116 後夜祭 トシゾウとコレット
夜の湖上は夏だというのに肌寒い。
気温も領地によって大きく異なるようだ。
中央ではひときわ大きな篝火が輝き、人々が炎を囲んで踊っている。
動きは洋風というか、しゃれたダンスのようだが、輪を描くように炎の周りを歩く様子は盆踊りに近いようにも見える。
楽し気で活気のある様子は見ていて気持ち良いものだ。
島のあちらこちらでも小さな篝火が夜を照らし、人々が思い思いに楽しんでいる。
…ふと、視界の端でコレットが一人で佇んでいるのが映った。
「シオン、少しコレットと話してくる」
「わかりました。私はギルドのみんなと遊んできますね」
「うむ。…シオンは良い女の子だな」
「ご主人様。“子”はいらないです。むぅ」
シオンがむくれつつベルの所へ遊びに行った。子どもかわいい。
☆
「まだ表情が晴れないようだな」
一人、たき火の前で物憂げな表情を浮かべるコレットの隣に立つ。
互いに静かに燃える炎を見つめる。視線は合っていない。
「…トシゾウ様。先ほどまでは忙しかったからか難しいことを考えずに済んだのですが…。一息ついて火を見ていると、いろいろと考えてしまうのですわ。仇を討っても失われたものが返ってこないことはわかっていたはずなのですが。いざ復讐を遂げると、少し虚しくなってしまって、胸に穴が空いているような、そんな気持ちですの」
「…そうか」
「せめて自分の手で復讐を遂げれば、いくらか気が楽になるかと思っていたのですわ。でもなんだかいろいろと半端な気持ちで…。モヤモヤして、すっきりしないのですわ。無理に底上げしてもらった力で倒したからでしょうか」
「力は力だ。だが今回は気持ちの問題だからな。…俺はお前の考えを理解することはできない。だからあくまでも俺の視点からの話になるが。目的を遂げるということは、同時に目的を失うということだ。達成感と同時に、何とも言えない寂寥感を抱くものだ」
「トシゾウ様もそのような経験があるのですか?」
「あぁ、そうだな、コレットとは少し事情は違うが…。暇になるのだ。今だからわかるが、俺はそれなりに長い間、暇だったのかもしれない」
「暇、ですか。それでどうされたのですか?」
「そうだな、また新たに目的を探すことにした。目的を遂げるための目的を定めた。迂遠だが、そういうのは嫌いではないからな。結果的に、それで良かったと思っている。新たな価値を見出し、新たな世界が開けた。停滞は腐敗だ。俺も人間も、止まれば腐る。動き続けることで、その価値を上げていくということを知った」
「なんだか抽象的ですわね」
「直観的なものだ。深く考えているわけでもないからな。目的というのはほとんどの場合、達成してそれで終わりというような単純なものではないのだろう。人は変わる。それにより目的も変化し、新たに生まれていくものだ。だがそれで良いのだ。同じ目的にいつまでもこだわる必要はない。コレット、お前の本来の目的は復讐ではないはずだ。違うか?」
「…その通りですわ。むしろここからが始まりです。ゼベルによって、レインベルは多大な損害を被っています。レインベルを再興するために、やらなければならないことが山積みです。ですが…」
「自分のなすべきことをしっかりと考え、そのために行動ができるお前は優秀だ。…コレット。レインベルが力を付けることは俺の目的に沿う。お前は引き続き領主としてレインベルを治めろ。冒険者ギルドとの協力の話も進める必要がある。お前が領主でいるほうが話が早いようだからな」
「それは!よ、よろしいのですか?…私の非力さゆえに、ゼベルからの妨害やボスの復活を許してしまいました。そのような私が…。それに王族からどのような沙汰が下るか。王城でレインベル領主を引き渡すという宣言をすでにしていますわ。それを覆すのは難しいかもしれません」
「すべて問題ない。過去はともかく、今のお前は強い。人族の中でも傑出した力があり、他種族や領民からの人望も厚い。あと王族には貸しがある。どちらにせよ、力はこちらが圧倒的に上だ。なんとでもなる」
「そうでした。トシゾウ様はそういうお方でしたわ。…ついつい弱気になるのは私の悪いクセですわね」
「そうだな。お前には価値がある。低すぎる自己評価は価値を落とす。自信を持てば良い」
「ふふ、ありがとうございます。迷宮で出会って以来、トシゾウ様には驚かされてばかりですわ。所有物になれと言われた時は絶望的な気持ちになりましたが、終わってみればシオンの言う通りでした」
「そうか。シオンが何を言ったのかは知らないが。最初は俺もコレットを所有するつもりはなかった。だが、途中で気が変わった。コレットが欲しくなったのだ。その自分に自信が持てないところも、それでも折れずに努力するところも、あとは容姿もだな。すべてを含めて、お前には価値がある。俺は宝を見る目には自信がある。お前の価値は俺が保証しよう」
……。
「コレット?」
反応がないことを訝しみ、コレットへ顔を向ける。
コレットが美しい所作でこちらに向かって頭を下げていた。
パチリ
くべられた薪が爆ぜる。
夕闇の中、炎に照らされたコレットは、いつにもまして美しく価値あるものに見えた。
…相変わらず綺麗な礼だ。最初に出会ったときのことを思い出すな。
「トシゾウ様、今、改めてお礼を。そしてコレット・レインベルはトシゾウ様の忠実な所有物として、生涯の忠誠を誓いますわ」
瞳に僅かな憂いをたたえつつも、まっすぐに俺を見つめている。
コレットの抱える悩みは根が深い。
多くのものを失ってここに立っているのだ。
まだ心の整理が完全についたわけではないのだろう。だが、少なくとも前向きに歩いていく決意は固まったようだ。
「うむ、これからも俺の役に立て」
「はい」
……。
……。
短い沈黙。
「そうだな。とりあえず、副業で勇者をやるというのはどうだ。ちょうど枠が空いているわけだしな。あとは今夜の相手をしろ」
なんとなく言葉に詰まり、ひとまず頭に浮かんだことを口に出す。
「ふふ、トシゾウ様は不思議な方ですわ。勇者でも夜伽でも、なんでもご用命を。今更何がどうなっても驚きませんわ」
「そうか、迷いがないのは素晴らしい。コレットは良い女だな」
「ええ、私は良い女なのですわ」
コレットはとびきりの笑顔を浮かべた。俺の知っている中で一番魅力のある表情だ。
「ううううう…。羨ましいですやっぱりずるいです。うううううー…」
遠くの方で耳の良い狼の遠吠えが聞こえたが、一年後まで待つ約束だ。俺は聞こえなかったことにした。
「トシゾウ様、私と踊って頂けませんか?じっとしていると、また考え込んでしまいそうですの。…そ、それに何事にも、手順というのが必要です。私も女なのですわ」
コレットが軽く顔を背ける。
最後の方はかなりの小声だったが、普通の人間ならともかく俺にはばっちり聞こえているぞ。白い肌が紅潮しているのは、火にあてられたからというだけではないだろう。
「うむ、良いぞ。踊りは初めてだが」
「大丈夫ですわ。私がリードいたします」
コレットと手をつなぎ、中央の踊りに加わる。
見よう見まねで身体を動かす。存外悪くないものだ。相手がコレットだからだろうか。
多くの視線が注がれていることを感じる。暖かい目、生暖かい目に加え、絶望と殺意の視線が混じっているのはご愛嬌か。
羨望の眼差しは心地よいものだ。それはコレットの価値を認めるものであるからだ。だがコレットは俺の所有物だ。見せつけておかねばならない。
「ト、トシゾウ様、急に激しいですわ。それに距離が…」
俺の動きが変わったことに驚いたコレット。
「なんだ、コレットはもっと優しいほうが好みか?」
踊りの動きに合わせてコレットを抱きしめ、耳元で囁く。
「ひぁっ、わ、私はその…、領主として忙しくて、そういうことは…ですからあの…は、はい…。優しくしてほしいです、わ」
力が抜け、俺の腕の中でふにゃりと崩れるコレット。
周囲の男たちの、怨嗟に満ちた視線が心地よい。
うむ、先ほどそわそわさせられた仕返しもできたようだ。
夜の経験値は俺の方が上である。コレットに負けるわけにはいかないのだ。
「トシゾウ様はいじわるですわ…」
コレットは耳まで真っ赤だ。恨みがましい目で見上げてくる。
「宝を愛でるのは俺の生きがいだ。受け入れろ」
「め、めで…」
踊りは覚えた。固まりかけたコレットを強引にリードし再起動させる。
しばらくの間、二人で踊りを楽しんだ。
俺の手を取って踊るコレットは美しい。強く、儚く、からかうと面白く…。
つくづく所有し甲斐のある宝だ。
「ううううう…。大丈夫です。わかっています。でも、ううううう…」
「しーちゃん!?どうしたんしーちゃん鼻と目から血が出とるで!?」
…さすがに後でフォローしておくか。
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