115 雑多な宝石箱に新たな宝の産声を聞く

「おぉっとお!コウエン選手、ゴルオン選手、双方譲らない。またまた大物をゲットだぁ!」


 ムキムキ裸体の虎獣人と獅子獣人が競うように魚を捕えている。

 ビチビチと激しく暴れる魚は、優に一メートルを超えるサイズの巨大魚ばかりだ。


「こちらはベルベット選手だ!サイズは小さいが、圧倒的な勢いで魚を釣り上げているぞ。これには漁師も真っ青だ。番狂わせの連続だぁ!」


 実況者が大興奮で叫んでいる。

 魔物の素材を加工した拡声器を使用しているようだ。


「ははは!釣りはこうするんや!人も魚もおんなじやで。ポイントを押さえることが肝心や!裸で素潜りとか、ウチはそんな原始的な方法には負けへんでぇ!」


「聞き捨てならんなベルベット殿、戦闘班班長として、狩猟勝負で負けるわけにはいきませぬ」


「おいおいコウエンよ。勝負中によそ見とは余裕だな。そら、追加だ!」


「ぐ、しまった」


「ゴルオン選手、獅子種自慢の剛腕で、またまた素手でつかみ取りだぁあ!」


 ひと際大きな魚を捕えたゴルオン。会場はさらにヒートアップしていく。


 コウエンとゴルオンに、ベルも参加しているのか。楽しんでるなあいつら。獣人組は高いところが苦手なだけで、水は大丈夫なのか?


「白竜と戦うより水に入るほうが怖いです…。底が見えません。ベルさんもコウエンさんもすごいです」


 自分が水の上に出ることを想像しているのか、シオンの尻尾が再びしぼんでいる。


 たとえ水の中でも、シオンなら【超感覚】を駆使すれば問題なく周囲を把握できるだろう。

 そもそも泳げないのでどうしようもないのかもしれないが。かなづちシオンはかわいいな。



「土窯はこうしたほうが熱効率が良いわい!」


「いや、こちらの形の方がさらに良いわい!」


 魚獲り競争の背後、屋台の一角からわいわいと賑やかな声が聞こえてきた。聞き覚えのある声だ。


 どうやらドワイトとドワグルが意見をぶつからせているらしい。

 ギルドの製作班長がドワイトで、遠征軍のドワーフ代表がドワグルだな。ひげ面まで同じだからややこしい。


 ケンカしているようにも見えるが、そういう雰囲気ではない。あれがドワーフの日常会話ということだろう。


「良いから早く作っとくれ。仕込みはそろそろ終わるからね」


 レインベル料理人たちの中に混じり、いつのまにか仕切っているエルダ。

 食堂のおばちゃんはここでもトップに君臨したようである。


「そういえばテンペスト・サーペントの肉を特別な料理にするとか言っていたな」


「はい、とても楽しみです。みんなで仕留めた獲物だから、きっとすごく美味しいに違いありません!」


 シオンが紫の瞳を輝かせる。

 あれだけ食べておいてまだ余裕があるとは。ひょっとしてシオンの腹は無限工房につながっているのではないか。



 その後も俺とシオンは祭りを楽しんだ。

 あっという間に空が薄暗くなってくる。有意義な時間を過ごせたと言えるだろう。


「…レインベル領は、良いところだな」


「はいご主人様。みんなが生き生きとしています」


 シオンが同意する。

 ここでは、種族がどうのと言う者はいない。

 各種族が特産品を持ち寄った宴の華やかさはラ・メイズの賑わいに勝るとも劣らない。


 自分のちっぽけな利権を守るために他種族を追い出した人族至上主義者に見せてやりたい光景だ。

 最初は人族を守るためという崇高な目的があったのかもしれないが、今では形骸化している。


 人族の生存領域を守るという理由は理解できるが、やりすぎは禁物だ。

 ゼベルやボロ雑巾王子が失脚したことでやつらがおとなしくなれば良いのだが。


「ご主人様、広場の方からすごく良い香りがしてきます。特別な料理だと思います」


 シオンが俺の袖を引く。

 目的のための行動は楽しいが、あまり考えすぎるのも問題か。

 今は祭りを楽しむべきだろう。



水神祭 後夜祭 広場


 巨大な土窯から熱気が立ち昇る。

 周囲では祭りの参加者たちが料理の完成を今か今かと待ちわびている。


 レインベルはここから先発展していく。

 特殊区画のボスが復活するような事態になることはもうないだろう。

 今日を逃せばテンペスト・サーペントの肉が食べられる機会はおそらく二度とやってこない。


「テンペスト・サーペントの蒸し焼き、あがったよ!」


 料理の完成を宣言したエルダが、大きな葉っぱに包まれた蒸し焼きをコレットに手渡す。


 出来上がった蒸し焼きを受け取り、広場の壇上に上がるコレット。


 ガブリ


 衆目のなか、いつもは上品なコレットが大口を開けて肉にかぶりつく。


 わああああ!


 豪快に肉を咀嚼する領主を見て、人々が歓声を上げた。

 これにも儀式的な意味合いがあるらしい。


 仕留めた獲物を群れの長が初めに食べる。たしかにわかりやすいパフォーマンスだ。


 前世は未開の地の少数民族を思い出す。

 金髪青目の上品なコレットのイメージにそぐわないが、これはこれでアリだな。


 今度コレットにアマゾネスのような服装をさせてみようかと考えるトシゾウ。

 壇上から盛大なくしゃみの音が聞こえてきた。



「はぐはぐはぐはぐはぐはぐはぐはぐ」


 シオンの食欲と尻尾がすごいことになっている。

 白竜の時もそうだったが、やはり自分たちの手で仕留めた獲物は格別ということか。


 テンペスト・サーペントの肉はクセのない味わいだ。前世で例えるなら地鶏、あるいは鹿の背肉に近い。

 あっさりとした味わいの中に、たしかな旨味が含まれている。咀嚼するたびに肉に含まれたうまみ成分が滲みだしてくる。人族の身体が喜んでいるのを感じる。


 クセのなさゆえに、一緒に包まれた野菜や果物の風味と完璧に調和し、ひとつの新しい料理として存在している。


 遠征軍が討伐したテンペスト・サーペントの肉、レインベルの食材、人族のレシピ、エルフの香辛料、ドワーフの塩、土窯、獣人は肉や魚を追加で添えている。

 それは野性味あふれる雑多な料理。洗練されていない料理だ。

 だがとてつもなく旨い。ある意味、レインベル領を象徴している。


 民族のサラダボウルとは誰の言葉だったか。

 全ての人間が協力して迷宮に潜れば、様々な危機に対応できる優れたパーティとなる。

 そうすることで冒険者の質を高めることが今回の目的であったが、どうやらメリットはそれだけに留まらないらしい。


 種類の違う人間が集まることで、そこに気づきや工夫が生まれる。有形無形の新たな宝が創造されていく。

 素晴らしい、素晴らしいことだ。

 レインベル領は、俺の目的を達成するために重要な拠点となるだろう。


 ドンッ…パァァン!


 夜空に美しい炎が踊る。

 人族の火弾とエルフの風魔法による合作だ。この世界の花火というわけか。

 遠征軍が集合していた湖上の陸地には大量の木材が運び込まれ、炎が灯される。


 後夜祭の始まりだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る