるのなら力づくで調整します」


「お戯れを。そのようなことができるとお思いか」


「何が戯れですか?人族と獣人が仲良くなることですか?それとも実力不足だと言うのですか?」


「両方です。人族が我々を受け入れるとは思えませぬ」


「私は元拾い屋の獣人です。でも今は人族の皆さんとも仲良くしています。みんな良い人たちです。人族至上主義者の人たちはもう力を失いました。冒険者の皆さんの多くは、獣人に対して差別意識を持っていません。今なら友達になることもできます」


「夢物語です。少なくとも我々灰狼種は人族に尻尾を振るくらいなら死を選びます。それに今を逃せば、人族はまた増長して我らを迫害するでしょう」


「別に尻尾を振る必要はないです。対等な立場として認めるだけです。それに無理に仲良くする必要はありません。迷宮に制限なしで潜れるのは皆さんにとっても大きな利益があるはずです。今は冒険者ギルドの力を信じて、任せてくれませんか?」


「確かに、獣人は力ある者に敬意を払います。しかし獣人全てを力で従えることなど不可能です。我々が気持ちを抑えても、すぐに他の獣人が騒ぎを起こすでしょう。冒険者ギルドの力は、全ての獣人を従えるほどなのですか?それができなければ遠からず争いが起こるでしょう」


「できます。少なくともあなたたちを倒すだけなら、私一人で十分です」


 まるで挑発するかのように、毅然と言い放つシオン。


「ばかな」


 灰狼の長はシオンの宣言に面食らったようだが、すぐに獰猛な笑みを浮かべる。

 お前たちなど自分一人にも及ばない。

 主張を異にする相手にそこまで侮られたら頭を下げ続けることなどでできはしない。

 それが荒野に生きる獣人の誇りであり、限界である。


 できるものならやってみろ。長の顔にはそう書いてある。

 他の獣人たちも隠しきれない闘争の色を浮かべ始めた。

 こういう相手は一度叩いておくべきだと考えたシオンの目論見通りに。

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