52 王城は混乱する

「仕事が終わらんの…。トシゾウ殿の一件の後処理が…」


 病気がちな王に代わり実務の多くを担うダストンは、今日も執務室で書類に埋もれていた。

 宰相ダストン。

 人族の社会で、王に次ぐ権力を持つ人物である。


 バンッ


 ドアが勢いよく開かれる。


「ダ、ダストン様、大変です!アスラオニ・サイクロプスが出現しました!このままでは、ラ・メイズが滅びます。至急民に避難命令を!冒険者に動員令をお出しください!」


 泡を食った文官がダストンの執務室に駆け込んできた。

 平時は優秀な文官だ。

 慌てふためき、まるで別人のようであった。


「落ち着け!報告は正確に、冷静に行えといつも言っておるじゃろ。ほら、深呼吸じゃ」


「は、はい。…冒険者区画に、六本の腕を持つサイクロプスが出現したとのことです。まだ定かではありませんが、その姿から迷宮35層の魔物、アスラオニ・サイクロプスではないかと報告が上がっております」


「アスラオニ…、なんということじゃ…」


 アスラオニ・サイクロプス。

 六腕鬼神とも呼ばれる強力な魔物だ。

 巨体、剛力に加え、相対する者の精神を操る魔眼。


 かつてはかの勇者サイトゥーンですら苦戦したこともあるという怪物。

 現代の冒険者はおろか、勇者ですら勝てるかどうか…。

 文官が慌てるのも無理はない。報告が真実ならば、まさに人族の危機だ。


「ありえない、が、何事にも初めてはある。対応を急ぐほかあるまいの…」


 アスラオニ・サイクロプスは強力な魔物だが、知恵を持つ魔物ではない。

 人族の領域は迷宮により瘴気が祓われている。

 そのような魔物が出現するなど、かつてなかったことだ。


 スタンピードはまだ先のはず。

 いや、それにしてもそれほど強力な魔物が出現するなど。


「…それで被害はどうなっておるのじゃ。内壁は無事かの?ドルフ軍団長はどうしておる」


 アスラオニ・サイクロプスならば内壁を破ることも可能だろう。

 万が一内壁が破られれば、続くスタンピードで大量の死者を出すことになる。


 自分に報告が来たということは、兵を束ねるドルフ軍団長はすでに対応に動いているはずだ。

 本当にアスラオニ・サイクロプスが出現したとなると、兵士を集めたところで勝ち目はほとんどない。

 人族最強の冒険者、勇者パーティが到着するまでの時間稼ぎがせいぜいだろう。



「ダストン爺さん、今から冒険者区画へ見物に行こうぜ」


「あ、ずるいですぜドルフ軍団長。俺も側近として見物に行きます。軍団長に一人で行かせたとあっちゃぁ、側近の名折れだ」


「うるせぇビクター、これはれっきとした視察任務だ。お前は兵士を率いて城内の混乱を抑えてこい。とっとと動かねぇと降格させっぞ」


「横暴だ、軍団長の横暴ですぜ!」


 冷静に状況を分析しつつも、想定される被害に顔を青くさせていたダストン。

 そんな時、まるで場違いな声とともに執務室に二人の男が入ってくる。


「ドルフ!?なぜここにおる!事は一刻を争う。それがわからぬお主でも…いや、まて、ひょっとすると」


 のんきに会話するドルフ軍団長とその側近ビクターを見て、ダストンはなんとなく察する。


 ドルフはダストンの旧友だ。

 憎まれ口を叩き合う仲だが、軍団長としての能力は信頼している。

 ビクターも言葉遣いはともかく、優秀な兵士だ。

 その二人がここに来るということは…。


「爺さんの察しの通りだ。例のトシゾウだよ。ラザロから報告があった」


 【トシゾウ】六本腕の大工さんとかすごい便利そう【変身】


「あいつは…」


 例によってふざけた書き出しだが、その蜘蛛と鎌の印は間違いなくラザロのもの。

 その手紙の重要度は…、悔しいが、誠に遺憾だが、正確で重要な報告である。


 つい先日も同じことがあったなと苦々しい顔で振り返るダストン。


 隠居してからますますますます自由になりおって…。

 あれでラザロは王の弟。

 さらにスキル持ちだ。暗殺者としての傑出した能力を持ち、人族の脅威を何度も取り除いてきた過去を持つ。


 有能ならば、多少のおふざけも強者ゆえの余裕となる。

 あの紳士面をした強かな男は、周囲からの人望も厚いのだ。


「…なるほど事情はわかったわい。六腕鬼神が大工の真似事とは、かつての勇者様が見たら驚くだろうの。だが現地は大混乱が起きておろう。兵を使って民を落ち着かせなければならんの」


「それが、ぜんぜん混乱が起きてないんだよ。むしろ一緒に酒を飲んだり、率先して手伝っているらしいぜ」


「……ほ?」


「な、面白そうだろ?だからそんな書類仕事なんてほっといてちょっと見物に行こうぜ」


「やっぱりただの野次馬じゃないですか」


 なんやかんやとわちゃわちゃしつつ、人族代表は冒険者区画へと出かけて行ったのだった。

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