77 トシゾウと宝物の将来のために

「どうした、シオン?何か不安そうだが」


「…はい。【常雨の湿地】はコレットの、レインベル家の持つ特殊区画です」


 コレット・レインベルか。シオンと一緒に迷族に囚われていた人族の女だ。

 ここで話がつながるとは。


 たしかコレットは人族至上主義者のブタに嵌められ、その復讐と領地の安堵を願っていたはず。

 迷族から助けた時も、だいぶ余裕がなさそうだった。

 情報の対価として、コレットが求める道具や装備を渡したのだが、どうやら間に合わなかったようだ。


 人族至上主義者は、人族以外を迷宮から排除しようとしている。

 人族以外の冒険者が迷宮に潜らなくなったことで、冒険者の質が落ちる原因になった。


 元から邪魔な奴らだと思っていたが、まさか人族の領域まで失わせるようなまねをするとは。

 どうやら奴らは思った以上に有害な存在らしい。


 コレットが言っていた領地が失われるというのは、ブタに領地を奪われるということではなく、領地が荒野に戻ってしまうということだったのかもしれない。


 だが人族の領域が失われることは人族至上主義者にとっても損害となる気がするのだが…。どういうつもりだ?


「コレット、心配です。ご主人様、コレットを助けにいくことはできないでしょうか」


 シオンの紫の瞳が不安げに揺れている。


 …ふむ。


「シオン。俺の目的は宝を蒐集することだ。俺にとって得にならない行動はしない」


「でも、その…」


 悲し気なシオン。言葉が足りなかったか。


「シオン、お前は俺の宝であり、所有物だ。自分の所有物は常に最善の状態に保つことも俺のルールだ。お前が悲しむのは、俺の得にならない」


「で、では!」


「うむ、だがそれだけではな。シオン。俺がコレットを、レインベル領を救うことにより得られる利益を説明しろ」


「はい!」


 シオンの耳がピンと立ち、ピコピコと動く。

 情報を集めたり、整理する時の動きだ。

 コレットを助けるための理由を、懸命に考えているのだろう。かわいい。


「…まず【常雨の湿地】を開放することで、迷宮50層が失われることを防ぎ、60層開放への第一歩となります。また、人族の力を維持することにもなるので、冒険者の質を上げたいご主人様の目的に沿います」


「うむ、そうだな。迷宮へ宝を運ぶ冒険者を確保することは重要だ」


「レインベル領を救えば、お礼がもらえるかもしれません。それに恩を売れます。レインベル領は他種族とも協力関係があるそうです。感謝されれば、冒険者ギルドの活動拠点を作れるかもしれません」


 良い視点だ。

 シオンは副ギルドマスターとしても優秀だ。


 冒険者ギルドは他種族を含む人間すべての力を合わせ、迷宮探索を進めることを目指している。

 レインベル領が他種族と協力関係にあるなら、冒険者ギルドの力を広めるには最適の場所だ。ギルドの実績づくりとしても申し分ない。


「さらに人族至上主義者の力を削ぐこともできます。彼らの資産を奪うすることもできるかもしれません」


「なるほど、それは素晴らしい。俺の目的に敵対する者からは、根こそぎ奪わないとな」


「はい。そしてコレットに何かあれば、ご主人様はコレットから対価をもらうことができなくなります」


「そうだな。コレットには貸しがある。俺が必要な時に協力すると契約している。死なれては対価が回収できない。それは問題だ」


「…あと、最後に、私が喜びます、ご主人様」


 シオンがちょっと赤くなる。かわいい。

 自分の価値をちょっとだけ自覚して、でも自信なさげなシオンがかわいい。かわいい。


「良いだろう。レインベル領を救済し、コレットを助けに行くぞ。シオン、お前にも働いてもらう」


「はい、ご主人様!」


 シオンが嬉しそうに返事をする。

 俺がシオンに説明させたことには理由がある。


 シオン自身のために。主人である俺のために。

 シオンには、そういう視点で考え、行動してほしい。


 たとえシオンの望みでも、何も考えずに叶えるのは互いの利益にならない。

 それはいずれシオンの価値を落とすことになる。俺のこだわりに反するのだ。


 シオンは俺の言いたいことに気付いたようだ。シオンは役に立つ。


 シオンの頭を撫でる。モフモフだ。頭をすりつけて甘えてくるシオンがかわいい。


「シロ、次にすることが決まった。情報に感謝する」


「はい。迷宮としても【常雨の湿地】の開放と維持はありがたいことです。トシゾウ殿、よろしくお願いします…、あ、主?…はい、はい」


 シロが両手を耳に当てて話し始める。

 迷宮主からの通信があったようだ。

 相変わらず上司からの電話に応答するサラリーマンのようだな。


「トシゾウ殿、主から宣託がありました。ここまでの働きに主が対価を与えるそうです。トシゾウ殿が戦われた邪神の欠片の素材を加工し、魔道具として与えたいと」


「ほう。まだ実績を上げたとは言えないと思うが。迷宮主はなかなか太っ腹だな」


 俺は邪神の欠片のドロップをシロに預け、その素材を利用した魔道具を受け取った。

 なかなか良い宝だ。素晴らしい。

 この魔道具はそう遠くない未来に俺の役に立ってくれるだろう。



「ではシロ、またくる」


 トシゾウとシオンは【迷宮主の紫水晶】を起動し、去っていった。


「はぁ、疲れた…。…主?」


 サービス残業から解放されたサラリーマンのように息を吐きだしたミストル。

 そこに彼の主人である迷宮主から再び通信が入る。


「…え、あ、はい。主?なぜそんなに不機嫌なのですか? あの獣人が羨ましい?私の腹は太っていない?何のことです。…痛い!頭が!?やめてください主!主―!」


 なぜか機嫌の悪い上司からパワハラを受けるミストル。

 彼の災難はまだ終わっていなかったようである。

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