127 顔見せ 参加者たちの期待

 受付嬢に案内された一行は、冒険者ギルド内で最も大きな建物に案内された。

 スペースを贅沢に使った広々とした空間。外装と同じく、華美になりすぎない程度に観葉植物や魔物の素材でできた装飾品などが飾られている。


 建物の一角には椅子とテーブルが並んでおり、奥のスペースからは良い香りが漂ってくる。

 時間は昼前、ちょうど小腹がすいてくるころだ。


 別の一角には複数のカウンターが設置されており、壁には巨大なボードが貼り付けられている。

 カウンターには若い女性たちが揃いの制服を着て待機している。

 サービスはまだ始まっていないため、単にイメージ付けのための配置だろう。


「ここは食堂と、素材の売買をするスペースのようだな」


「良い匂いですぅ」


 大店では複数のカウンターを用意して売買の交渉をするのが一般的だ。食堂が併設されていることも珍しくはない。

 ここまでは一般的な商店の枠を出ない。建物の規模はともかく、ここまでは平凡だなとカルストは思った。


 会場には数十名の者たちが待機していた。

 人族が多いが、中には獣人やドワーフ、エルフも何名か含まれているようだ。

 見知った顔もそれなりにいることから、自分たちと同じく説明会に招待された冒険者たちなのだろうとカルストは判断した。


 新しい情報への感度は、冒険者として大成するためには大切な要素だ。

 どの魔物の素材がいくらで売れたかといった情報はもちろん、優れたポーションや装備がどこそこで開発されたなどという話題は儲けと安全に直結する。


 セリカは観光か何かと勘違いしているようだが、カルストは大切な情報を乗り遅れずに拾えることに安堵していた。


 カルストが知り合いと雑談することしばし、数名の男女が参加者たちの前へ現れた。説明会の始まりだ。


「きゃあぁぁぁぁ!シオン様、生シオン様ですぅ!白銀ですぅ!かっこかわいいですぅ!私と同じくらいちっちゃいですぅ!かわいいですぅ!きゃぁぁぁあ!」


 ゴンッ


「うるさい」


「い、痛いですぅ…」


「いきなり叫ぶな。引かれるぞ」


「あ、あぁ、そんな!私はただの純粋なファンなのですぅ。あふれ出る衝動が抑えきれなかっただけなのですぅ」


 シオンを目の前にして舞い上がったらしいセリカ。

 興奮を抑えられないセリカにゲンコツを入れるカルスト。


 カルストはセリカの粗相を謝罪しようと周囲の目を確認するが、セリカに注目している者は皆無だ。参加者はそれぞれが現れたギルドメンバーの品定めに集中しているようであった。


「あの中央の男がトシゾウ殿か。永き時を生きる知恵ある魔物。それにあの装備はもしや…」


「あれが白竜を討伐したという新たな勇者。勇者シオン、勇者コウエン。…強いな。そして華がある。あれが元拾い屋だなどと。他の者のふるまいも堂に入っている。前情報は当てにならないわね」


 カルストは冒険者ギルドのメンバーについては無知なほうだ。

 参加者たちの様子を見るに、今入ってきた者たちが冒険者ギルドの主要メンバーであるらしい。


「よく来てくれた。冒険者ギルドは迷宮へ潜る冒険者や、冒険者と関わる全ての者たちを支援するための組織だ。お前たちが普段抱えている問題を冒険者ギルドは解決する。いくつか前評判を聞いている者もいると思うが、今から具体的な説明を始めよう」


 ギルドメンバーの中央で黒髪黒目の男が口を開く。


 説明会はそんな言葉から始まった。


 冒険者ギルドの概要については参加者もあらかじめ知っており、特に驚く者はいない。


 説明者の口調にはおよそ敬意らしい敬意は含まれていないが、それをわざわざ指摘する者はいない。

 ほとんどの者は今説明している者の力を理解しているし、そうでなくとも大切なのは言葉づかいではなく話の内容だ。この説明会に参加できた者たちはそれをよく理解している。


 今までも似たような組織を立ち上げようとする者はいた。

 既得権益を持つ商人の妨害や、その時々の事情から普及することはなかったが。


「まず結論から言おう。冒険者ギルドを利用すれば、お前たちは一度の迷宮探索で、これまでの数十倍の素材を集められるようになる。素材は確かな相場の元に売買され、商人に買い叩かれることはない。やる気のある冒険者には等しく機会が用意され、金のない初心者にも死なないための教育と、格安で利用できる設備を提供しよう」


 ギルドメンバーたちの中央で説明をする男の声はすっと耳に染み込んで来るようで、何事も疑ってかかる性質のカルストですら、いつの間にか期待を胸に話を聞いていることに気付いた。


 この男の器は本物だ。今回は違う結果が見られそうだとカルストは思った。



 迷宮へ挑み、様々な素材を持ち帰る冒険者は人族にとって最も重要な存在だ。

 だが重要な仕事であるにも関わらず、冒険者たちの立場はそう強くない。


 無くては成り立たないが、いくらでも代わりが利く。

 誰でもできる仕事ゆえに、手厚く保護されることもない。


 さらに誰でもなれることから、常識と相場に疎い者も多く、それによって不利益を被る場面も多い。


 冒険者稼業が持たざる者のセーフティネットとして機能している現状、そうなるのはある意味必然なのかもしれない。


 才能があっても運と機会に恵まれず大成できなかった者は星の数ほどいるだろう。


 貴族やカネに汚い商売人に中抜きを繰り返される現状に不満を抱いている冒険者は多かった。

 彼らが自分たちのことを、商売のタネを運んでくる運び屋程度にしか考えていないことを冒険者たちはよく知っている。

 もちろんまっとうな商売を営む者もいるが、そんな商人を探すことに難儀するというのは、どうにも無駄が多い話だ。


 トシゾウは自らの目的のために冒険者の質の向上、具体的には冒険者に平等なチャンスを与え冒険に専念できる仕組みづくりをしようと行動した。


 トシゾウの目的は、冒険者たちにとっても歓迎すべきことである。

 みな冒険者ギルドに期待しているのだ。


 そんな参加者たちの期待を正面から受け止めながらトシゾウは説明を続ける。


 その結果は…。

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