125 冒険者の換金事情

「思ったより早く終わったな。急な依頼だったが悪くない稼ぎだ」


「これなら間に合いそうです。ししょー、早く【帰還の魔石】でラ・メイズにもどりましょう。冒険者ギルドが、シオン様が私たちを待っているのですぅ」


 扇を折りたたみ、興奮してまくしたてるセリカ。


「ああ、冒険者ギルドの説明会があるのだったな。シオンというのは、たしか白竜を討伐した狼の獣人だったか」


「ですです。シオン様は白狼種の獣人ですぅ。白竜の口の中に飛び込んで中から倒すとか、めちゃくちゃかっこよかったのですぅ!」


「たしか双剣使いだったか。なんとなくセリカの戦い方に似ているな。俺はその場を見ていないからなんとも言えないが、勇者に任命されるくらいだ。俺たちより強いのは間違いないのだろうな」


「前の勇者は嫌いだったから、シオン様が勇者になって嬉しいのですぅ!」


 前勇者ホスローのことを思い出したのか、頬を膨らませるセリカ。


「あー、たしかにあの勇者パーティは自分勝手な奴らだったよな。強いのは間違いないんだが、あいつらと組むのは二度とごめんだな。もう死んだらしいが」


 カルストとセリカは、勇者を含む遠征軍の一員として迷宮深層へ挑んだことがあった。


 緻密な戦略を立てて戦うカルストには、レベルに任せて火魔法をばら撒く勇者パーティとの共闘は戦いにくいことこの上なかった。

 おまけに遠征団が帰還することになった遠因も勇者だとカルストは思っている。口には出さないが。


 迷宮に挑む冒険者の命は軽い。どれだけ積み重ねた冒険者でも、死ぬときは死ぬ。

 カルストは別に勇者のことを死ぬほど憎んでいたわけではないし、もちろん好いてもいない。死んだと聞いても特に感傷はない。その程度のものだ。



「ししょー、素材集め終わったですぅ」


 セリカがマッドマンティスの素材を引っ張ってくる。


「鎌が一本に、ハネが一対か。充分だな。これでちょうど荷物がいっぱいだ。我ながら完璧な荷物計算だ」


「さすがししょーは守銭奴ですぅ」


「ふん、誉め言葉だな。いいかセリカ、何度も言っているが強いだけでは冒険者として大成することはできないのだぞ」


「あちゃー、ししょーのこだわりスイッチを押しちゃったですぅ。ししょー、お説教はあとで聞くから、それより早く帰るです」


「まったく…」


 迷宮で素材を集めるならば拾う素材の重量計算は必須だ。

 25階層まで潜るのに、浅い階層で素材を拾い集めて持っていくのは馬鹿らしい話だ。


 運べる素材の量は限られている。

 深層は危険すぎるため、レベルの低い拾い屋を連れて行くこともできない。

 すべての素材を持って帰れるのならばすぐにでも大金持ちになれるのだが…。


 それができない以上、売価と重量と運搬の負担、今後拾う予定の素材の価値などを考えて総合的に判断しなければならない。


 その判断をするためには商人へ素材を売却する際の適正価格を知ることは必須、可能ならばコネを持っていることが望ましい。


 正しい判断ができなければ売値の高い素材を持ち帰れないし、持ち帰れても買い叩かれるだけだ。

 そうなれば強い装備や回復薬を揃えることもできず、どこかで成長が打ち止めとなる。


「口に出さずとも適正な価格で素材を買い取ってくれる場所があれば、セリカのような冒険者も損をせずに済むのだがな…」


 カルストが呟く。冒険者はいろいろと考えなければならないことが多いのである。


 二人パーティで迷宮の最前線を歩くカルストとセリカは、人族の間では英雄と謳われるレベルの強者だ。

 そのレベルの強者であっても、金の問題は常について回るのである。



「でもベルちゃんも見つかったし、ベルちゃんの冒険者ギルドは素材の買取りもやるらしいから期待してるですぅ」


「そうだな。それにしてもベルベットのやつ、失踪したと思ったら、まさか奴隷にされていたとはな」


 素材を両手に抱えて【帰還の魔石】を起動し、数分後の発動を待つ。

 話題は引き続き冒険者ギルドについてだ。


 カルストとセリカはベルベットの共通の知り合いであり、昔から素材を適正価格で買い取ってもらっていた。


 収入が多ければ支出が多いのも冒険者という職業だ。

 ベルベットが失踪したことで、素材を適正価格で売れなくなり途方に暮れていたセリカ。


 それを見かねたカルストがパーティに加えたという構図だ。

 以来セリカはカルストのことをししょーと呼ぶが、そこに敬意が込められているかは議論の余地があるだろう。


 今回もベルベットとの縁により、二人は冒険者ギルドの説明会に招待されていた。


「ベルちゃん、急に連絡がつかなくなったから心配だったですぅ。なんか優秀すぎて上司に睨まれて、いろいろあって奴隷にされたらしいですよ」


「やり手すぎて出る杭を叩かれたということか。だから護衛でも雇っておけと忠告していたのだ。あいつはめんどくさい交渉が不要な分重宝していたというのに。まぁ奴隷にされながらもちゃっかり浮き上がってくるあたり、さすがはベルベットということか」


「さすがベルちゃんですぅ。あとししょーはツンデレですぅ」


「ツンデレとはどういう意味だ。…まぁ良い、これも何かの縁だ。あのベルベットがあれほど自信満々に招待するのだ。それだけ期待はできる。噂の冒険者ギルドとやらを見せてもらおうじゃないか」


「やっぱりししょーはツンデレでs――」


 【帰還の魔石】が起動し、二人はラ・メイズへ帰還した。

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