126 冒険者ギルド
「ほぇー、この前まで何もなかったのに…すごいですぅ」
「…まったくだな。ここだけ別の常識が働いているようだ」
ラ・メイズの中心にあるメインゲートからほど近く。
巨大な建造物がカルストたちの前にそびえ立っている。
建物は一棟だけではなく、広大な中央の広場を囲うように複数の建物が配置されている。
木造の平屋から金属性の堅牢そうな建物まであり、バリエーションに富んでいる。
用途ごとに建物を分けているのだろうか。一番高い建物で三階以上はありそうだ。
石を敷き詰めた広場の中央には、巨大な噴水と時計台が設置されている。精緻な造形と微弱に漂う魔力、おそらく魔道具の類だろう。
あれだけでも相当な価値が…、いかん。どうにも金勘定ばかりしてしまうのは俺の悪い癖か。
「キッチリピカピカってかんじですぅ」
「ああ。だが貴族の屋敷より装飾は控えめだな」
外見は豪華とも粗末とも言えない、しいて言うなら質実剛健な様式だ。
それでも新築特有の傷一つない外観は見ていて気持ちが良く、過度な装飾が圧迫感を与えてくることもない。
内壁の外ならば、あるいは周囲の建物に埋没するかもしれない。
だが…。
「スタンピードなど恐れるに足らんということか」
「きっとシオン様がいるから大丈夫なんですぅ」
冒険者区画の建物としては話が別だ。
スタンピードから避難するために、冒険者区画には簡単な木組みのあばら家やテントしか設置できない。
一部道楽に走る例外はいるようだが、基本的には大商人や貴族であっても例外ではない。
その中にあって、かかって来いとばかりにそびえ立つ冒険者ギルドの威容は際立っていた。
ほぇーほぇーと口を半開きにしながらキョロキョロしているセリカ。
小柄な外見も相まって、初めて街に出てきた子供のようだ。
普段ならそんなセリカをたしなめるカルストだが、彼にもそれほどの余裕はない。
まだスタンピードからそれほど時間が経過していない。
防壁の時も思ったが、一体どうやったらこの速度で建設ができるのか。
これだけでも冒険者ギルドの力の一端が知れるというものだ。
大工仕事だけでも財を築けそうだとカルストは呆れる。
「おっと、いかんな。店に入る前から雰囲気に呑まれてはカモにされるだけだ」
目前の光景に圧倒されながらも、気を張りなおすカルスト。
冒険者である彼にとって大切なのは冒険者ギルドの外見でなく、提供されるサービスの内容なのだ。
「ししょー、防壁がないですぅ」
「そうだな…」
カルストも先ほどから気になっていた。
建物にばかり目が行くが、まず驚くべきはあれだけ巨大だった壁が跡形もなく消えていることだろう。
「俺たちが迷宮へ入るときはまだあったはずだ。いつの間にかなくなっているぞ。まさか取り壊したのか?あれほどの規模の防壁を…」
「おうカルスト、久しぶりだな。ここにいるということはお前も説明会に呼ばれたのか?防壁ならトシゾウの旦那がどこかへしまったんだろう。あれは宝箱の魔物だから、そういうのが得意なんだそうだ」
「ぜぇ、ぜぇ…。ドルフ軍団長、俺を置いてこんな面白そうな、いえ、注意が必要なイベントに参加しようなんてひどいですぜ。俺も見楽…見学、いや視察に同行します」
「これは、ドルフ閣下。ビクター殿も」
カルストの疑問に答えた男のことを、カルストはよく知っていた。
カルストやセリカは、スタンピードや遠征などで国の依頼を受けて活動することもあるのである。
高レベルの冒険者というのは貴重で、そこは意外と狭い世界なのだ。
「お二人も参加されるのですか。国の重鎮であるあなた方が参加されるということは、王族が冒険者ギルドの支援を表明しているというのは事実なのですね」
「まぁな。トシゾウ殿がいなければ人族は滅びていたからな。そりゃこれくらいの支援はしねぇとな。それと前にも言ったが俺は堅苦しいのが苦手なんだ。魔物と戦う時のようにため口で頼むぜ」
大きな肩をすくめておどけて見せるドルフ。
「ああ、わかった。だが人族が滅んでいたなどと、あなたの口から出ると冗談では済まない…、冗談ではなさそうだな」
カルストとドルフの付き合いはそれなりに長い。ドルフが本当のことを言っているのだとカルストは理解した。
「ああカルスト、一応言っておくが、トシゾウの旦那を敵に回すのは止めておけよ。あの旦那は本当に規格外だ。お前の自慢の火魔法でも焦げ目一つつかねぇぜ」
「俺をなんだと思っているんだ。意味もなくそんなことするか。純粋にどんなサービスがあるのか興味があって来ただけだ。ベルベットからある程度の話は聞いている」
「あのキツネとタヌキを足して2でかけたような嬢ちゃんか。王城で実務レベルの打ち合わせをする時に何度か同席したが、ありゃ相当なやり手だな」
「あぁ、それは間違いない。もっとも自分の価値には鈍感なようだがな。自分の命すら数字に置き換えるというか、怖いもの知らずな所がある」
「そうなのか。だがあの嬢ちゃんは今やトシゾウの旦那の所有物だ。そうなると鬼に金棒だぜ。まさに怖いものなしだ」
「…ひょっとすると数年後のラ・メイズの経済はベルベットに牛耳られているかもしれないな。たしかウィンウィンニコニコ、だったか。奴が守銭奴にならないことを祈るばかりだよ」
冒険者ギルドの威容を前に、そう遠くない未来を幻視するカルストとドルフ。
「ビクター、相変わらず軍団長の席を狙ってるですぅ?それならとっておきのお薬を迷宮で拾ったのです。デスパラライズ・メーダのレアドロップですぅ。一万コルで良いですぅ」
「もちろんでさぁ。おお、さすがセリカ。これでドルフ軍団長はコロリですぜ。だけども一万コルは法外だ。間を取って100コルで手を打ちますぜ」
「間を…?わ、わかったですぅ。なんだか交渉っぽいのですぅ」
真面目な話をするカルストとドルフの後ろで、残念な二人が残念なりに真面目な会話を展開するのであった。
「ドルフ様、ビクター様、カルスト様、セリカ様ですね。お待ちしておりました。会場へご案内いたします」
歓談することしばし、受付と思しき美人の女性に案内されて冒険者ギルドへ入っていく一行。
相変わらず騒がしい奴らだ。
冒険者ギルドの中からそんな声が聞こえたような気がした。
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