118 人族至上主義者は最後の選択を迫られる

「冒険者ギルド代表トシゾウ、前へ」


「はい」


 サティアに呼ばれ壇上へ上がる。

 わざわざ丁寧な口調で対応するのは手間だが、俺の力が浸透した今、王族が権威を維持することは重要だから仕方あるまい。


「逆臣ゼベル・シビルフィズの悪行を暴き、人族への被害を未然に防いだ功を称え、あなたを新たなシビルフィズの領主に任命します。今からはトシゾウ・シビルフィズと名乗ることを許します」


「受け入れよ…ます」


 尊大な態度でサティアの顔が引きつるのを見るのも面白そうだが、今回は効率優先だ。


 再び拍手が起こる。

 茶番と知りつつも、熱心に拍手する者は多い。悪い気はしない。

 とはいえ俺の名はトシゾウだ。必要がなければわざわざシビルフィズと名乗ることはないだろう。


 シビルフィズ領も、レインベル領同様に他種族を受け入れていくことになる。

 もちろんレインベル領とは違い、他種族を受け入れる下地が整っていないため、当面はダストンが派遣した文官が奮闘することになる。


 ゼベルは領民にはそれなりに慕われていたらしい。

 もちろんゼベルの打算によるものであろうが、そんなことは領民にとってはどうでも良いことだ。


 ダストンは優秀な文官を複数名派遣したそうだが、統治にはそれなりに苦労するかもしれないな。

 余談だが、育てた手足をもがれ続けるダストンが過労死しないようにエリクサーを送っておいた。その辺りの栄養ドリンクよりは優秀だろう。


 俺は名前のみの代表ということだ。

 もちろん必要ならば介入する予定だが、当分は冒険者ギルドの拡充を優先する予定だ。


「ゼベルの犯罪を黙認、あるいは加担していた者たちには、追って沙汰を下すことになるでしょう」


 サティアが暗に貴族たちを非難する。


 迷宮の開放を歓迎する他種族とは逆に、人族至上主義の貴族たちの表情は暗い。

 ボロ雑巾、ゼベル、細目勇者。

 自分たちの旗頭の相次ぐ失脚。それどころか、ゼベルの自白により余罪を追及されている貴族は多い。


 王族が他種族を受け入れ、勇者の名は冒険者ギルドに奪われた。

 このままことが進めば、彼らが貴族でいられる時間はそう長くないだろう。


 王族の方針としては、すべての貴族を頭ごなしに排除することはしないらしい。いろいろと人族特有の事情もあるのだろう。

 ここからは罪の少ない貴族を中心に個別に交渉を進めるそうだ。


「さらにトシゾウ・シビルフィズが認め、冒険者ギルドに所属した者について、迷宮へ潜る際のレベル制限を解除することを認めます。これは冒険者ギルド代表であるトシゾウ・シビルフィズ個人に認めた権利であり、冒険者ギルドの代表が代わる際にはその権限を委譲するかを王族が再審査することとします」


 細かい条文がびっしりと書き込まれた魔法契約書が俺に手渡される。

 ドワーフ、エルフ、獣人たちからひと際大きな拍手が巻き起こった。現金なものである。


 条件付きとはいえ、人族が独占していた迷宮の開放は他種族にとっては大事だ。

 迷宮を利用した効率的なレベリングや、迷宮産の豊かな素材が入手できるようになることは手放しで歓迎できるものなのである。


 ダストンとサティアには事前にすべてを話し、今回の段取りは決めてあった。人族至上主義者が力を失った今、二人は名実ともに人族の代表者だ。話が早くて良い。


 浮かれる者たちとは対照的に、意気消沈している貴族たち。

 その中でも貴族たちの反応は二種類に分かれている。


 一つは時代の変化と敗北を悟り、生き残るための方法を模索している者。

 もう一つは自分に不都合な現実を受け入れられず、困惑したり反抗心を燃やしている者だ。


 本来、ブタはとても賢い生き物だ。

 ブタ貴族の中にも、ブタに準じる知能を持つ者はいるらしい。


 ダストンが言うには、混乱を大きくしないためにも賢い貴族には他種族を受け入れる方向に舵を切らせたいらしい。

 その場合は冒険者ギルドを無条件に受け入れることを第一の条件とさせる。


 他種族が制限なしに迷宮に入るためには冒険者ギルドへの所属が必須である。

 そして他種族が問題を起こすようなら冒険者ギルドが仲介という名の制裁を加える。


 他種族が暴走し始めた時のストッパーとしての冒険者ギルドが存在すれば、人族の存続を憂う貴族にとっては安心材料となる。

 本当に人族のことを考えているならな。


 逆に冒険者ギルドを受け入れないということは、腹に一物があるものとみなす。

 つまり冒険者ギルドは王族と連携し、貴族を監視する機関としての役割も担うことになる。


 冒険者ギルドは人族至上主義者を選別する踏み絵であり試金石となるのだ。

 俺が冒険者ギルドを立ち上げた当初はそこまで考えていなかった。

 この絵を描いたのは王女サティアと宰相ダストンだ。役に立つ者たちだ。


 王家とズブズブの冒険者ギルド。堂々の癒着だ。実にけっこうなことである。

 冒険者ギルドは中立、などと温いことを言う気はない。コネクションがあるのなら、目的のために最大限活用すべきだ。宝のために。


 将来的には違う問題が想定されるが、少なくとも今後50年においては最良の処置であろう。

 俺が冒険者ギルドの代表である限り、問題が出ればすぐに方針を変化させられるため問題はない。


 日和見を決め込み現状維持を選択した貴族たちは、他領で冒険者ギルドが発展することで自分たちの領地から冒険者が流出し、領地を維持する力はおろか経済的にも困窮していくことになるだろう。

 彼ら貴族の権威を支えているのが名もなき冒険者たちであることを、その時になって気付いても遅いというわけだ。

 領地を維持できなくなった貴族は所領没収の後、冒険者ギルドと王族から派遣された文官武官が維持をしていくことになる。実に理に適っている。


 その過程で、冒険者ギルドを受け入れられず過去の栄光を手放せない、救いようのない豚貴族が出てくるようなら、相談役として一時的に隠居から復帰したラザロが不穏分子を一掃するらしい。


 貴族連中が沈黙すれば、あとは迷宮教とかいう宗教集団が残るくらいだ。

 しかし金主である貴族がいなくなれば、遠からずこちらへにじり寄ってくるだろうというのがダストンの考えである。


 つまり、人族至上主義者は詰んだと言っても良い。スッキリである。

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