76 迷宮の秘密と特殊区画
かつての英雄譚に語られる伝説の竜は、クレームに対応するサラリーマンのように頭をペコペコと下げながら説明を始める。
「迷宮60層は、特殊区画を一定数開放することで解放されます。他に特別な条件はありません」
「ほう。思ったよりも簡単そうだな」
特殊区画とは、迷宮内に点在する異世界のような空間のことだ。
「特殊区画の開放と言うと、ボスを倒して人族の領域を拡張するということか」
「その通りです。以前にもお話したことなのですが、迷宮は邪神に打ち込んだ三角の杭なのです。迷宮は地に満ちる邪神の瘴気を浄化し取り込むことで拡張していき、やがて邪神そのものを貫こうとしています。トシゾウ殿は、特殊区画についてはどこまでご存知ですか?」
「ふむ。アリの巣のような通常空間とは違って、草原や火山や沼など、特殊な環境を持つ場所だろう。迷宮を歩いていたら急に景色が変わるから、蒐集欲が刺激されるのだ」
「なるほど。それではそこの獣人はどう考えて…、い、いえ、シオン殿は特殊区画とはどのようなものだと考えていらっしゃいますか?」
シオンに上から目線で話しかけようとしたミストル。
だが、トシゾウから殺気が放たれたのを感じ、即座に口調を変える。
トシゾウの所有物はトシゾウと同等に扱わねばならないことを本能で理解したミストル。
ミストルはできる竜なのである。
「ええと、特殊区画は迷宮の一部で、5階層から奥に散らばっています。特殊区画にはボスがいて、倒すと普通の迷宮に戻ります。ボスを倒すと、荒野の一部が人の住めるような豊かな地になります。ボスを倒した人は貴族として、そこの領主になれるそうです。でも、放っておくと荒野に戻ってしまうので、領主は特殊区画だった場所で定期的に魔物を倒さなければなりません」
「完璧な説明です、シオン殿。さすがはトシゾウ殿の所有物ですね」
「うむ、シオンは役に立つからな」
「あ、ありがとうございます」
トシゾウの機嫌が良くなる。ミストルは、よいしょもできる優秀なドラゴンなのだ。
「仮にトシゾウ殿が特殊区画を片っ端から解放することは可能だと思います。ですがその維持はできないと思われます。邪神の瘴気が一定以上溜まれば、また元の特殊区画にもどってしまうからです」
「なるほど。だが一時的に60層を開放することは可能なのか。それなら…」
「いえ、それをすると短期間に迷宮が拡張と縮小を繰り返すことになり、瘴気浄化のバランスが崩れてしまいます。巨大なスタンピードが起こり、人族は滅びることになるでしょう。先日の異常なスタンピードも、そのバランスの乱れを邪神に付け込まれた結果なのです」
60層での蒐集はトシゾウにとって魅力的だ。
だが人族が滅べば手に入る宝が減る。トシゾウにとっても大問題だ。
「ままならないものだな。つまり、結局は冒険者の質を上げなければいけないわけか。しかも数も必要だと」
「はい。しかも事態は深刻です。冒険者の質は下がる一方です。60層を開放するどころか、逆に50層が失われかねません」
「それほどか」
「はい。スタンピードの直前、人族が【常雨の湿地】と呼ぶ特殊区画が復活しました。魔物の間引きが追い付いていませんでしたからね。再びボスを討伐しないと、地上も一月ほどで荒野に戻ることになるでしょう」
そのせいで邪神の欠片が…、とぶつぶつ愚痴り始めるミストル。
「ん?」
トシゾウは、シオンの様子がおかしいことに気付いた。
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