78 宝箱はコレットを訪ねる
レインベル領 領主執務室
青い瞳、頭の上で長い金髪を束ねた女が木製の椅子に座っている。
机の上に積まれた書類に熱心に目を通しているようだ。
少し勝ち気な印象を受ける目、その目元にははっきりと隈が浮き出ている。
長時間眠っていないのだろう。
なめらかな白い肌も、どこか青白く見える。
意思が強そうで、しかしどこか儚げにも見える少女。
コレット・レインベルだ。
コレットは突然出現した俺たちの気配に驚くも、机に立てかけていた武器に手をかけ――
「コレット!会いたかった。会いたかったです!」
シオンの速すぎるタックルに、何もできないまま押し倒される。
コレットの胸元にグリグリと頭を押し付けるシオン。
犬耳美少女に押し倒される金髪美少女。素晴らしい。
「二週間ぶりだなコレット」
俺はシオンを連れて、迷宮から直接転移してきた。
【迷宮主の紫水晶】は、迷宮の管理下にある土地への転移と、土地内にいる生物の検索が可能だ。非常に便利な魔道具である。
「シオン!?どうしてここへ。トシゾウ様も」
コレットが突然現れた俺たちに驚いている。
「レインベル領が大変だって聞いて、助けに来たの。ボスが復活したって」
「どこでそれを。ボスが復活したことは、まだ領内でも一部の者しか知らないはずなのに。…いえ、愚問ですわね。知恵ある魔物であるトシゾウ様なら、独自の情報網をお持ちなのでしょう」
「うむ、親切な知り合いに教えてもらってな。無事に領地へ戻れたようで何よりだ」
「ええ、その節は大変お世話になりました。おかげで無事にレインベル領に戻ることができましたわ」
シオンに抱きつかれたままお礼をいうコレット。
抱きつくシオンを器用にはがし、自分から優しく抱きしめ返す。
「シオン、久しぶりね。元気そうで安心したわ。それになんだか、とても綺麗に見えますわ。いきなり従者になると言い出した時はどうなるかと心配したけれど…。トシゾウ様に良くしてもらっているのね」
「うん!ご主人様は私の本当のご主人様なの」
どこか姉に甘えるような様子のシオン。俺の知らないシオンだ。かわいい。
「そう。本当に無事でよかった。…それでトシゾウ様。どうしてこちらに?対価の要求なら、見ての通り崖っぷちの状況ですので、できることがかなり限られてしまうと思うのですが…」
コレットが不安そうに口を開く。
「それとは別件だ。シオンがさっき言っただろう。コレットを助けに来たと」
「それは…、ですが、今のレインベル領には、もうトシゾウ様へ対価として支払えるようなものが残っておりませんの。シオンに訪ねていらっしゃいなどと言っておきながらこのていたらく。情けないですわ。差し出せるものなど、それこそ私の身一つくらいしか…」
「確かに何もないな」
俺は周囲を見回す。
コレットは貴族で、領主だ。ということは、ここはレインベル領主の執務室ということ。
だが、あまりにも質素で飾り気がない。
粗末な机と椅子が置いてある以外には、安壺に申し訳程度の花が飾られているのみ。
質実剛健と言えば聞こえが良いが、それにしても限度があるだろう。
「値のつく物は全て売却しましたわ。見栄も必要だということは分かっていますが、もはや領民を守るためには虚勢も張れない状況ですの。…先祖の資産を処分するなど、お父様が生きていればなんとおっしゃったのでしょうか」
コレットが少し恥ずかしそうな顔で、自嘲気味に呟く。
「コレットの親は死んだのか」
「ええ、母は病で、父は迷宮で…おそらくは、敵対する貴族に殺されたのですわ。レインベル領は代々、他種族を積極的に受け入れていました。彼らに慕われる反面それを快く思わない者が多く、領地は難しいかじ取りを余儀なくされてきましたの。私は父の跡を継いでなんとか領地を立て直そうとしたのですが…、ご覧の有様ですわ」
俺たちが出現した時、コレットは即座に剣を構えようとした。
戦闘慣れしていない者がそれだけ素早い対応ができるのは、侵入者に備えていたということ。コレットは暗殺を警戒しているということだ。
シオンが顔を伏せる。
どうやら相当に追い詰められているらしい。
じっとしていれば深窓の令嬢にも見えそうなその美貌にも、どこか影が落ちているように見える。
不謹慎かもしれないが、儚げなその横顔は魅力的に見えた。
俺には、そのコレットの表情に見覚えがある。
それは確かな努力をした者が、力及ばなかったときに見せる表情だ。
支えてくれる者に報いたい。亡くなった父の代わりを務めたい。そんなコレットの感情がこちらまで伝わってくる。
見栄だって、張れるものなら張りたかったことだろう。
…良い。欲しいな。
少し、気が変わった。
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